第40話
翌朝。
メルティは、はやる気持ちを抑えきれないまま、ガラハドの工房へと駆け込んだ。
「おはようございます! できましたか!?」
「――おう。待ってたぜ」
ガラハドが振り返る。目の下には濃い隈ができていたが、その顔には疲労以上の達成感が浮かんでいた。
両手で大事そうに持っているのは、厚い布に包まれた一振りの刃物。
「これが、俺の生涯最高傑作だ」
ゆっくりと布が解かれる。
「――わぁ……」
現れたのは、透き通るような銀白色の刃だった。
刀身には星銀特有の淡い輝きが宿り、角度を変えるたび、水面に浮かぶ波紋のような繊細な模様が揺らめく。華美な装飾はない。ただ、使うために研ぎ澄まされた美しさがそこにあった。
メルティは恐る恐る柄を握る。
「……軽い」
驚くほど軽い。それなのに頼りなさはなく、手のひらへぴたりと収まり、まるで最初から自分のために作られていたかのように馴染んだ。
「お前さんの手に合わせて柄から作った。旅先で料理にも使えて、いざって時にはナイフとしても使える」
ガラハドは刃先へ目を向け、満足げに鼻を鳴らした。
「星銀は硬ぇだけじゃねぇ。ここまで薄く研いでも刃が負けねぇんだ。余計な力をかけずに切れるから、肉の繊維も潰しにくい」
「つまり……?」
「肉汁も旨味も、今までより逃がさず切れるってことだ」
「――!」
メルティの瞳が一気に輝いた。
「早く試したいです!」
「わっはっは! そう言うと思って、ちゃんと用意してある!」
*
工房の裏へ回ると、そこには炭火台と、大きな骨付きの熟成ロース肉が用意されていた。
「この街でも上物の肉だ。せっかくの初仕事だからな」
ガラハドは慣れた手つきで肉を炭火へ乗せる。じゅうっ、と豪快な音が響き、脂が炭へ落ちるたびに炎が小さく上がった。
「熟成させてある分、肉の味は濃い。表面は強火で焼いて、中は火を入れすぎねぇようにする」
肉を返すガラハドの眼差しは、昨夜、星銀を鍛えていた時とよく似ていた。火の強さを見極め、焼き色を確かめ、最もいい瞬間を逃さない。
やがて炭火から下ろされた肉には、香ばしい焼き目がついていた。
「よし。切ってみろ」
「はい!」
メルティは完成したばかりのナイフを手に取った。
焼き上がった肉へ、そっと刃先を当てる。
「――」
軽く引いた。
それだけだった。
すっ。
「……え?」
ほとんど抵抗を感じないまま、刃が肉の中へ吸い込まれていく。
もう一度。
すっ。
力を込める必要がない。
これまでなら、肉を押さえ、刃を何度か往復させることもあった。それが今は、ナイフを滑らせるだけで綺麗な一切れが切り離されていく。
「すごい……!」
メルティは思わず断面を覗き込んだ。
肉は押し潰されていない。淡い赤色の断面には艶が残り、余計な肉汁もほとんど流れ出していなかった。
「見てみろ」
ガラハドが隣から身を乗り出す。
「刃で押し潰してねぇから、断面が綺麗だろ?」
「本当です……!」
「これが、切れる刃物ってやつだ」
ガラハドの声には、昨夜とは違う静かな誇りが滲んでいた。
メルティは切り分けた肉をフォークで刺し、口へ運ぶ。
「――いただきます」
ひとくち。
「――んんんんんっ!!!」
噛んだ瞬間、柔らかな肉の中から熱い肉汁が広がった。
香ばしく焼けた表面。その奥には熟成肉ならではの深い旨味が凝縮されている。噛むたびに肉の味が濃くなり、自然と次のひとくちを求めてしまう。
「美味しい……!!」
メルティはもう一切れ切る。
すっ。
「……!」
そして、もう一切れ。
すっ。
「楽しいです、これ!」
「そっちかよ!」
ガラハドが吹き出した。
「でも、本当に全然違います! 力を入れなくても綺麗に切れるし、お肉も潰れないし……!」
「だろう?」
「ガラハドさん!」
メルティはナイフを両手で大切そうに持つと、満面の笑みを浮かべた。
「ありがとうございます。これ、一生の宝物にします!」
「――」
ガラハドが一瞬だけ目を丸くする。
それから、照れ隠しのように鼻を鳴らした。
「……ふん。道具は飾るもんじゃねぇぞ」
「はい?」
「使え。肉でも魚でも野菜でも、嫌ってほど切れ。研ぎが必要になったら、また持ってこい」
「……はい!」
メルティは力強く頷いた。
ガラハドはその返事を聞くと、満足そうに口元を緩めた。
*
「よし! となりゃ、あとは祝いだ!」
ガラハドが声を上げると、待ってましたとばかりに弟子たちが工房の奥から木製ジョッキを持ってきた。
「朝からですか?」
「ここは鉄樽都市だぞ?」
「なるほど!」
「納得すんな!」
弟子の一人が笑い、工房中に笑い声が広がった。
樽から注がれたのは、冷えた琥珀色のエール。メルティは肉をもうひとくち頬張ってから、嬉しそうにジョッキを持ち上げる。
「いただきます!」
ぐいっと飲む。
「んくっ、んくっ……!」
熟成肉の濃い旨味の後へ、麦の香ばしさと心地よい苦味が重なる。
「――ぷはぁ! 美味しいです!」
「わっはっは! そいつで肉切って、酒飲んでりゃ、作った甲斐があるってもんだ!」
ガラハドも自分のジョッキを高々と掲げた。
「よし、野郎ども!」
弟子たちが一斉に振り返る。
「星銀の一振りの完成と――新しい持ち主に!」
「乾杯!!」
「乾杯です!」
何個もの木製ジョッキが、賑やかな音を立てて触れ合った。
*
酒と肉を楽しんだあと、メルティは完成したナイフを専用の鞘へ納めた。
腰へ提げてみる。
これまで使っていた古いナイフより軽く、歩いてもほとんど邪魔にならない。
「……いい感じです」
「失くすんじゃねぇぞ」
「絶対に失くしません!」
「あと岩を切るな」
「……」
「なんで黙る」
「気をつけます」
「絶対やる気だったろ!」
工房に、また笑い声が広がった。
メルティは笑いながら、腰に下げた銀白色のナイフへそっと手を添える。
魔物を倒すためでもない。
誰かに命じられた戦いのためでもない。
ただ、自分が旅先で出会う美味しいものを、もっと美味しく味わうための一振り。
「ガラハドさん。本当にありがとうございました」
「ああ。またこの街に来い。その時は、うまい酒でも飲もうや」
「はい!」
メルティは元気よく答えた。
こうして、旧鉱山で見つけた星銀鉱は、一振りの銀白色のナイフへと姿を変えた。
これから先の旅で、何度となくメルティの食卓を支えることになる、新しい相棒へと。




