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ダンジョン攻略に飽きたので、酒場巡り始めました。〜元SSSランク冒険者(24歳・童顔)、美味しいお酒とご飯を求めて無双中〜  作者: カタギリ


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第43話

 ドワーフ街の正門前には、朝の澄んだ空気の中、ガラハドと弟子たちが見送りに集まっていた。


「――刃の手入れを怠るなよ! 使ったあとは汚れを落として、たまには油も差してやれ。そうすりゃ、あいつは長くお前さんの相棒でいてくれる」


 ガラハドが、いつもの豪快な声で言う。太い腕を組み、ぶっきらぼうな顔をしているものの、その声にはどこか名残惜しさが滲んでいた。


 メルティは腰に下げた星銀のナイフへ、そっと手を添える。


「はい! 大切に使います!」


「大切にするだけじゃ駄目だぞ。ちゃんと使え!」


「それも言われましたね」


「分かってりゃいい!」


 ガラハドが豪快に笑う。


「またいつでも来い! 次に来る時は、もっと美味い酒を用意しておいてやる!」


「新作のソーセージも食っていけよ、嬢ちゃん!」


「今度はもっと強いエールも飲ませてやる!」


「それ、楽しみです!」


 弟子たちの声に、メルティも笑った。


 ほんの数日前まで知らなかった街だった。それなのに今では、去ることが少しだけ惜しい。


「皆さん、本当にありがとうございました!」


 深々と頭を下げる。


「また来ます!」


「おう! 待ってるぞ!」


 街道へ歩き出し、しばらくして振り返ると、ガラハドたちはまだ大きく手を振っていた。


 メルティも負けじと手を振り返す。


「……また、ですね」


 小さく呟くと、自然と口元が緩んだ。


 腰には、新しい相棒。


 そして胸の中には、また一つ、帰ってきたい場所が増えていた。


                              *


 鉱山地帯を抜けるにつれ、周囲の景色は少しずつ変わっていった。


 剥き出しの岩肌が減り、代わりに柔らかな土と緑が広がっていく。街道の両脇には名も知らない野花が揺れ、木々の合間から差し込む陽光が、道の上へまだらな模様を落としていた。


「気持ちいいですね……」


 鉄と炎の匂いに満ちたドワーフ街とは、まるで別の世界だった。


 小鳥の声と葉擦れの音を聞きながら歩き続け、昼が近づいた頃、メルティは街道沿いに大きな木を見つけた。


「んー……ここでお昼にしましょう」


 木陰へ荷物を下ろし、途中の村で買った赤いリンゴと野苺を取り出す。そして荷物の奥から、まだ少し残っていた王室御用達の生ハムも取り出した。


「せっかくだから……」


 腰から星銀のナイフを抜く。


 リンゴへ刃を当て、軽く引いた。


 ――シャクッ。


「……!」


 気持ちのいい音とともに、薄い一枚が綺麗に切り離された。


「やっぱり、よく切れます」


 続けてもう一枚。今度は少し厚めに。まだ慣れていないはずなのに、刃が素直に進んでくれるおかげで、思った通りの厚さに切ることができる。


 生ハムも薄く切り、リンゴの上へ重ねた。


「――いただきます」


 ひとくち。


「んんっ!」


 しゃきっとしたリンゴの食感と爽やかな甘酸っぱさ。そこへ生ハムの塩気と熟成された肉の旨味が重なる。


「これ、合います……!」


 果汁の瑞々しさが生ハムの塩気を和らげ、今度はその塩気がリンゴの甘さを引き立てている。


 メルティはもう一枚作り、嬉しそうに頬張った。


「ナイフがあると、こういう食べ方もできるんですね」


 今までは、その場にあるものをそのまま食べることも多かった。けれど、切り方を変えるだけで組み合わせられるものが増える。


「……楽しいです」


 野苺も口へ放り込む。甘酸っぱい果汁が広がり、歩き続けた体へ心地よく染みていった。


 王宮の豪華な晩餐も好き。


 賑やかな酒場の料理も好き。


 けれど、木漏れ日の下で、自分のナイフを使って作った簡単な昼食も悪くない。


「んふぅ……美味しい」


 メルティは木の幹へ背を預け、しばらく穏やかな昼の時間を楽しんだ。


                              *


 日が傾き始めた頃、メルティは街道沿いに建つ大きな峠の茶屋へ辿り着いた。


 軒先に吊るされたランタンには、すでに灯りがともっている。中へ入ると、旅人や商人たちの話し声が賑やかに響いていた。


「一番の名物と、温かいものをお願いします」


「あいよ!」


 運ばれてきたのは、この辺りで採れた果実を使った甘口の酒と、根菜をたっぷり煮込んだ温かなスープだった。


 メルティはまず、湯気の立つスープをひとくち。


「んん……」


 柔らかく煮込まれた根菜の甘みと、優しい出汁の味が広がる。


「生き返ります……」


 昼間は暖かかったものの、陽が落ちれば街道の空気は一気に冷えてくる。温かな料理が、歩き疲れた体に心地よかった。


 果実酒を少し飲み、ほっと息を吐いた、その時だった。


「――そういや、この先の湖畔の街、大変らしいな」


 隣のテーブルから聞こえてきた声に、メルティの耳がぴくりと動いた。


「ああ。湖で獲れる魚が、急に減ったんだろ?」


「そうそう。あそこの名物料理屋なんか、看板料理まで出せなくなってるらしいぜ」


「ずっと湖の魚で商売してきた街だ。長引いたら、漁師も料理屋も困るだろうな」


 メルティのスプーンが止まった。


「……名物料理が、出せない?」


 思わず隣の席へ顔を向ける。


 商人たちは特にこちらを気にする様子もなく、話を続けていた。


「原因もよく分からねぇらしい。魚が獲れなくなっただけじゃなく、水の流れまで妙だって話だ」


「嫌な話だな。俺たちも今回は別の道を使うか」


「……」


 メルティは静かにスプーンを置いた。


 まだ行ったことのない街。


 まだ食べたことのない名物料理。


 けれど、その料理を作ってきた人たちも、それを楽しみにしてきた人たちもいるはずだ。


 それが、このままなくなってしまう。


「……それは、困りますね」


 以前なら、食べられなくなる前に急いで行かなければ、と思ったかもしれない。


 もちろん今も、それは思っている。


 けれど――それだけではなかった。


「せっかくの美味しいものが、なくなっちゃうのは嫌です」


 メルティは残っていた煮込みを食べ終え、果実酒を最後のひとくちまで飲み干した。


「ごちそうさまでした!」


 荷物を背負い、腰のナイフを確かめる。


 外へ出れば、夕陽に染まった街道が湖畔の方角へと伸びていた。


「――よし」


 メルティは、その先を見据える。


「次は、湖ですね!」


 湖の魚に何が起きているのか。


 名物料理は、まだ食べられるのか。


 そして何より――美味しいものを楽しみに暮らしている人たちの食卓が、このまま失われてしまうのか。


 確かめなければならないことが、また一つ増えた。


 メルティは夕暮れの街道を、まだ見ぬ湖畔の街へ向かって歩き出した。


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