第41話
ドワーフ街の宿の一室。
メルティは寝台の上に腰かけ、ガラハドから受け取ったばかりの星銀のナイフを、飽きることなく眺めていた。
「――やっぱり、綺麗」
窓から差し込む朝日を受け、銀白色の刀身が淡く輝いている。角度を変えるたびに、波紋のような繊細な模様が表面を走り、それを眺めているだけでも自然と頬が緩んだ。
そんな穏やかな時間を破るように、宿の扉が慌ただしく叩かれた。
「メルティ様! 王都からの特急魔導便でございます!」
「……王都?」
扉を開けると、そこには息を切らせた配達員と、大きな台車があった。その上には、王家の紋章と封印術式が刻まれた、巨大な魔導保冷箱が鎮座している。
「アルベルト王子殿下より、直接お届けするよう申しつかっております!」
「アルベルト様から?」
受け取りを済ませ、配達員を見送る。
メルティは箱の上に添えられていた封書を手に取った。見覚えのある達筆な文字で、自分の名前が記されている。
『メルティへ。
美味しいものは食べているか? きちんと休めているだろうか。
そなたのことだから、また美味なるものを求めて、あちらこちらを走り回っているのではないかと心配している。
旅の疲れを少しでも癒やせるよう、王宮からいくつか品を送らせてもらった。気に入ってもらえれば、私としても嬉しい。
くれぐれも無茶はするな。体を大切にな。
――アルベルト』
「……相変わらずですね」
思わず苦笑が漏れる。
けれど、何度か読み返しているうちに、その笑みは少しだけ柔らかいものへ変わっていた。
「……ありがとうございます、アルベルト様」
手紙を丁寧に畳み、箱の封印を解く。
「よし。開けてみましょう」
蓋を持ち上げた瞬間、ひんやりとした冷気が溢れ出した。
「――わぁ……!」
中には、王宮から運ばれてきた食材が隙間なく収められていた。
ひときわ目を引くのは、艶やかな飴色に熟成された生ハムの原木。その隣には、大きなハードチーズの塊が丁寧に包まれている。他にも保存の利く燻製肉や瓶詰めなど、旅先でも楽しめる品ばかりだった。
「すごい……!」
メルティはしばらく箱の中を覗き込んでいたが、ふと腰元へ目を落とした。
「……あ」
そこには昨日完成したばかりの、新しいナイフ。
メルティの瞳が輝いた。
「せっかくだから、これで切ってみましょう!」
*
生ハムの原木をテーブルへ置き、メルティは星銀のナイフを抜いた。
「薄く……薄く……」
生ハムの表面へ、そっと刃を当てる。
すっ。
「……!」
ほとんど力を入れていない。それなのに、刃先は肉へ引っかかることなく、滑らかに進んでいった。
メルティは慎重に刃の角度を保ちながら、そのまま最後まで引く。
「できた……!」
切り出されたのは、今まで自分で切っていたものとは比べものにならないほど薄い一枚だった。均一とまではいかないものの、端をつまんで光へかざせば、向こう側がうっすらと透けて見える。
「こんなに薄く切れるんですね……!」
もう一枚。
すっ。
「……楽しい」
調子に乗って何枚も切りそうになり、メルティは慌てて手を止めた。
「先に食べましょう」
薄く切った生ハムを一枚、舌の上へ乗せる。
「――んんっ……!」
体温を受けた脂がゆっくりとほどけ、熟成された肉の旨味と塩気が口いっぱいに広がった。厚く切った時とは違い、舌へまとわりつくような柔らかな食感のまま、すっと消えていく。
「とろけます……!」
思わずもう一枚。
今度は熟成チーズを薄く切り、生ハムと一緒に口へ運ぶ。
「んんっ……!」
チーズの濃厚なコクとわずかな刺激が、生ハムの塩気によく合う。
「これ、危険ですね……ずっと食べられます」
メルティは次の一枚へ手を伸ばしかけ――ふと止まった。
「……でも」
改めて箱を見る。
生ハムの原木が一本。
大きなチーズ。
そのほかにも、まだいくつもの食材が残っている。
「さすがに、私一人じゃ食べきれませんね」
以前なら、日持ちするものなら持って旅を続ければいい、と考えたかもしれない。
けれど今、真っ先に頭へ浮かんだのは別のことだった。
昨日まで何日もかけて、自分のためにナイフを打ってくれたガラハド。
炉の前で汗を流していた弟子たち。
酒場で一緒にジョッキを掲げたドワーフたち。
「……そうだ」
メルティの顔が、ぱっと明るくなる。
「ガラハドさんたちにも食べてもらいましょう!」
生ハムとチーズを分け、持ち運べるよう丁寧に包む。
「絶対、ビールにも合います!」
そう考えた瞬間、ますます楽しくなってきた。
*
工房へ向かう朝の街は、すでに賑やかだった。
あちらこちらから鎚を打つ音が聞こえ、開店したばかりの酒場や食料品店からは、焼いたパンや燻製肉の香りが漂ってくる。
メルティは両腕いっぱいに食材を抱えながら、その中を軽やかな足取りで進んでいた。
「ガラハドさん、喜んでくれるかな……」
ふと、腰に下げた星銀のナイフへ目を向ける。
昨日は、ガラハドが作ってくれたナイフで、自分が美味しいものを食べた。
今日は、そのナイフで切ったものを、ガラハドたちと一緒に食べる。
「……ふふ」
なんだか、それが少し嬉しかった。
メルティは生ハムとチーズを抱え直すと、朝日に照らされた工房へ向かって、さらに足を速めるのだった。




