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ダンジョン攻略に飽きたので、酒場巡り始めました。〜元SSSランク冒険者(24歳・童顔)、美味しいお酒とご飯を求めて無双中〜  作者: カタギリ


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第53話

「――こちらだ」


 長老とシルヴァンに案内され、メルティは古代樹の根元にある石段を下りていった。


 地上から離れるにつれて空気はひんやりと冷たくなり、森の匂いも薄れていく。壁には淡い青白い光を放つ発光石が埋め込まれ、その先には大小さまざまな木樽や瓶が整然と並んでいた。


「わぁ……」


 思わず声を潜める。


 酒蔵というよりも、大切なものを眠らせるための宝物庫のようだった。


「ここは、我らの熟成庫だ」


 長老が静かに言う。


「月光果から造った酒は、ここで長い時を過ごす。数年のものもあれば、我らより長く眠っているものもある」


「我らより……」


 メルティの視線が、奥へ吸い寄せられる。


「何年くらいですか?」


「それを今から見せよう」


「……!」


 長老は楽しそうに笑い、さらに奥へ歩いていった。


                              *


 一番奥。


 そこだけは木樽ではなく、古い木箱が並べられていた。


 長老がその一つを慎重に開く。


「これは――」


 中から現れたのは、深い琥珀色の瓶だった。表面には古い文字が刻まれた札が結ばれている。


 シルヴァンがそれを見て、目を見開いた。


「長老……まさか、それを?」


「ああ」


 長老は頷いた。


「月光樹が再び実を結んだ日に開けようと、先代から受け継いできたものだ」


 メルティが、ごくりと喉を鳴らす。


「……何年ものですか?」


「六十八年」


「――六十八年!?」


 思わず大きな声が出た。


「そんなに!?」


「声が大きい」


 シルヴァンが眉をひそめる。


「す、すみません」


「ふふ。六十八年と聞けば、そうなるのも無理はない」


 長老は楽しそうに笑いながら、瓶を大切そうに取り出した。


「六十八年前に採れた月光果を使い、蜂蜜とともに仕込んだエルダームーンだ。その後、樽で熟成させ、最も状態の良い時に瓶へ移して眠らせてある」


「六十八年……」


 メルティはもう一度呟いた。


 これまで飲んできた酒とは、時間の重みそのものが違う。


「本当に、私が飲んでいいんですか?」


「もちろんだ」


 長老は月光樹のある地上を見上げるように目を細めた。


「あの樹が再び花を咲かせ、果実を結んだ。それだけで、この酒を開けるには十分な理由だ」


 そして瓶の封印へ手をかける。


「それに――」


 長老がメルティを見る。


「この日のために残してきた酒ならば、今日以上に相応しい日はあるまい」


「……!」


 古い封が、ゆっくりと外される。


 ――ぽん。


 小さな音が、静かな熟成庫に響いた。


 その瞬間。


「……っ」


 メルティの目が大きく見開かれた。


 甘い。


 けれど、単純な蜂蜜の甘い香りではない。


 熟した果実を思わせる濃密な香り。その奥から花や木、乾いた香草のような複雑な香りが、少しずつほどけるように広がってくる。


「まだ飲んでないのに……すごいです」


「慌てるな」


 シルヴァンが言う。


「分かってます。でも、これは慌てます」


「どちらなのだ」


                              *


 細い脚のついた小さな杯へ、エルダームーンがゆっくりと注がれた。


 色は深みのある黄金色。発光石の明かりを受け、杯を傾けるたびに、とろりと光が揺れる。


「まず香りを楽しむといい」


 長老に言われ、メルティは杯を鼻先へ近づけた。


「……」


 先ほど瓶を開けた時とは、また違う。


 蜂蜜。


 熟した果実。


 花。


 その奥に、古い木樽を思わせる落ち着いた香り。


「……すごい」


 何度嗅いでも、違う香りが見つかる。


 メルティはしばらく杯を眺めていた。


 そして。


「――いただきます」


 ほんの少しだけ、口に含んだ。


「――」


 動きが止まる。


 長老もシルヴァンも何も言わず、その反応を待った。


「……んんっ」


 ようやく、小さな声が漏れた。


 口に入れた瞬間は、蜂蜜を思わせる柔らかな甘み。けれど、すぐに果実の酸味が追いかけてくる。


 甘い。


 なのに重たくない。


 飲み込んだあとには、花や薬草を思わせる香りと、わずかな渋みが長く残った。


「……美味しい」


 メルティはゆっくり目を開いた。


「これ、本当にすごいです」


「そうか」


「最初は甘いのに、あとから全然違う味が出てきます。それに、飲み終わったのにまだ香りが残ってる……」


 もう一度、少しだけ口にする。


「六十八年って……こういう味になるんですね」


「六十八年経てば何でもこうなるわけではないぞ」


「そうなんですか?」


「当然だ」


 シルヴァンが呆れる。


「ならないんですね……」


「そこからなのか」


 長老が声を上げて笑った。


                              *


「こちらも合わせてみるといい」


 続いて出されたのは、以前に収穫して保存されていた月光果の塩漬けと、木の実や香草を練り込んで薄く焼いたクラッカーだった。


「月光果!」


「新しく実ったものではないぞ。昔の収穫を保存したものだ」


「分かってます!」


 メルティは月光果の塩漬けをひとつ取る。


「いただきます」


 ひとくち。


「……!」


 果実そのものは柔らかく、ほのかな甘酸っぱさが残っている。そこへ塩気が加わり、味がきゅっと引き締まっていた。


 続けてエルダームーンを少し。


「んんっ!」


 先ほどより、酒の甘みがはっきり感じられる。


「全然違います!」


「同じ月光果から生まれたものだからな。相性はいい」


「これ、交互にずっといけますね」


「ずっとは飲むな」


「はい」


「返事だけはいいな」


 今度はクラッカー。


 ぱりっとした食感の後から、木の実の香ばしさとハーブの爽やかさが広がる。


「……これも合います」


 甘い酒。少し塩気のある果実。香ばしい木の実。


 派手ではないのに、一つ食べればまた酒が欲しくなり、酒を飲めば次の一口が欲しくなる。


「幸せです……」


 メルティがうっとりと呟く。


 その表情を見て、長老は満足そうに頷いた。


 そしてシルヴァンも――。


「……」


 無言で自分のクラッカーへ手を伸ばしていた。


「シルヴァンさんも、こういうの好きなんですね」


「昔からある里の食べ物だ。当然だ」


「じゃあ今度、別のお酒にも合う料理を作りましょう」


「……」


「シルヴァンさん?」


「悪くない提案だ」


「やっぱり好きじゃないですか」


「うるさい」


                              *


 その夜。


 里では、月光樹の回復を祝う小さな宴が開かれた。


 月光果が収穫できるようになるのはまだ先のこと。それでも、消えかけていた花が戻り、新しい実が生まれたことは、里のエルフたちにとって十分すぎるほど喜ばしい出来事だった。


 宴の終わり際、長老がメルティへ一冊の本を差し出した。


「メルティ殿。旅の役に立ててほしい」


「これは?」


「この森に生える薬草や香草についてまとめたものだ」


 手に取ると、かなり使い込まれた写本だった。


「薬としての使い方だけではない。食用にできるもの、酒へ香りを移せるもの、毒になるものも記されている」


「お酒にも?」


 すぐに反応する。


「そこか」


 長老は苦笑した。


「里の秘術そのものを持ち出すことはできんが、外を旅する者へ渡すための知識をまとめた写本だ。お前なら、面白い使い方をするだろう」


「ありがとうございます!」


 メルティは嬉しそうに本を抱えた。


「大切にします!」


                              *


 翌朝。


 旅支度を整えたメルティが里の入口へ向かうと、そこにシルヴァンが待っていた。


 いつもの装束。


 腰の剣。


 けれど背中には、昨日までなかった旅荷物がある。


「……?」


「シルヴァンさん、どこか行くんですか?」


「お前とだ」


「私と?」


「ああ」


 あまりにも当然のように返され、今度はメルティが首を傾げた。


「なぜです?」


「……長老には、すでに許可を得ている」


 シルヴァンは一度、里の方を振り返った。


「今回のことで思い知った。我々は、この森の中だけで完結しすぎていたのかもしれない」


「……」


「月光樹のこともそうだ。昔のやり方を捨て、清らかさばかりを求めていた。外の土地で、人や植物がどう生き、何を食べ、何を育てているのか――私は知らなすぎる」


 そして、メルティを見る。


「だから、一度外を見てみたい」


「なるほど……」


「それに」


「それに?」


「……」


 シルヴァンが一瞬だけ視線を逸らした。


「お前と旅をしていれば、各地の料理も知ることができるのだろう?」


「――!」


 メルティの顔が一気に明るくなる。


「もちろんです!」


「酒も?」


「もちろん!」


「珍しい食材も?」


「いっぱいあると思います!」


「そうか」


 ほんの僅かに、シルヴァンの口元が上がった。


「ならば、なおさら同行する価値がある」


「結構そっちも大きいですよね?」


「学術的関心だ」


「そういうことにしておきます」


「……何だその顔は」


 メルティはくすくすと笑った。


「いいですよ。一緒に行きましょう!」


「――」


 今度はシルヴァンが少し驚いた。


「そんな簡単に決めていいのか?」


「嫌な人だったら断ってますよ」


「……」


「でもシルヴァンさん、一緒にご飯食べたら楽しそうですし」


 少し間を置いて。


「森のことも詳しいですしね」


「順番が逆ではないか?」


「どっちも大事です!」


「……そうか」


 シルヴァンは諦めたように息を吐く。


 けれど、その表情はどこか嬉しそうだった。


「では、改めてよろしく頼む。メルティ」


「はい! よろしくお願いします、シルヴァンさん!」


 こうしてメルティの一人旅に、初めて旅を共にする仲間が加わった。


                              *


 ――それから数日後。


 遠く離れた王都。


「……古代樹海の月光樹が回復した?」


 執務室で報告書を読んでいたアルベルトは、どこか誇らしげに笑った。


「さすがはメルティだ」


 報告書をめくる。


「幻の酒も無事に飲めた、と……」


 さらに一枚。


「相変わらずだな」


 口元が緩む。


 だが。


 次の一文を読んだところで、その指が止まった。


「……」


 もう一度読む。


『なお、古代樹海の門番を務めていた若いエルフ、シルヴァンが、メルティ殿の旅へ同行した模様』


「……同行?」


 静寂。


「若いエルフ……男?」


 報告書には、そう記されている。


「……」


 アルベルトは背もたれへゆっくりと体を預けた。


「まあ、よい」


 平静な声だった。


「旅の護衛が増えるのであれば、私としても安心だ」


 こつ。


 指先が机を叩く。


「……」


 こつ、こつ。


「……それだけだ」


 誰に言うでもなく呟く。


 そしてしばらくして、報告書をもう一度手に取った。


「シルヴァン、か……」


 その名前だけを確認するように呟いた声は、ほんの少しだけ低かった。


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