第39話
銀白色に輝く採掘エリアへ足を踏み入れた瞬間から続いていた地面の震えは、次第に大きくなっていた。メルティは足を止め、ランタンを掲げる。
「……何か、いますね」
坑道の壁面に走る鉱脈は、光を受けるたび、まるで無数の星屑を埋め込んだかのように幻想的な輝きを放っている。その奥、ひときわ強い光を放つ星銀鉱の塊へ視線を向けた、その時だった。
――ゴゴゴゴゴ……。
地の底から、低い唸り声が響く。
「――!」
目の前の岩壁が大きくひび割れ、岩を押し退けるように巨大な石人形が姿を現した。全身を覆う灰色の岩肌には星銀の粒が混じり込み、動くたびにガラガラと鉱石の擦れる音を立てている。長い年月、この最深部を守り続けてきた存在。その巨躯だけで、この場所の主であることは十分に伝わってきた。
「……せっかく見つけたのに。邪魔しないでください」
メルティはわずかに頬を膨らませ、反射的に腰のナイフへ手を伸ばし――途中で止めた。
「……あ」
昨夜のガラハドの顔が脳裏に浮かぶ。ただでさえ鈍らだと酷評されたナイフで、こんな岩の塊を相手にすれば、今度こそ刃が駄目になりかねない。
「これは使わない方がよさそうですね」
メルティはナイフから手を離し、代わりに拳を構えた。
石人形が地響きを立てながら巨大な腕を振り上げる。振り下ろされた拳を、メルティは軽く身を翻して躱した。
――ズガンッ!
地面が大きく割れ、石片が辺りへ飛び散る。
「……!」
メルティの視線が、周囲の岩壁へ走った。衝撃で、星銀鉱の混じった岩肌から細かな欠片がぱらぱらと落ちている。
「それは、困ります」
ここで力任せに吹き飛ばせば、石人形を倒すこと自体は簡単だ。けれど、巻き添えで鉱脈まで崩れてしまえば、何のためにここまで来たのか分からない。
「せっかくのナイフが作れなくなっちゃいますから」
次の攻撃を躱しながら、メルティは石人形の体を観察する。肩、肘、膝。巨大な岩の塊を動かすため、関節部分だけがわずかに細くなっていた。
「――そこですね」
石人形が再び腕を振り下ろす。
メルティはその懐へ潜り込み、肘の継ぎ目へ鋭い手刀を叩き込んだ。
――パキンッ!
岩の腕に亀裂が走る。続けて膝裏、肩口。周囲へ衝撃を広げないよう、壊す場所だけを正確に狙っていく。
「ゴオォォォ……!」
巨体がぐらりと傾いた。その胸の中央、岩の隙間から淡い光を放つ核が見える。
「――ここです」
拳を軽く引き、一点だけを打ち抜く。
――ゴッ。
鈍い音が響いた。
石人形の動きが止まり、次の瞬間、巨大な体はその場へ膝をついた。周囲の鉱脈を巻き込むことなく、そのまま静かに崩れ落ちる。
「……よし」
メルティは周囲を見回した。星銀鉱は無事。坑道も無事。
「今度こそ、取れますね」
満足そうに頷いた。
*
最奥の鉱脈まで辿り着くと、メルティは出発前にガラハドから持たされていた小槌と鑿を取り出した。
「これで……周りから、でしたっけ」
教えられた通り、星銀鉱そのものへ直接力を加えず、周囲の岩を少しずつ削っていく。普段なら岩壁ごと砕いてしまえば早い。けれど今回は、それでは駄目だ。
「……慎重に、慎重に」
コン、コン、と小さな音が静かな坑道に響く。星銀鉱を傷つけないよう、力を細かく調整しながら周囲の岩だけを落としていく。
やがて――。
「取れた……!」
銀白色に輝く大きな塊が、岩壁から外れた。ランタンの光を受け、無数の細かな輝きが表面を走っている。
「綺麗……」
メルティはしばらく見入ったあと、大事そうに両手で抱えた。
「早く、ガラハドさんに見せなきゃ」
これが、新しいナイフになる。そしてそのナイフで、もっと美味しく肉を切る。そう考えただけで、帰りの足取りは自然と軽くなった。
*
街へ戻ったメルティは、その足でガラハドの工房へ向かった。
「ガラハドさん!」
「ん?」
炉の様子を見ていたガラハドが振り返る。メルティは抱えていた大きな塊を、工房の作業台へどんと置いた。
「取ってきました!」
「――は?」
ガラハドの動きが止まった。近くで作業していた弟子たちも、一斉に手を止める。
「お、おい……まさか」
ガラハドは震える手で鉱石を持ち上げ、光へかざした。
「こんな純度の星銀鉱を……本当に、一人で?」
「はい!」
「半日も経ってねぇぞ!?」
「意外と近かったです」
「そういう問題じゃねぇ!」
弟子の一人も、信じられないものを見るように鉱石を覗き込んだ。
「師匠……これ、ほとんど欠けてませんよ」
「分かっとる!」
ガラハドは鉱石の表面を確かめる。余計なひびも、採掘の際についた大きな傷もない。それどころか、これほどの大きさでありながら、星銀の輝きが隅々まで均一に走っている。
「……こいつは」
ガラハドの顔から驚きが消えていく。代わりに浮かんだのは、鍛冶職人としての抑えきれない興奮だった。
「生涯に一度、お目にかかれるかどうかって代物だぞ……」
「いいナイフ、作れますか?」
メルティが期待に満ちた顔で尋ねる。
ガラハドは、にやりと笑った。
「いいナイフ?」
星銀鉱を力強く作業台へ置く。
「そんなもんで済ませる気はねぇ」
大きく息を吸い込み、工房中へ響く声を上げた。
「俺の生涯最高傑作にしてやる! お前ら、炉に火を入れろ!」
「はいっ!」
弟子たちが一斉に動き始めた。
*
夕暮れ時。工房の奥では、大きな炉がごうごうと赤く燃え盛っていた。
弟子たちがふいごを踏み、絶え間なく炎へ風を送り込んでいく。熱せられた星銀鉱が赤みを帯びるのを見届けると、ガラハドはその色を鋭い目で見極め、鎚を振り下ろした。
――カン!
火花が弾ける。
――カン! カン!
規則正しい鎚音が、工房いっぱいに響き渡った。熱しては叩き、形を整え、また炉へ戻す。一打ごとに、無骨だった鉱石が少しずつ細長い刃の姿へ変わっていく。
メルティは工房の隅に座り、その様子をじっと見つめていた。
「……すごい」
魔物を倒す時とはまるで違う。ただ力を込めればいいわけではない。ガラハドは金属の色、音、形を確かめながら、一度として同じ強さでは鎚を振っていなかった。
何度も、何度も。
夜が深くなるまで、鎚音は途切れなかった。
やがてガラハドがようやく鎚を置き、大きく息を吐く。
「――今日はここまでだ」
「完成ですか!?」
メルティが勢いよく立ち上がる。
「まだだ。あとは冷まして、研いで、最後の仕上げをする」
ガラハドは汗を拭いながら、にやりと笑った。
「明日の朝には、お前さんに渡せる」
「……!」
メルティの顔がぱっと輝く。
「ありがとうございます!」
「ああ。楽しみにしてろ」
*
工房を出る頃には、すっかり夜になっていた。
「……お腹空きました」
宿へ戻る途中、屋台の明かりと香ばしい匂いに誘われ、メルティはぴたりと足を止めた。
「熱々チーズとジャガイモの鉄板焼き、ください!」
「あいよ!」
鉄板の上で焼かれたほくほくのジャガイモへ、たっぷりのチーズがとろりと絡む。表面にはこんがりと焼き目がつき、湯気とともに濃厚な香りが立ち昇っていた。その隣には、この街で造られた琥珀色の麦芽エール。
「いただきます!」
熱々のジャガイモをひとくち。
「んんっ……!」
ほくほくとした甘みに、濃厚なチーズの塩気。そこへ麦芽の香ばしさが強いエールを流し込む。
「んくっ……んくっ……」
「――ぷはぁ!」
メルティは満足そうに頬を緩めた。
「んふぅ……美味しい……!」
黒ビールより少し軽く、それでも麦の味はしっかりしている。濃厚なチーズともよく合った。
メルティはもうひとくち食べながら、ふと自分の腰元を見る。
明日の朝には、ここに新しいナイフが下がる。
「どんな感じなんでしょう……」
肉。魚。野菜。
今まで食べてきたものも、あのナイフなら違って感じるのだろうか。
「……楽しみです」
その夜、新しい一振りで最初に何を切ろうか考えながら、メルティはいつもより少しだけ浮き足立った気分で眠りについた。




