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ダンジョン攻略に飽きたので、酒場巡り始めました。〜元SSSランク冒険者(24歳・童顔)、美味しいお酒とご飯を求めて無双中〜  作者: カタギリ


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第7話

 北へ北へと進むほどに、景色は緑から白へと塗り替えられていった。

 やがて木々の代わりに氷柱が並び、地面はすべて真っ白な雪に覆われた頃――メルティは、一面銀世界の「銀嶺の雪国」へと足を踏み入れた。

「さむ、さむい……」

 街の入り口で早々に音を上げたメルティは、宿で慌てて防寒具一式を買い込んだ。もこもことした大きな毛皮のマフラーに顔を半分埋め、フード付きの厚手のコートに身を包んだその姿は、まるで雪原に迷い込んだ小動物のようで、道行く人々が思わず振り返るほどの可憐さだった。

「はやく、あったかいところ……」

 もこもこの毛皮に包まれながら、ぷるぷると震える足取りで雪道を進む。吹雪が頬を刺すように吹きつける中、遠くにぼんやりと橙色の灯りが見えた。

 近づいてみると、それはかまくらのような丸い形をした、雪国らしい酒場だった。入り口の暖簾には、湯気を思わせる白い文字で店名が染め抜かれている。

「――っ、ここ!」

 メルティは迷わず暖簾をくぐった。

 途端に、ふわりと温かな空気が全身を包み込む。店の中央にはどっしりとした囲炉裏が切られ、赤々と燃える炭の上で、何かがじゅうじゅうと香ばしい音を立てていた。薪の爆ぜるぱちぱちという音、香ばしい匂い、そして人々の楽しげな笑い声。外の凍てつく静寂とは、まるで別世界だった。

 メルティはコートについた雪を払う間も惜しんで、カウンターへと駆け込む。

「さ、寒いです……! 温まるお酒と、美味しいものをください!」

 カウンターの奥にいた恰幅のいい店主が、豪快に笑った。

「はっはっは! そりゃあ災難だったな、嬢ちゃん。ちょうどいい、うちの名物を出してやろう」

 カウンターの端に座っていた常連らしき猟師風の男が、ちらりとメルティを見て目を細めた。

「嬢ちゃん、この時期にひとり旅とは大したもんだ。まあゆっくりしていきな。外は地獄だが、ここは天国だぜ」

「天国……」

 メルティはこくこくと頷きながら、震える指先を囲炉裏の熱にかざした。

                              *

 まず運ばれてきたのは、雪をこんもりと盛った木箱に、すっぽりと差し込まれた一本の徳利だった。

「幻のしぼりたて生原酒だ。今朝しぼったばかりのを、雪の中で急冷やししたやつでな」

 小さなグラスに注がれたそれは、うっすらと白く濁り、きめ細かな泡が絶えず立ち昇っている。メルティはひとくち、口に含んだ。

「――!! しゅわしゅわする……!」

 微炭酸のような弾ける口当たりに、思わず目を見開く。フレッシュな米の甘みと、きゅっと引き締まる清涼感が舌の上で弾け、極寒の中で冷え切った体に、驚くほどすっと染み込んでいく。

「甘いのに、後味がすっきりしてる……! これ、いくらでも飲めちゃう……!」

 うっとりする間もなく、続けて大きな蒸籠がどんとカウンターに置かれた。蓋を開けた瞬間、もうもうと立ち昇る湯気とともに、真っ赤に茹で上がった巨大な蟹――白銀ガニが姿を現す。

「ひとりで一杯、贅沢に食いな」

 メルティは目を輝かせながら、脚の一本を掴んで折る。ぱきん、という小気味よい音とともに殻が割れ、中からじゅわりと熱い湯気が溢れ出した。

「うわぁ……!」

 殻の隙間から、ぷりっと張りのある白い身が、これでもかとぎっしり詰まっているのが見える。それを箸でするりと引き抜き、ふうふうと息を吹きかけてから頬張った。

「――んんんんっ!!!」

 思わず声が漏れる。噛んだ瞬間にほろりとほぐれる繊維の隙間から、じゅわりと甘い旨味が溢れ出してくる。塩気は控えめなのに、蟹本来の甘みと旨味がこれでもかと詰まっていて、噛むほどに口の中で幸福感が膨らんでいく。

「身がぎっしり……! 甘い……! こんな贅沢な蟹、初めて……!」

 脚を次々と割っては、白い身を存分に味わい、時折しぼりたての原酒で流し込む。フレッシュな酒の清涼感が、蟹の甘みをさらに引き立てていく。

 その様子を眺めていた店主が、感心したように腕を組んだ。

「お嬢ちゃん、いい飲みっぷりだなあ! こっちまで気持ちよくなってくるよ」

「わっはっは! この店で嬢ちゃんほど幸せそうに食う客は、久々に見たぜ!」

 猟師の男も豪快に笑い、隣にいた別の常連客が「おーい、あの嬢ちゃんに一杯おごってやってくれ!」と声を上げる。店内のあちこちから温かな笑い声が上がり、囲炉裏を囲む輪の中に、メルティも自然と溶け込んでいった。

 やがて甲羅を割ると、中にはとろりとした濃厚な蟹味噌が、まだ湯気を立てながらたっぷりと詰まっていた。

「うわぁ……!」

 箸ですくって、ひとくち。

「んんっ……! 濃い……! でも甘い……! これ、お酒のためにあるみたいな味……!」

 濃厚でコクのある蟹味噌に、思わず頬が緩む。そんなメルティの様子を見て、店主がにやりと笑った。

「嬢ちゃん、それなら『甲羅酒』も試してみな」

 店主は空になった甲羅の中に残った蟹味噌に、熱く燗をつけた原酒をとくとくと注ぎ込む。ふわりと立ち昇る湯気とともに、香ばしい蟹の香りが原酒に溶け込んでいくのが分かった。

「熱いから気をつけてな」

 両手で甲羅を包み込むように持ち、まずは香りを楽しんでから、そっとひとくち。

「――!!!」

 メルティは目を見開いた。

「なにこれ……!! 蟹味噌の旨味が全部お酒に溶けてる……! 熱燗の温かさと蟹の香ばしさが、口の中でずっと広がってる……!」

 濃厚な旨味と芳醇な酒の香りが渾然一体となり、飲み込んだ後も長い余韻が喉の奥に残る。ひとくち、またひとくちと、メルティは甲羅を大切そうに両手で包みながら、その至福を心ゆくまで堪能していった。

 外では相変わらず吹雪が唸り声を上げているが、囲炉裏を囲むこの店の中だけは、薪の爆ぜる音と、人々の笑い声と、温かな湯気に満たされている。

「外は極寒だけど、ここは本当に天国だねぇ」

 店主がしみじみと呟くと、常連客たちも「違いねぇ」と笑い合った。

 最後の一滴まで甲羅酒を飲み干し、メルティはカウンターにとろりと突っ伏した。

「ふはぁ……幸せすぎます……」

 完全にとろけきった表情で、頬をふにゃりと緩ませる。満腹と満足感に包まれ、外の寒さすらもう気にならないほどだった。

 ふと視線を巡らせると、店の奥の席で、大きな土鍋がぐつぐつと煮込まれているのが目に入った。漂ってくる香りは、薬草の爽やかな香りと、魚介の濃厚な出汁が混ざり合った、これまでとはまた違う芳醇な匂いだった。

「……あの、店主さん」

 メルティはとろんとした目のまま、ゆっくりと奥の席を指さした。

「次はあっちの席で煮込まれてる薬膳鍋、お願いできますか?」

 店主は「おっ、まだいけるのか!」と嬉しそうに笑い、厨房へと威勢よく声を張り上げた。

 囲炉裏の炎がぱちりと爆ぜ、雪国の夜は、まだまだこれからだった。


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