第三話『それが運命だって言い続けるのなら...俺はその運命とやらから逃げてやるからな...!』
「......何が起こった」
「お前は死んだ。そして生きている」
なんの変哲もない緑の草原に、少年と少女が向かい合って対峙している。
片方は純白の髪に純白の眼の少女。その服装は白のワンピースではない。いや酷似してはいるが、その服は伝承に語り継がれるような天使の羽衣だ。
片方は恐ろしく怠惰な眼。完全に静海隼人だが、その髪は不健康な濁った白髪だ。染めたというよりはストレスで勝手に色素が抜けた感じだ。
「何がどうなってここに居るのかとか、そもそもここはどこなのかとか、色々と聞かせてもらおうか...」
「...いいだろう」
隼人の問いを聞き、少女は静かに口を開いた。
最初から予定されていたように、あっさりと。
「ここは『表の世界』。貴方たちの世界でいう異世界というもの」
「はぁ?異世界って...」
もしかしたら知ってはならない事だったのかもしれない、と隼人は今更後悔した。
「貴方たちの『裏の世界』と『表の世界』は文字通り表裏一体。別々の文明を築き、別々の歴史を歩んできた。そしてそれは...決して交わるはずはない」
「交わるはずがないだぁ?てめぇのせいで俺はここに連れてこられたわけなんだが?」
イラつき混じりに隼人はそう毒づく。
「本当なら連れてくることなど出来ない。だから一回殺す必要があった。一度生命の輪廻に戻し...こちらの輪廻に組み込む。このプロセスが必要だった」
変わらず淡々と説明する少女は隼人の静かな憤怒に満ちた視線を受けても表情一つ変えない。
「それじゃあ最後に...なんでこんなところに連れてきた?俺がなんだっていうんだ、何かした覚えは全ッ然ないが?」
いきなり殴りかかったりしないところを見ると意外と冷静そうだが、その表情は無理やり笑顔を作り、その額には青筋が浮かんでいる。
だというのに少女の方は何一つ変わらない。まるで役者が観客の反応を見ても、台本を変えたりなどしないかのように。
「貴方は勇者だ」
「...は?」
隼人は絶句するしかなかった。
まず勇者という単語の非現実さ。そして自他共に認めるダメ人間である自分が、何かしら特別な存在だということが間違いなのではないかと思う。
異世界と言っても、ここまでテンプレな異世界転生があるのかと思う。何か仕組まれているような感覚。
自分でも妙な感覚だとは思うが、自身の四肢に糸でもついていて踊らされてでもいるのではと考えてしまう。
「『異世界より来たりし七人の勇者が不滅の魔王を現世より追放せし』...その七人の内、貴方は七人目...『揺らぐことなく燃える炎。絶対的な精神の勇者』...それが貴方」
「...本気で言ってんのか?」
「私に間違いはない。智天使が一人、キドエルの名において」
「智天使ってお前...」
隼人はもはや眩暈を覚えていた。いきなり情報量が多い。
『智天使』。天使のヒエラルキーにおいて『熾天使』に次ぐナンバーツー。
それが自分のことを勇者だと言っているのだ。
「キドエル...ヘブライ語のキドンと合わせて『神の矛』ってか?人殺して転生させるなんて汚れ役を買って出るとは恐れ入るな、あ?」
「汚れ役、とは違うな。神が与えたもうたこの命。私以外が受けようが喜んで遂行するだろう」
「...そうかよ」
だが、隼人も気圧されっぱなしではない。少しずつ相手の性質を読み始める。
「さぁ、貴方に神の加護を授けよう...近くに寄って私の手に触れるといい。そして...伝承に従い、貴方は魔王を滅ぼす」
「...そうかい」
それだけ言うと隼人は俯きながらキドエルに近づいていく。
敬虔な信徒が神をかたどった銅像にかしずくために近づくように。
「さぁ...手に触れよ...」
「......」
乾いた音が草原に吹き抜けた。
その時―――キドエルは初めて『驚愕の表情』で隼人を見つめた。
隼人は手を―――キドエルの手を『払いのけていた』。
「ほらよ、手に触れてやったぜ。これでいいか?」
「......」
渾身の屁理屈と一緒にニヤリと笑う隼人と対照的に本当に何が起こったのか分からないといった様子のキドエルが数秒間、硬直したまま向かい合っていた。
「...何の真似だ?」
「何の真似だ、だと?それはこっちのセリフだ...!てめぇ何様のつもりだ!俺が勇者だと?魔王って誰やねん!色々ツッコミたい所はあるがなぁ―――、一番気に入らねぇのはてめぇが『俺が受け入れるのを何一つ疑っていない』ことだッ!!」
キドエルが疑問を投げかけた瞬間、これが答えだと言わんばかりに隼人は本音をぶちまけた。
「俺は勇者なんて高等な人間じゃねぇ!てめぇらに勇者なんて言われようがその事実は変わりはしねぇ!それが運命だって言い続けるのなら...俺はその運命とやらから逃げてやるからな...!」
「...本気で言っているのか?」
「本気も本気ッ!そんな『めんどくさいことに付き合ってられるか』!!少なくとも俺を殺してきたてめぇの言うことに従ってなどやるものかッ!!」
「貴様...」
そしてキドエルの『驚愕の表情』は次第に『憤怒の表情』へと変わっていく。
それを見た隼人はさっきまでと逆に自分の思い通りにでもなったかのように口元を歪ませて笑みを浮かべた。
「その表情だ...それがお前の本音だ。神とそれに跪く存在以外は愚かだと思い込んでるその考えがお前の全部だ!」
「貴様は...神の怒りに触れた...」
「あぁん!?人の怒りに触れるなんざいつものことだ!そっから『逃げて』数日後に知らんぷりしてまた『煽るために戻ってくる』のもなぁ!これが俺だ!てめぇが選んだっていう『勇者』だッ!よかったなぁ?俺はてめぇらなんかに『揺らいだりしねぇ』よッ!」
隼人は言いたいことを全部言い切ると、キドエルから飛び退いて距離を取る。
そして構える。それは武術の構えでもなんでもない。四肢に力を入れ、キドエルが動けばすぐさま背を向け走るために構えている。
「あの時俺を殺したのもどうせ魔術ってやつなんだろ?超常の力振り回していい気になりやがってッ!」
「言いたいことはそれだけか?どうせ死ぬのだ。もっと言えばいい」
「死ぬだとぉ!?んじゃ決めるかッ!?だがお前が俺を逃がしたその時!お前の名声は地に堕ちるッ!」
草原に似合わない緊張感が両者を包み込み、爆発寸前まで膨張していく。
キドエルの純粋な殺意―――気持ち悪いほど混じりけの無い殺意と隼人の不可思議な威圧感―――ただ『逃げる』と公言しているだけなのに、ただならぬ覚悟を孕んだ威圧感がぶつかり合う。
だが―――
「......」
「...なんだ?」
十数秒対峙した末にキドエルの殺意が瞬く間に霧散していく。
不自然な心変わりに隼人は動揺するしかない。
「神の命だ...お前とは戦わない」
「は...?てめぇ何て言った...?」
再び怒りを膨らませ始めた隼人の言葉に対し、淡々とキドエルは告げる。
「お前は神によって生き残る権利を得た」
「......」
「さらばだ。またいずれ会うだろう。その時...お前は運命に従うだろう」
それだけ言い残すと、キドエルは背中から純白の翼を生やし、天へと昇って行った。
隼人はそれを下から見上げるだけだ。
隼人は生き残った。それは『事実』だ。
「...あいつ...俺を...俺を『見逃しやがった』ッ...!!」
そして、その『事実』が隼人に『最も大きな侮辱』となる。
隼人はしばらくの間、受けた『侮辱』に対して、行き場のない怒りを蓄えるしかなかった。




