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ダンジョン攻略に飽きたので、酒場巡り始めました。〜元SSSランク冒険者(24歳・童顔)、美味しいお酒とご飯を求めて無双中〜  作者: カタギリ


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第50話

 結界の向こうで、エルフの門番は必死に己の心と格闘していた。


(違う。これは食欲に屈したわけではない)


 香ばしく焼けた肉。


 とろけたチーズ。


 風に乗って漂ってくる、爽やかなハーブの香り。


(人間が聖域の前へ持ち込んだ食物だ。危険がないか確認するのも、門番として当然の務め……)


 そう。


 これは職務である。


 決して、食べたいわけではない。


「……人間よ」


「はい?」


 ついに門番が口を開いた。


「その料理だが……」


「食べますか?」


「まだ何も言っていない!」


「すみません」


「……」


 メルティは素直に引き下がる。


 門番は一度咳払いをした。


「見慣れぬ食材も使われている。何か危険なものが含まれていないとも限らん」


「普通の干し肉とチーズとハーブですよ?」


「それを判断するのは私だ!」


「はい」


「だから、その……」


 ちらり。


 焼けた肉を見る。


「検分してやろう。一口だけ寄越すがいい」


「どうぞ!」


「返事が早いな!」


 メルティは嬉しそうに、焼き上がった一枚を皿へ乗せた。


 門番はしばらく逡巡したあと、結界の外へ一歩踏み出す。


「出られるんですね」


「我々が張った結界だ。当然だ」


「なるほど」


「……妙な真似はするなよ」


「しませんよ?」


 差し出された皿を受け取り、門番は改めて料理を見つめた。


 薄く切られた肉の上で、チーズが柔らかく溶けている。その表面には黄金色のハーブが散らされ、まだ小さく湯気が上がっていた。


「……これを食べればいいのだな」


「熱いうちがおすすめです」


「分かっている」


 覚悟を決めたように、一口。


「――」


 動きが止まった。


 まず広がったのは、炙られた干し肉の凝縮された旨味と塩気。そこへ溶けたチーズのまろやかなコクが重なり、最後にハーブの爽やかな香りが鼻へ抜けていく。


「……」


 門番は無言で咀嚼した。


「どうですか?」


「……」


「美味しくなかったです?」


「黙っていろ」


「はい」


 もう一度噛む。


 肉。


 チーズ。


 ハーブ。


 それぞれは単純な食材のはずなのに、一緒に口へ入れた途端、味がまるで変わる。


「……なんだ、これは」


「お肉とチーズです」


「それは見れば分かる!」


「じゃあ、何でしょう」


「私が聞きたい!」


 門番の冷静な表情が、少しずつ崩れていく。


「この香草は……」


「湖畔の街でもらったものです。お魚にも合うんですよ」


「魚にも……?」


「はい。焦がしバターのムニエルにすると、すごく美味しかったです」


「焦がし……バター……?」


 知らない料理の名前に、門番の耳がぴくりと動く。


 メルティは気づいた。


 この人、かなり食べ物に興味がある。


「もう一枚、ありますよ?」


「……」


「食べます?」


「……一枚だけだ」


「はい!」


「本当に一枚だけだからな」


「分かりました」


                              *


 二枚目を食べ終えた頃には、先ほどまでの冷たい態度はかなり和らいでいた。


「……人間よ」


「はい」


「名は?」


「メルティです」


「メルティ、か」


 門番は少し迷ったあと、自分の胸へ手を当てた。


「私はシルヴァン。この森の入口を預かっている」


「シルヴァンさんですね」


「……さん?」


「嫌ですか?」


「いや。好きにしろ」


 シルヴァンは結界の向こうに広がる森へ視線を向けた。


「本来なら、人間を里へ通すことはない」


「やっぱり駄目ですか?」


「話は最後まで聞け」


「はい」


「少なくとも、お前から敵意は感じない。それに……」


 ちらりと、空になった皿を見る。


「食材の扱いを見る限り、この森を荒らすような者にも見えん」


「お料理でそこまで分かるんですか?」


「……今のは忘れろ」


「はい」


 シルヴァンは小さく息を吐いた。


「私の監視下という条件なら、一時的な立ち入りを認める」


「――本当ですか!?」


「ただし、勝手な行動はするな。触れてはならないものも多い」


「分かりました!」


「それから――」


「はい?」


「その料理の作り方は、後で詳しく聞く」


「もちろんです!」


 シルヴァンは満足そうに頷き、結界へ手を触れた。


 淡い光が広がり、メルティの前に人一人が通れるほどの道が開いていく。


「ついて来い」


「はい!」


 こうしてメルティは、料理という思いもよらない方法で、古代樹海への入口を開くことになった。


                              *


 結界を越えた先には、外から見ていた以上に幻想的な景色が広がっていた。


「わぁ……」


 巨大な樹々の枝が頭上高くで重なり、緑の天井を作っている。木漏れ日が差すたび、淡く光る苔や草花が宝石のように輝いた。


 木々の間には、太い幹や枝を利用して造られた家々が点在している。吊り橋のような通路で結ばれた建物もあり、その間をエルフたちが静かに行き交っていた。


「すごいところですね……」


「人間の街とは違うだろう」


「はい。お店とかあります?」


「最初に気になるのがそこなのか?」


「お酒を探しに来ましたから」


「……そうだったな」


 シルヴァンは呆れたように息を吐く。


 けれど、里の奥へ進むにつれ、メルティはあることに気づいた。


「……?」


 静かすぎる。


 穏やかと言えばそうなのだが、行き交うエルフたちの表情にはどこか元気がない。立ち話をする者も少なく、森全体に重たい空気が漂っていた。


「シルヴァンさん」


「なんだ」


「皆さん、なんだか元気がないですね」


「……」


 シルヴァンの表情が曇った。


「それについては、長老から聞いた方がいい」


                              *


 案内されたのは、里の中心に立つひときわ巨大な古木だった。


 その幹をくり抜くようにして造られた建物の中で、長い白髪を持つ年老いたエルフが二人を待っていた。


「シルヴァンよ」


 長老の穏やかな視線が、メルティへ向けられる。


「その人間は?」


「メルティという旅人です。事情があり、私の判断で一時的に里へ通しました」


「お前が人間を?」


「……事情がありまして」


「食べ物です」


「メルティ!」


「?」


 長老の眉がわずかに動いた。


「……食べ物?」


「その話は後ほど!」


 珍しく慌てるシルヴァンを見て、長老は少しだけ口元を緩めた。


「まあよい。メルティとやら、何を求めてこの地へ来た?」


 メルティは丁寧に頭を下げる。


「初めまして。メルティといいます」


「うむ」


「実は、『エルダームーン』というお酒の噂を聞いてきました」


 その名前を口にした瞬間。


 長老の表情から、先ほどまでの僅かな笑みが消えた。


「……エルダームーンか」


「ありますか?」


「ある」


「――!」


 メルティの顔が一気に明るくなる。


「ただし――」


「?」


「今は、新しく造ることができん」


「……え?」


 長老は静かに立ち上がり、窓の外へ視線を向けた。


 その先、里のさらに奥に一本の巨大な樹が見える。


 周囲の古木よりもさらに太く、高い。


 けれど、その枝には葉が少なく、どこか弱々しく見えた。


「あれは『月光樹』。エルダームーンの原料となる『月光果』を実らせる、我らの里でも特別な樹だ」


「月光果……」


「例年なら、この時期には枝いっぱいに実をつける」


 長老は目を伏せる。


「だが今年は、一つも実らなかった」


「一つも?」


「ああ。それどころか、月光樹そのものが少しずつ弱っている」


 メルティは窓の外を見た。


 たしかに、周囲の樹々が青々としている中、その一本だけは葉が少ない。


「原因は分からないんですか?」


「里の者たちも調べている。病か、土か、水か……考えられるものは一通り調べたが、未だ理由は分からん」


「……」


「月光果がなければ、エルダームーンを新たに仕込むことはできない。このまま樹まで枯れれば、二度と造れなくなる可能性もある」


「――!」


 メルティの顔から笑みが消えた。


「二度と……」


「そうだ」


「それは……」


 メルティは真剣な顔で月光樹を見つめる。


「ものすごく困ります」


「酒のことか?」


「それもあります!」


「即答か」


「でも――」


 メルティは里を振り返った。


 元気のないエルフたち。


 そして、今にも枯れそうな月光樹。


「皆さんにとっても、大切な樹なんですよね?」


 長老が静かに頷いた。


「我らが生まれる遥か以前から、この里と共にあった樹だ」


「じゃあ、やっぱり放っておけないです」


「……お前が調べるというのか?」


「はい」


 メルティはにっこりと笑った。


「お酒も飲みたいですし」


「やはりそこへ戻るのだな」


「大事なので!」


 長老はしばらくメルティを見つめ――やがて、小さく笑った。


「変わった人間だ」


「よく言われます」


「もし月光樹を救うことができたなら」


 長老は一拍置く。


「里に残るエルダームーンの中から、特別な一本を開けよう」


「……」


 メルティの動きが止まった。


「特別な……一本?」


「長く寝かせた、我らでも滅多に口にしないものだ」


「……!」


 ぱっと瞳が輝く。


「絶対に原因を見つけます!」


「急にやる気が増したな!?」


 シルヴァンの声が響いた。


 けれどメルティは気にしない。


 窓の向こうに立つ、弱り始めた月光樹をまっすぐに見つめる。


「待っててくださいね、エルダームーン……」


「樹の方を心配しろ!」


「もちろん樹もです!」


 静かだった長老の部屋に、久しぶりに小さな笑い声が響いた。


 こうしてメルティは、幻の酒を求めて辿り着いた古代樹海で、月光樹が弱り始めた原因を探ることになった。


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