連絡相手
「ただいまー」
大樹の葉が擦れる音に混じり、主の帰還の声が響いた。隣にロカが降り立つ。力を発動させたままだからなのか、銀の髪は元の色に戻っていない。
「ディンセント、どうしたの?」
ロカは、俯き加減でシートの前で立っているディンセントに声をかけた。彼の様子が、何だか意気消沈しているように見えたからだ。
「……別に」
ディンセントはぼそりと呟く。そして、少しイライラした雰囲気で頭を掻いて溜め息を吐くと、微妙な表情でロカたちに問いかけた。
「で、どうだったんだ」
「ああ、間違いなくヨミだったよ」
「正確には、ヨミが空間をこじ開けている最中というところよ。私とディンセントが初めて会ったときに、コハントルタの島でダウンバーストがあったじゃない? あれは、ヨミが空間を無理に開こうとしているから起こった現象だったのよ」
「え、じゃあ、あのときにはすでにヨミが……」
「そうね、気付かないほど静かにやってきていたのね」
主は疲れた様子でシートに座り込むと、黒く引き締まった肢体を伸ばしながら言葉を続けた。
「あ、今回もダウンバーストがあったみたいなんだけどさぁ、監視していた仲間が島へのダメージを防いでくれたから、そこんところは気にしなくていいよー」
ディンセントはクレーンと広場の石畳の被害を思い出す。クゥムーといい、ソラニルは人間の知らないところで島を守ってくれているようだ。
「ヨミは止められないのか?」
「んー、オレも面倒事が大きくなる前にどうにかしたいんだけどさぁ、こればっかりは対処法が分かんなくてさぁ」
「アレスローヴェンも、ウルシュトラツカ領域のヨミの侵略を止められなかったわ。今回と違って、気付いたときにはすでにヨミが大きくなっていたのだけれど。そして、それからずっと、そこからあふれるヨミとの攻防を続けている状態よ。空間自体の対処はできていないわ」
ロカは神妙な面持ちで首を振った。
ディンセントの喉が鳴る。
それは、ヨミの被害を止められないということだろうか。コハントルタも、ウルシュトラツカと同じ運命を辿るということなのか。
「とにかく、コハントルタ王と作戦会議だな。あー、やれやれ」
シートに座ったのも束の間、主は欠伸をして起き上がると、再び人間の姿になって歩き出す。そして、ロカとディンセントに振り返った。
「今から城に行くからさぁ、アンタたちも来てよ」
ディンセントは軽く目を見開くと、素早くハイエフへ駆け寄る。いつの間にかハイエフに跨っていたシルクハットの男性の前に立った。
「……」
「おや、もう帰るのかい? ならば仕方ないね、名残り惜しいがハイエフとはお別れだ」
そう言って長い足を翻し、ハイエフから降りた。そして、ディンセントに向かってにっこりと笑う。
「ハイエフを見せてくれてありがとう」
「……ああ」
シルクハットの男性からは先程のディンセントとのやり取りのしこりはまったく見られず、ディンセントだけが少しぎくしゃくしている様子だった。
ハイエフを押して主の後を追うと、石でできた屋根付きの小さな祭壇のようなものが見えた。近くに寄ると、その祭壇の床には魔法陣のようなものが刻まれている。
主は祭壇の上に置いてある、表面がつるつるとした大きな円形の石の前に立つと、拳に出現させた赤い石で軽くノックした。石の表面が、水面に落ちた水滴の波紋のように揺らめく。
少しした後、その石の表面に現れたものを見てディンセントは驚愕する。
そこには、コハントルタ王の顔があったのだ。
「こ、これは……主殿」
「やぁ、久しぶり」
主は軽く手を挙げて挨拶をする。艷やかな焦げ茶色の髪に白が交じる、温和だが威厳のあるコハントルタ王は困惑した様子を隠し切れないようだった。
「いや、まさか、主殿から連絡をいただくことがあろうとは」
「そだよね、初めてだもんねー。ああ、夜分にごめんね、ちょっと大変なことが起きたからさぁ」
「大変なこととは」
「うん。あのね、ヨミって知ってる?」
「ええ、もちろん」
「それがね、コハントルタ上空に現れた」
一瞬、コハントルタ王からの応答が途絶えた。さらなる困惑とショックで絶句したらしい。
「……ヨミが?」
「うん」
「あの、ヨミとは、ウルシュトラツカにあるヨミのことで合っておりますか?」
「うん。あっちと関係があるのかは分からないけどねー。とにかく、それについて会って話をしたいんだけど、今からそっちに行ってもいい?」
「これから、こちらに? ……分かりました」
「あ、コハントルタ王のところの人間が二人、ここにいるから、一緒に行くね」
「え?」
「カマラドと軽騎士だよー」
そう言った主は、コハントルタ王に見えるようにロカとディンセントを前に引っ張り出す。緊張でディンセントの敬礼が固まった。
「確かに、その制服は……しかし、何故そちらに?」
「んー、細かいことは後で聞いてよ」
「はぁ……」
主の島に、しかもこんな夜に自国の民がいるなど信じられないだろう。
主は王に手を振ると、再度拳の赤い石でノックする。終始困惑した表情のコハントルタ王の姿は波紋に飲まれて消え、連絡が終わった。
怒涛の展開にディンセントは敬礼したまま動けないようで、隣のロカが首を傾げて彼の顔を覗き込んでいた。
変態にハイエフを舐めるように観察されたり急に自国の王の前に引っ張り出されるディンセントは相変わらず受難の人ですね、ガンバレ。
まぁ、一足飛びで雲の上の人へお目通りとなって緊張するのは無理もないですね、うん、ガンバレ。
/// メモ ///
間違えて同じ話を投稿してしまっていたようです、あーちゃー。
修正しました、ご指摘いただきありがとうございます!




