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ダンジョン攻略に飽きたので、酒場巡り始めました。〜元SSSランク冒険者(24歳・童顔)、美味しいお酒とご飯を求めて無双中〜  作者: カタギリ


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第58話

 ふわふわの幻獣を膝に乗せたまま、メルティが機嫌よく毛並みを撫でていると、旧船渠の向こうから慌ただしい足音が近づいてきた。


「――お、お待ちください!」


「?」


 息を切らせて駆けてきたのは、先ほど市場で会った商人だった。その後ろには、豪奢な礼装に身を包んだ恰幅のいい男と、白い料理服を着た数人の料理人まで続いている。


「見つかったのか!?」


「市長、この樽です!」


 商人が指さした先には、幻獣が抱えていた極深海ハーブの樽。


 その隣には、割られた虹色真珠貝の殻がいくつも転がっている。


「……ああ……」


 市長と呼ばれた男の顔から、さっと血の気が引いた。


「食べられている……」


「全部じゃないですよ?」


 メルティが慌てて言う。


「こっちの箱には、まだ無事な貝が残ってます。ハーブも、樽の中身はほとんど大丈夫です」


「そ、そうなのですか!?」


 料理長が箱へ飛びつくように中身を確認した。


「……確かに。だが……」


 安堵したのも束の間、すぐに険しい表情へ戻る。


「予定していた量には足りない」


「予定?」


 メルティが首を傾げる。


 市長は額の汗を拭いながら答えた。


「実は今夜、隣国の王族を招いた晩餐会が開かれるのです」


「王族?」


「そのために、虹色真珠貝と極深海ハーブを特別に取り寄せておりました。海底都市ならではの料理を振る舞う予定だったのですが……」


 料理長が手にしていた献立表を握りしめる。


「虹色真珠貝を一人一枚使う予定だった。だが、これでは数が足りん」


「別の料理に変えるのは?」


「今から全てを組み直すには時間が……」


 晩餐会までは、あと数刻。


 料理人たちの表情にも焦りが浮かんでいた。


「……」


 メルティは、残された真珠貝を見る。


 次にハーブ。


 そして――膝の上で幸せそうに丸くなっている幻獣へ視線を落とした。


「……そういえば」


「どうした?」


 シルヴァンが尋ねる。


「この子、真珠貝を食べる時に、わざわざハーブの樽まで持ってきてたんですよね」


「……ああ」


「ということは」


 メルティは、ぱっと顔を上げた。


「この二つ、やっぱり一緒に食べたら美味しいんじゃないでしょうか」


「――?」


 料理長が目を瞬く。


「一枚ずつ出せないなら、一枚をもっと薄く切って、別の一皿にすればいいんです」


「薄く……?」


「はい!」


 メルティは腰の星銀のナイフへ手を添えた。


「量が足りないなら、少ない量でも一番美味しく食べられる料理に変えましょう!」


                              *


「――厨房を貸してください!」


 数十分後。


 メルティとシルヴァンは、市長館の大厨房に立っていた。


 周囲では料理人たちが晩餐会の準備に追われ、鍋や皿が慌ただしく行き交っている。


「まずは、この貝ですね」


 メルティは無事だった虹色真珠貝を一つ手に取った。


 殻を開き、星銀のナイフを身と殻の間へ滑り込ませる。


 ――すっ。


「……!」


 料理長が思わず身を乗り出した。


 柔らかな貝柱を傷つけることなく、身だけが綺麗に外れる。


「この刃……なんという切れ味だ」


「ドワーフの職人さんに作ってもらったんです!」


 メルティは嬉しそうに答え、そのまま貝の身を薄くそぎ切りにしていく。


 一枚。


 もう一枚。


 向こう側が僅かに透けるほど薄いのに、断面は潰れていない。


「これなら、一枚の貝から何人分も取れる……」


 料理長の目つきが変わった。


「そういうことです!」


 そこへシルヴァンが極深海ハーブを手に取る。


「……この香り」


「何か分かります?」


「ああ。森にある香草とは違うが、性質は近い」


 葉を指先で軽く揉み、香りを確かめる。


「強く火を入れると、この爽やかな香りは飛ぶだろう。最後に加えた方がいい」


「なるほど!」


「最初に少量だけ炙れば、別の香ばしさも出せそうだ」


「じゃあ、両方やってみましょう!」


「待て。いきなり全部使うな」


「あ」


「少量で試す」


「シルヴァンさん、すっかりこういう時の止め役ですね」


「お前が勢いで全部入れそうだからだ!」


 料理長が思わず吹き出した。


                              *


 まず、ごく少量のハーブを軽く炙る。


 熱を受けた瞬間、青々とした香りの奥から、ほんのり香ばしい匂いが立ち上がった。


「いいですね」


 次に、薄く切った虹色真珠貝を鉄板へ。


 表面へさっと火を入れる程度に留め、身の柔らかさは残す。


 最後に――。


「これを使いましょう」


 メルティが取り出したのは、深海泡酒。


「酒を?」


「せっかく海底都市の料理ですから!」


 ほんの少量を鉄板へ落とす。


 ――じゅっ。


 立ち昇った蒸気に、果実のような酸味と海辺の酒らしい香りが混ざった。


「……!」


 料理長が鼻を動かす。


「これは……」


 火を止め、最後に生の極深海ハーブを少しだけ散らす。


 薄切りの虹色真珠貝を重ねるように皿へ盛り、鉄板に残った深海泡酒の香りをまとわせた汁を、ほんの僅かに回しかけた。


「できました!」


 料理長が一口、試食する。


「……」


「どうです?」


「……もう一口」


「え?」


「確認だ」


 二口目。


「……」


 料理長は静かにフォークを置いた。


「これでいこう」


「本当ですか?」


「ああ」


 表情には、先ほどまでの焦りがない。


「真珠貝を丸ごと一枚出すより、こちらの方が香りを楽しめる。何より、この薄さなら残った貝でも全員分を用意できる」


「よかったです!」


「それに――」


 料理長は極深海ハーブを見る。


「まさか、このハーブと真珠貝がここまで合うとはな」


 三人の視線が、厨房の入口へ向く。


 そこには、メルティを追ってきた白い毛玉がちょこんと座っていた。


「……あの子が先に知ってたんですね」


「盗み食いでな」


 シルヴァンが冷静に付け足した。


「そこは駄目ですけど」


                              *


 その夜。


 市長館の大広間では、隣国から訪れた王族を迎える晩餐会が開かれていた。


 幾つもの料理が運ばれる中、新しく加えられた一皿が静かに置かれる。


「こちらは?」


 若い王女が興味深そうに皿を見つめる。


「虹色真珠貝の香草焼き、深海泡酒の香りでございます」


 薄く切られた真珠貝には淡い焼き色がつき、緑のハーブが彩りを添えている。


 王女が一切れ口へ運んだ。


「……!」


 ゆっくり目を見開く。


「これは……」


 隣にいた王子も続けて口にする。


「貝が、驚くほど柔らかい」


「ええ。それに、この香り……」


 王女がもう一口。


「最初は香ばしいのに、あとから爽やかな香草の香りが抜けていきます」


「酒の酸味もいい。貝の甘みが残るのに、後味が重くない」


 静かだった王族の席から、少しずつ感嘆の声が広がっていく。


 料理長は厨房の入口からそれを見守り、ようやく大きく息を吐いた。


「……助かった」


 隣にいたメルティへ頭を下げる。


「本当にありがとう」


「私は、この子の真似をしただけですよ」


「……?」


 メルティが足元を見る。


 白い幻獣は、何か褒められたのを察したのか、尻尾のようなふわふわした部分を嬉しそうに振っていた。


                              *


 晩餐会が無事に終わったあと。


 市長と商人も、改めて二人のもとへやってきた。


「いやあ、今回は本当に助かりました」


 市長が深々と頭を下げる。


「盗まれた時はどうなることかと思いましたが、まさか新しい料理まで生まれるとは」


「この子のおかげですね」


 メルティが幻獣を抱き上げる。


「……まあ、貝を食われたのは痛かったけどな」


 商人が苦笑する。


 幻獣が、びくっと体を縮めた。


「あ」


 メルティの腕へ顔を埋める。


「怒られると思ってますよ」


「もう怒らんよ」


 商人はため息をつく。


「晩餐会が成功したなら、今回は勘弁してやる」


 幻獣が、そっと顔を出した。


「……」


「ただし、もう人の店から勝手に食い物を持っていくなよ」


「分かります?」


 メルティが尋ねる。


 幻獣は首を傾げた。


「……たぶん分かってませんね」


「だろうな」


 シルヴァンが呟いた。


 市長は白い毛玉を眺めながら言う。


「それにしても珍しい」


「この子、何なんですか?」


「この辺りの深海では、稀にこういう幻獣が姿を見せることがある。だが、人前へ出てくること自体が珍しい」


「幻獣……」


「ああ。ましてや、人間にここまで懐くなど聞いたことがない」


「……」


 メルティは腕の中を見る。


 幻獣は完全にくつろぎ、もう眠そうに目を細めている。


「可愛いですね」


「そこなのか」


 シルヴァンが呆れる。


                              *


 翌朝。


 海底都市を発つため、メルティとシルヴァンは泡導船の乗り場へ向かっていた。


「楽しかったですね!」


「ああ。いろいろありすぎた気もするがな」


「深海泡酒も美味しかったですし」


「……その話はするな」


「どうしてです?」


「思い出したくない」


「『お前について来てよかった』」


「メルティ」


「すみません」


 二人が歩いていく。


 その後ろを――。


 とてとて。


「……」


 シルヴァンが振り返る。


 白い幻獣がいる。


「メルティ」


「はい?」


「あれ」


「……あ」


 二人が止まる。


 幻獣も止まった。


「どうしたんですか?」


 メルティが近づく。


 幻獣はすぐに駆け寄り、メルティの足へぎゅっとしがみついた。


「わっ」


「……ついて来るつもりではないのか?」


「え?」


 メルティはしゃがみ込む。


「一緒に来たいんですか?」


「……」


 幻獣がメルティを見上げる。


 そして――。


「きゅっ」


「……!」


 小さな声を上げ、両前脚を伸ばした。


「シルヴァンさん!」


「私に聞くな」


「連れて行ってもいいでしょうか!」


「だから私に許可を求めるな!」


「でも旅仲間ですし!」


「……」


 シルヴァンは幻獣を見る。


 幻獣も見返す。


「……」


「きゅ」


「……」


 シルヴァンは長く息を吐いた。


「勝手にしろ」


「やった!」


「ただし」


「はい?」


「食べ物を盗まないよう、ちゃんと教えろ」


「はい!」


「それから世話もすること」


「もちろんです!」


「あと、私の食事まで取られたら――」


「シルヴァンさんも結構そこ大事なんですね」


「当然だ!」


 メルティは笑いながら、白い幻獣を抱き上げた。


「じゃあ、一緒に行きましょうか」


「きゅっ!」


 嬉しそうに鳴き、そのままメルティの肩へよじ登る。


「ふふ。新しい旅仲間ですね」


「……また賑やかになったな」


 シルヴァンが呆れたように言う。


 けれど、その表情には僅かな笑みが浮かんでいた。


 メルティ。


 シルヴァン。


 そして、食べることが大好きらしい、小さな幻獣。


 三人になった一行は、泡導船へ向かって歩き出す。


「そういえば」


 メルティが肩の幻獣を見る。


「名前、どうしましょうか?」


「……決めていなかったのか?」


「今から考えます!」


「嫌な予感しかしないな」


 海底都市の淡い光の中、また一つ増えた小さな足音とともに、メルティたちの旅はさらに賑やかになっていくのだった。


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