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ダンジョン攻略に飽きたので、酒場巡り始めました。〜元SSSランク冒険者(24歳・童顔)、美味しいお酒とご飯を求めて無双中〜  作者: カタギリ


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第47話

 メルティは、星銀のナイフを構え、大きく息を吸った。


 水晶へ絡みつく黒い蔦は、何重にも複雑に絡み合っている。細いもの同士がさらに枝分かれし、どこから切れば水晶を傷つけずに済むのか、一目見ただけでは分からなかった。


「……落ち着いて」


 メルティはすぐには刃を動かさず、じっと蔦を観察した。脈打つたび、水晶から淡い光が吸い取られていく。その流れを目で追っていくと、何本もの蔦が一か所へ集まり、ひときわ黒く太い根へ繋がっているのが分かった。


「――そこですね」


 けれど、いきなり根を切れば、水晶へ食い込んだ蔦が暴れるかもしれない。まずは細いものから、水晶へ強く巻きついている蔦を一つずつ外していく。


 メルティは刃先をそっと添えた。


 ――すっ。


「……!」


 ほとんど力を入れていない。それなのに、星銀の刃は柔らかな蔦だけを滑らかに断ち、水晶の表面へは触れることすらなかった。


「いけます」


 もう一本。


 ――すっ。


 さらに一本。


 水晶の丸みに沿って刃を動かし、絡みついた蔦だけを丁寧に切り離していく。


 肉を切る時とは違う。けれど、ガラハドが言っていたことは同じだった。


 余計な力を使わず、切りたいものだけへ刃を通す。


「……ガラハドさん、本当にすごいナイフです」


 小さく呟き、さらに集中する。一本切るたびに、水晶の光が少しずつ強くなっていった。


 けれど、中心の太い蔦だけは、さらに深く水晶へ食い込んでいる。


「これが最後……」


 メルティは刃の角度を変えた。あと少し深く入れれば、水晶そのものを傷つける。浅すぎれば、根は切れない。


「……」


 呼吸を止める。


 刃先を差し込み――。


「――ここです」


 一気に引いた。


 ――スッ。


 太い蔦が、音もなく切れた。


「……!」


 一瞬の静寂。


 そして、水晶へ巻きついていた黒い蔦が急速に力を失っていく。黒々としていた表面が灰色に変わり、乾いた植物のようにしおれていった。水晶から次々と剥がれ落ち、床へ落ちる頃には、もう動くこともなかった。


「終わった……?」


 メルティが水晶を見上げる。


 その瞬間だった。


 ――ドクン。


 巨大な水晶の奥で、青白い光が脈打った。


「――!」


 もう一度。


 ――ドクン。


 光が広がる。細かな亀裂の奥まで青い輝きが満ち、やがて広間全体を包み込むほどの強い光へ変わっていった。


 直後。


 ゴゴゴゴゴ――!


 遺跡の奥から、低い轟音が響く。


「な、何ですか!?」


 壁際を走る水路へ、勢いよく水が流れ込んできた。今まで乾ききっていた石の溝を、透明な水が一気に駆け抜けていく。それと同時に、淡い青い光が水に沿うように広がり、遺跡の奥深くへ流れていった。


「これが……魔力の流れ」


 山から湖へ。湖から畑へ。


 石盤に描かれていた通り、止まっていた水と魔力が、再び巡り始めている。


「やりました……!」


 メルティの顔に、大きな笑みが浮かんだ。


 そして手元を見る。


 星銀のナイフには、傷一つついていない。


「……帰ったら、ちゃんとお手入れしないとですね」


 そう言って、大切に鞘へ戻した。


                              *


 山を下り、湖畔の街へ戻った頃には、すでに夕暮れが近づいていた。


「――!」


 街へ入る前から、メルティには違いが分かった。


 水路を流れる音がする。昨日まで細々としか流れていなかった水が、石造りの水路を勢いよく走っていた。


「水が戻ってるぞ!」


「畑まで来た! 水が来たぞ!」


 農夫たちの声が、あちこちから上がっている。


 メルティは湖へ駆け寄った。


「……わぁ」


 夕陽を映す湖面が、きらきらと揺れていた。昨日までは不自然なほど静かだった水面に、小さな波紋がいくつも広がっている。


 魚だ。


 まだ大群というほどではない。けれど、確かに魚影が戻り始めている。


「本当に……戻ってきてる」


 近くにいた漁師が、信じられないものを見るように湖を見つめていた。


「湖王鱒も、深いところに逃げ込んでただけだったのかもしれねぇ……」


 漁師が振り返る。


「嬢ちゃん。あんた、何をしてきたんだ?」


「止まってた水を、流してきました」


「……それだけ?」


「あと、黒い蔦を切りました」


「黒い蔦?」


「はい」


「……よく分からねぇが」


 漁師は一瞬呆けたあと、豪快に笑った。


「湖が戻りゃ、それで十分だ!」


 その声につられるように、周囲から歓声が上がった。


                              *


 翌朝。


 湖畔の街は、昨日までとはまるで違う騒がしさに包まれていた。


「獲れたぞーーー!」


 港から響いた声に、メルティが走っていく。


 漁船の上で、漁師たちが網を引き上げていた。銀色の魚が、朝日を受けて跳ねる。


「湖王鱒だ!」


「戻ってきたぞ!」


「久しぶりだ……!」


 漁師たちの目には涙まで浮かんでいる。


 畑も、一晩で作物が元通りになったわけではない。けれど乾ききっていた土には水分が戻り、農夫たちは嬉しそうに畝を整え直していた。


「これなら、また育てられる」


 その言葉を聞いて、メルティはほっと息を吐いた。


「よかった……」


 魚も。畑も。


 これなら、またこの街の食卓が戻ってくる。


 そして――。


「……湖王鱒」


 メルティの視線が、漁船で跳ねる立派な魚へ釘づけになる。


「ということは……!」


 次の瞬間には、もう青波亭へ向かって走り出していた。


                              *


「店主さーーーん!」


「うおっ!?」


 勢いよく扉が開き、青波亭の店主が驚いて顔を上げる。


「湖王鱒、戻ってきました!」


「ああ!」


 店主の顔にも、満面の笑みが浮かんだ。


「たった今、漁師が一番いいのを届けてくれたところだ!」


「――!」


「約束だったな」


 店主は腕まくりをする。


「あんたのおかげで、またこの料理が作れる」


 そして、にやりと笑った。


「最高の一皿を食わせてやるよ」


「お願いします!」


                              *


 厨房から、じゅうっ、と心地よい音が聞こえてくる。


 皮目から焼かれた湖王鱒へ、熱いバターが何度も回しかけられていく。やがてバターは淡い茶色へ変わり、ナッツを思わせる香ばしい匂いが店内いっぱいに広がった。


「……いい匂い」


 メルティはカウンターの向こうを覗き込みながら、そわそわと待っていた。


 仕上げに、この湖畔で育つ黄金色のハーブを散らす。


「――お待たせ」


 店主が皿を置いた。


「湖王鱒の焦がしバタームニエル、黄金ハーブ添えだ!」


「わぁ……!」


 皮はこんがりときつね色に焼かれ、その下にはふっくらとした白い身が覗いている。表面には焦がしバターが艶やかに絡み、黄金ハーブの爽やかな香りが立ち昇っていた。


「いただきます!」


 フォークを入れる。


 皮が、ぱりっと割れた。


「……!」


 一口分を取り、口へ運ぶ。


「――んんんんっ!!」


 香ばしい皮の後から、柔らかな身がほろりとほどける。湖王鱒そのものの上品な脂と甘みを焦がしバターの深いコクが包み、最後にハーブの爽やかな香りが鼻へ抜けていった。


「美味しい……!」


 メルティの顔が一気に緩む。


「これです……! これが食べたかったんです!」


「初めて食うんだろ?」


「想像してた味です!」


「それはどういう意味だ?」


 店主が思わず笑った。


 メルティは気にせず、もう一口。そして今度は、この地方で造られた冷たい地酒を少し飲む。


「んくっ……」


 淡麗で軽い飲み口が、バターのコクをすっと流していく。


「……合います!」


「だろう? 湖王鱒には昔からこれだ」


「もう一杯ください!」


「早いな!」


 久しぶりに開いた青波亭には、少しずつ人が集まり始めていた。


「店、開いたのか!」


「湖王鱒が戻ったって本当か?」


「俺にもムニエルをくれ!」


 店主の顔が、みるみる忙しい料理人の表情へ戻っていく。


「ったく、一人ずつ注文しろ! 今日からまた忙しくなるぞ!」


 その声は、大変そうなのにどこか嬉しそうだった。


 メルティは酒を片手に、その様子を眺める。


 昨日まで閉ざされていた店。空っぽだった市場。静まり返っていた湖。


 そこへ、少しずつ笑い声が戻ってきている。


「……よかった」


 ぽつりと呟いた。


 目の前には、ずっと食べたかったムニエル。そして周囲には、美味しいものを囲んで笑う人たち。


「守れて、よかったです」


 メルティはそう言って、また一口、湖王鱒を頬張った。


「――んんっ! やっぱり美味しい!」


 やがて青波亭の中には、料理を注文する声と食器の音、そして久しぶりの笑い声が賑やかに響き始めた。


 湖の水は再び巡り始めた。この街の食卓も、またここから少しずつ戻っていく。


 メルティは冷えた地酒をもう一口楽しみながら、次はどんな美味しいものに出会えるだろうと、早くも少しだけ次の旅へ思いを馳せるのだった。


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