双方の言い分
主とロカが行ってしばらくが経った。ディンセントは落ち着きなく大樹の辺りをうろつく。
今頃、ロカと主はどうしているのだろうか。
ヨミというものはどのような姿形で、どのような特性を持ち、どれほどのサイズなのだろうか。一刻も早く騎士団と連絡を取らなければならないのではないか。
何より、ディンセントはヨミというものを己の目で見て確認したかった。ともすれば、剣や小銃で鎮静化できるのではないか。そんな思いが頭を過り、居ても立ってもいられないのだ。
ディンセントはイライラと頭を掻く。シルクハットの男性が相変わらずハイエフを観察している音が聞こえて、ディンセントは思わず睨んだ。今にも口笛を吹きそうな機嫌の良い顔が見えて、ディンセントの眉間に一層皺が寄る。
主やロカの反応から察するとかなりの緊急事態のはずなのに、どうしてこのシルクハットの男性はこうも悠長なのだろう。ソラニルであるならば自由に夜空を渡れるだろうに、どうして手助けに行かないのだろうか。
そこまで考えてディンセントは、はっと気付く。そして、慌ててシルクハットの男性に近付いた。
「なぁ、お前!」
「……んー、何だい。ボクは今ハイエフのディテールを観察して脳に深く刻み込むのに忙しいのだけれど」
シルクハットの男性はハイエフから目を離さないまま答える。
「お前、化けられるんだよなっ? 何でも化けられるのか?」
「うん? ああ、まぁ、見たことがあるものなら何となく雰囲気でだけれどね」
「じゃあ、ハイエフにも化けられるよな?」
「もちろんだよ。まだ機構とか完璧ではないけれど、それはまさに今、知識を蓄えている最中だからね。ゆくゆくはうっとり痺れるようにまで精錬されたディテールを再現、」
「じゃあ、今すぐハイエフに化けてくれないか」
「今すぐ?」
「そうだ」
ディンセントは口角を上げる。
「急にこんなことを言ってすまない。お前がハイエフに化けてくれたら俺は乗れるから、主とロカの所に連れていってくれないか。俺もあいつらに合流してヨミを調査したいんだ」
シルクハットの男性はようやくハイエフから目を離すと、前のめり気味なディンセントに向き直った。そして、首を傾げる。
「何で?」
「俺はコハントルタの軽騎士で、島に異変が起きているのならば調査しなければならない」
「だからって、何でボクがキミを乗せないといけないんだい?」
「え……その、不躾なのはすまないと思っている。だが、ヨミの所に行くには夜空を渡らないといけない。化けるのが得意なお前なら、頼めると思って」
シルクハットの男性は腕を組んで頭上にハテナを浮かべた。
「別に、キミは行かなくていいんでしょ? さっき、待っててって言われてなかった?」
「それは、俺が夜空を渡れないからであって……」
「んー? だから、待ってろって言われたんでしょ? 分からないなー」
「いや、だが、こんな所で待っていられないから、夜空を渡るためにお前の力を貸してほしいんだ」
「何で?」
堂々巡りの話に、ディンセントは焦りと苛立ちを覚える。
「だから、ヨミの調査にっ、」
「キミは夜空を渡れない、だから、ここで待っててって言われたんでしょ。どうして待てないの?」
「どうしてって……お前は不安じゃないのかよっ? お前のところの主が血相変えて飛んでいったんだぞ!?」
「うん。だって、ボク、何も言われてないもの」
平然と答えるシルクハットの男性に、ディンセントは呆気に取られる。
何も言われていないから、何もしないというのか。
「主は強いからね、ボクが心配する必要はない。それに、ボクが必要なら呼ばれるさ。ただそれだけだよ。キミはここで待っててって言われた。それなのに、どうして無理に行こうとするんだい?」
「それは、俺にもできることをしなければと思っているからだ」
ディンセントの言葉を理解できないとでもいう風に、シルクハットの男性は肩を竦めた。
「やれやれ、夜空も渡れないというのに、できることをしたいって? キミ、言っていることが無茶苦茶だね」
「……分かってる。だから、俺の足りない部分をお前に手助けしてもらいたいんだ」
「あのね、一つ言ってもいいかい」
背が高いシルクハットの男性は自然とディンセントを見下げる形になっているが、その瞳が冷たく細められた。
「力のない者は出しゃばらない方がいい」
その言葉を聞いたディンセントの体が強張る。
「キミが人間の中でどれほどの力があるのかは知らないけれど、今ここで、キミが振るえる力はない。線を引くところを見極めた方がいい」
「……っ」
「そもそも、ボクはキミと契約していないし、何でキミのお願いを聞かないといけないんだい? おとなしくここで待って、主が帰ってきたら状況を聞けばいいじゃないか」
拳を握って何も言わなくなってしまったディンセントに対して、けろりとした雰囲気でシルクハットの男性は微笑んで告げた。
「ああ、もちろん、キミにハイエフを見せてもらったことには感謝しているからね」
ディンセント、焦っていて配慮に欠けていますね。
シルクハットマンに悪気はありません。
良いか悪いかは別にして。




