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ダンジョン攻略に飽きたので、酒場巡り始めました。〜元SSSランク冒険者(24歳・童顔)、美味しいお酒とご飯を求めて無双中〜  作者: カタギリ


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第45話

 翌朝。


 小さな貸し船に揺られながら、メルティは湖の中央へと漕ぎ出していた。


 朝の光を受けた湖面は、鏡のように静かに輝いている。一見すれば昨日と変わらず美しい湖だったが、水の中へ目を凝らしてみても、魚の姿はほとんど見当たらなかった。


「……本当に、いませんね」


 メルティは櫂を置き、船の上で目を閉じた。


 意識を湖の中へ広げていく。


 かつて数多くの魔物と戦ってきたメルティにとって、魔力の気配を探ることは難しいことではない。水中に潜んでいる大型の魔物や、異常な魔力を持つ何かがいるなら、ある程度は感じ取れるはずだった。


「んー……」


 しばらく集中する。


 けれど――。


「……何もいません」


 感じられるのは、湖そのものが持つ穏やかな魔力だけ。


 凶暴な魔物の気配も、呪いのような淀んだ魔力もない。


 もう一度、範囲を広げて探ってみる。


「……やっぱり、変ですね」


 メルティは目を開け、船の縁から湖面を覗き込んだ。


「大きな魔物が魚を食べちゃった、とかなら分かりやすかったんですけど……」


 そうであれば、その魔物を見つけて倒せばいい。


 けれど今回は、倒すべき相手そのものが見つからない。


「殴れば終わる感じじゃなさそうです」


 ぽつりと呟き、メルティは困ったように眉を寄せた。


 その事実が、どんな巨大な魔物が現れるよりも、少しだけ厄介に思えた。


                              *


 湖を調べたあと、メルティは周辺の農園へ向かった。


「これは……」


 目の前に広がっていたのは、乾いた畑だった。


 細い茎は茶色く枯れ、ところどころに残った葉も力なく垂れている。風が吹くたび、乾いた土が薄く舞い上がった。


 メルティはしゃがみ込み、土へ手を触れる。


「かなり乾いてますね」


 指で軽く崩すと、土はさらさらと零れ落ちた。


 腐ったような臭いはない。


 目立った変色もない。


 今度は地面へ手を置き、目を閉じる。


「……」


 昨日、店主から聞いた話を思い出す。


 魚がいなくなった。


 畑が枯れた。


 そして、水路の流れまで弱くなった。


「毒……ではなさそうですね」


 少なくとも、メルティが知る毒や呪いに似た魔力は感じられない。


「お嬢さん」


 声をかけられ、メルティが振り返る。


 畑の端に、初老の農夫が立っていた。


「何か分かったかい?」


「まだ、はっきりとは分かりません。でも……悪い魔法をかけられたとか、毒を撒かれた感じではなさそうです」


「そうか……」


 農夫は安心するでもなく、枯れた畑へ視線を落とした。


「最初は俺たちも、病気か何かだと思ったんだ。だが、水をやっても駄目でな」


「水を?」


「ああ。湖から引いてる水路があるだろう? あれの水量が日に日に減ってるんだ」


「……やっぱり」


 メルティは立ち上がった。


「いつ頃からですか?」


「魚が獲れなくなり始めたのと、ほとんど同じ頃だよ」


「……」


 魚と畑。


 二つの異変が、同じ時期に始まった。


 しかも、どちらにも湖の水が関わっている。


「水が悪い、というより……」


 メルティは湖の方角へ目を向けた。


「ちゃんと届いてない……?」


 まだ確信はない。


 けれど、少なくとも湖にいる魔物を倒して終わるような話ではなさそうだった。


「ありがとうございます。もう少し調べてみます」


「無茶はするなよ、お嬢さん」


「はい!」


 元気よく答えたものの、歩き出したメルティの表情は少し難しいものになっていた。


「……こういうの、苦手なんですけどね」


 強い敵なら、どうすればいいか分かる。


 けれど、姿の見えない異変はそうはいかない。


「でも、ムニエルのためです」


 少し考えてから、付け足す。


「……もちろん、この畑もですけど」


                              *


 その日の午後、メルティは街の人たちから話を聞いて回った。


 漁師。


 農夫。


 水路を管理する者。


 長く湖のほとりで暮らしてきた老人。


 けれど、聞けば聞くほど分かったのは「最近になって湖がおかしくなった」ということだけだった。


「うーん……」


 夕方になる頃には、メルティもさすがに少し疲れていた。


「何か、昔から変わったこととか……ありませんか?」


 何軒目かに訪ねた小さな家で、そう尋ねる。


 向かいに座っていた白髪の古老は、しばらく考え込んだあと、ゆっくりと顔を上げた。


「昔の話でよければ、一つあるがの」


「本当ですか?」


「ああ。この湖の水について、古い言い伝えがある」


 メルティの姿勢が少し前のめりになる。


 古老は窓の外へ目を向けた。


 夕暮れに染まった湖面が、遠くで橙色に輝いている。


「この湖の奥、山の中腹に、古い遺跡があるそうだ」


「遺跡……?」


「『古代水脈遺跡』と呼ばれておった」


 古老は記憶を辿るように、ゆっくりと言葉を続けた。


「大昔、この地に住んでいた者たちが造ったものだそうだ。山から流れてくる水と、この土地を巡る魔力を整えて、湖や畑へ行き渡らせていた――と、わしは祖父から聞いた」


「水と……魔力を?」


「ああ」


 古老は頷いた。


「本当かどうかは分からん。わしが子供の頃には、もう誰も近づかない古い場所だったからの」


「今も残ってるんですか?」


「おそらくな。山道の奥に入口があるはずだ」


 メルティは黙って考える。


 魚が消えた。


 畑が枯れた。


 水路の流れが弱くなった。


 もし、それらすべてに水の巡りが関係しているとしたら――。


「……そこ、怪しいですね」


「行くつもりか?」


「はい」


 即答だった。


「でも、相当古い場所だぞ。中がどうなっておるかも分からん」


「大丈夫です」


 メルティは笑った。


「分からないなら、見に行けばいいですから」


「……随分と簡単に言うのぉ」


「考えてても、お腹は空きますし」


「そこなのか?」


 古老が思わず笑う。


 メルティも小さく笑ったあと、窓の向こうに見える山へ目を向けた。


                              *


 家を出る頃には、夕陽が山の向こうへ沈み始めていた。


 メルティは立ち止まり、遠くの稜線を見上げる。


「古代水脈遺跡……」


 そこに何があるのかは、まだ分からない。


 本当に今回の異変と関係しているのかも、確かめてみなければ分からない。


 けれど――今のところ、他に手がかりはない。


「行ってみましょう」


 メルティは腰に下げた星銀のナイフを確かめる。


「湖のお魚も、畑も」


 少し間を置き。


「ムニエルも、ちゃんと戻さないとです」


 魚を捕まえるためではない。


 敵を倒すためでもない。


 この街の水が、どこで止まっているのかを確かめるために。


 メルティは夕暮れに染まる山を見据え、古代水脈遺跡へ向かうことを決めた。


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