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ダンジョン攻略に飽きたので、酒場巡り始めました。〜元SSSランク冒険者(24歳・童顔)、美味しいお酒とご飯を求めて無双中〜  作者: カタギリ


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第60話

 風の渓谷の麓。


 メルティたちは、空中庭園都市へ向かうための風導気球に乗り込んでいた。


 王家から贈られた通行証を見せると、係員は一瞬目を見開いたものの、すぐに恭しく道を開けてくれた。


「これがないと乗れなかったんですね」


「だから特別通行証なのだろう」


「もらっておいてよかったです!」


「昨日まで用途も知らなかった奴の言葉とは思えんな」


 シルヴァンが呆れたところで、大きな気球がふわりと浮かび上がった。


「わ……!」


 足元がゆっくりと遠ざかっていく。


 谷を吹き抜ける強い風を、気球の周囲に張られた魔導膜が受け止め、その力を使って船体を上へ上へと運んでいた。


「きゅっ……」


 メルティの膝にいたモチが、風に揺れる自分の毛を気にするように顔をしかめる。


「モチ、大丈夫ですか?」


「きゅう……」


 やがて耐えきれなくなったのか、よじよじとメルティの肩へ登り、首元にしがみついた。


「ふふ。風で毛がぐちゃぐちゃになるの嫌なんですね」


「そこを気にするのか、こいつは」


 けれどモチの瞳は、前方から離れない。


 気球はさらに上昇し、やがて真っ白な雲へ突入した。


 一瞬、辺り一面が白くなる。


 そして――。


「――!」


 雲を抜けた。


「わぁ……!」


 メルティが思わず身を乗り出す。


 眼下に広がるのは、果ての見えない雲海。


 その上に突き出した高い山々の尾根を縫うように、緑豊かな果樹園や白い建物が広がっていた。


 遠目には、まるで雲の上に島々が浮かんでいるように見える。


「これが……空中庭園都市」


 シルヴァンも目を細める。


 あちこちで巨大な風車がゆっくりと回り、その間を細い吊り橋や空中回廊が結んでいる。


「海の底の次は、雲の上……」


「旅に出てから、知らない景色ばかりだな」


「楽しいでしょう?」


「……ああ」


 シルヴァンは素直に頷いた。


 その時。


「きゅっ!」


 モチが突然、鼻をひくひくと動かした。


「どうしました?」


 風に乗って、甘く爽やかな香りが流れてくる。


「……リンゴ?」


 シルヴァンも気づいたらしい。


 メルティの顔が輝いた。


「シードルの街に来たって感じがしますね!」


「まだ飲んでもいないのに嬉しそうだな」


「もう匂いが美味しいです!」


                              *


 街へ降り立つと、まず目に入ったのは果物だった。


 赤。


 黄色。


 淡い緑。


 市場の軒先には、さまざまな果実が籠いっぱいに並んでいる。


 中でも多いのがリンゴだった。


「こんなに種類があるんですね……」


「同じ果実とは思えんな」


 大きさも色も違う。


 香りの強いもの。


 酸味が強いもの。


 そのまま食べるものから、酒造り専用と書かれたものまであった。


「きゅっ」


 メルティの肩から、モチが飛び降りる。


「あ、モチ!」


 とてとて。


 市場のリンゴを一つずつ嗅ぎながら歩き始めた。


「何をしているんだ、あいつは」


「選んでるんじゃないですか?」


「何を?」


「美味しいやつを」


「……まさか」


 だがモチは、ある店の前でぴたりと止まった。


「きゅ」


 籠の中。


 いくつも並んだ黄金色のリンゴの一つを、鼻先でこつんと押す。


「これですか?」


 メルティが手に取る。


 すると店主が目を丸くした。


「おお。嬢ちゃんの獣、鼻が利くな」


「やっぱりですか!?」


「今日の朝摘みの中でも、それが一番熟れてる。傷もないし、香りも一番いい」


「モチ!」


「きゅう!」


 メルティが抱き上げると、モチは得意げに胸を張った。


「すごいです! ちゃんと分かるんですね!」


「……果実の熟れ具合まで嗅ぎ分けられるのか」


 シルヴァンも感心したようにモチを見る。


「これは旅先で役に立ちそうだな」


「でしょう?」


「ただし、人の店の商品を勝手に食うなよ」


「きゅ?」


「……分かっていない顔だな」


「ちゃんと教えます!」


「そこは頼むぞ」


                              *


 昼頃。


 三人は雲海を一望できる酒場のテラス席に座っていた。


「無濾過のシードルと、空中鶏のシードル煮込み。それから焼きたての果実パンをお願いします!」


「あいよ!」


 しばらくすると、淡い黄金色の酒が二人の前へ運ばれてきた。


 グラスの底から、小さな泡が静かに立ち上っている。


「これが本場のシードルか」


「楽しみですね!」


 二人でグラスを持ち上げた。


「いただきます!」


 ひとくち。


「……!」


 最初に感じたのは、瑞々しいリンゴの香りだった。


 甘みのあとを追うように爽やかな酸味が広がり、最後には皮を思わせる僅かな渋みが残る。


「美味しい……!」


 メルティがグラスを見つめる。


「リンゴのジュースみたいに香るのに、ちゃんとお酒です」


「甘いだけではないな」


 シルヴァンももう一度口に含む。


「酸味と、少し苦みもある。そのおかげで飲み飽きない」


「シルヴァンさん、本当にお酒の感想上手くなりましたね」


「昨日のことを思い出させるなら、この杯を置くぞ」


「何も言ってないですよ!」


「顔が言っている」


 メルティは笑いを堪えながら、自分のグラスへ口をつけた。


                              *


「お待たせしました。空中鶏のシードル煮込みです」


「わぁ……!」


 深い皿の中には、大きな鶏肉と根菜がたっぷり入っていた。


 淡い琥珀色の煮汁から、リンゴと香草の香りが立ち上っている。


 メルティがフォークを入れる。


 ほろり。


「柔らかい!」


「本当だな」


 シルヴァンも驚いたように身を崩す。


 ひと口。


「んんっ……!」


 肉にはシードルの爽やかな酸味と果実の甘みが染み込んでいる。けれど甘すぎず、鶏の旨みもしっかりと残っていた。


「美味しいです!」


「酒を料理に使うと、こうなるのか」


「シードルで煮て、そのシードルを飲む……最高ですね」


「確かに相性はいい」


 シルヴァンもグラスを傾ける。


「料理のあとに飲むと、さっきより果実の香りを強く感じるな」


「ですよね!」


「……」


 シルヴァンが一瞬止まった。


「どうしました?」


「最近、お前と同じようなことを考えるようになってきた気がする」


「いいことです!」


「本当にそうなのだろうか……」


                              *


 最後に運ばれてきた果実パンを割ると、中から湯気と一緒に甘い香りが広がった。


 刻んだリンゴや木の実が練り込まれている。


「モチにも少しだけ」


「きゅ!」


 メルティが小さくちぎって差し出す。


 ぱくっ。


 もぐもぐ。


「……」


 モチの目が大きくなる。


「きゅうっ!」


 尻尾が勢いよく揺れ始めた。


「気に入ったみたいです!」


「分かりやすい奴だな」


 シルヴァンも笑う。


 雲の下には地上の山々。


 頭上には青空。


 心地よい風が吹き抜け、テーブルにはシードルと温かな料理。


「海の底もよかったですけど」


 メルティが辺りを見渡す。


「空の上も最高ですね」


「ああ」


 シルヴァンもグラスを置いた。


「それで?」


「はい?」


「次はどこを見る」


 メルティが目を瞬いた。


 そして、にやりと笑う。


「シルヴァンさん」


「なんだ」


「すっかり旅する気満々ですね」


「……!」


「前だったら『次はどこへ行くつもりだ』って言ってたのに」


「細かいところを覚えているな!」


「嬉しいんですよ」


「……」


 シルヴァンは少しだけ視線を逸らした。


「せっかく来たのだ。見られるものは見ておいた方がいいだろう」


「はいはい」


「その顔をやめろ」


「きゅっ!」


 モチまで楽しそうに鳴く。


「じゃあ、果樹園の方に行ってみましょう!」


「まだ食べるのか?」


「見るだけかもしれませんよ?」


「信用できんな」


 三人は笑いながら席を立った。


 海の底から、雲の上へ。


 旅仲間が増えるたび、同じ景色でも楽しみ方は少しずつ増えていく。


 メルティはモチを肩へ乗せ、シルヴァンと並んで、風に揺れる果樹園へ向かって歩き出した。


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