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ダンジョン攻略に飽きたので、酒場巡り始めました。〜元SSSランク冒険者(24歳・童顔)、美味しいお酒とご飯を求めて無双中〜  作者: カタギリ


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第37話

 差し出されたナイフを、老ドワーフ――ガラハドは、無言のまま受け取った。

 太い指先で刃をなぞり、光にかざし、角度を変えながらじっくりと検分していく。その眼光は、先ほどまでの酔客のものとはまるで違う。長年、鉄と向き合ってきた職人の目だった。

 しばしの沈黙の後、ガラハドは大きく顔をしかめた。

「――鈍らだな」

「なまくら?」

「ろくに切れねぇ刃物ってことだよ、嬢ちゃん」

 ガラハドは、忌々しげにナイフを掲げてみせた。

「こんなもんを、よく今まで使ってきたな」

「そうですか? 結構、切れ味には満足してますけど」

「――お前さんが力任せに切ってるだけだ!」

「……?」

 ガラハドは、先ほどメルティが切ろうとして潰してしまったソーセージを指さした。

「いいか。刃が悪けりゃ、肉を“切る”んじゃねぇ。“押し潰す”ことになる」

 太い指で、ナイフの刃先を軽く叩く。

「せっかくの肉の繊維が潰れて、旨味も肉汁も逃げちまう。柔らけぇ肉なら、なおさらだ」

「――!!!」

 その一言で、メルティの表情が一変した。

「それは、大問題です」

「だろう!?」

 ガラハドは、我が意を得たりとばかりに身を乗り出した。

「上等な肉ほど、切り方ひとつで味が変わる。こんな鈍らで最高の食材を台無しにされちゃ、鍛冶職人として見過ごせねぇ」

 メルティは改めて、自分のナイフを見つめた。

 これまで特に不満を感じたことはなかった。切れなければ、少し力を込めればいい。そんな程度にしか考えていなかったのだ。

「刃物で……そんなに変わるんですね」

「変わるとも」

 ガラハドは当然のように答えると、勢いよく立ち上がった。

「――決めたぞ。俺が、お前さんに最高のナイフを打ってやる」

「――!!!!」

 メルティの瞳が、まばゆいばかりに輝いた。

「本当ですか!?」

「ああ。肉だろうが魚だろうが、繊維を潰さず、すっと刃が入る。旅先でも使える、お前さん専用の一振りだ」

「欲しいです!!」

「即答かよ」

「だって、お肉がもっと美味しくなるんですよね!?」

「わっはっは! そういうことだ!」

 ガラハドは豪快に笑った。

                              *

 だが、しばらくすると、ガラハドはふっと笑みを消し、腕を組んだ。

「――ただし、一つ問題がある」

「なんですか?」

「俺が打つからには、中途半端なもんは作りたくねぇ。最高の一振りにするなら、必要な鉱石がある」

 ガラハドは声を落とした。

「『星銀鉱』だ」

「ほしぎんこう……」

「ああ。軽く、硬く、それでいて刃先をとことん薄く仕上げられる。切れ味と強さを両立させるなら、あれ以上の素材はねぇ」

 だが、とガラハドは続ける。

「今じゃ滅多に採れん。確実に残ってるとすりゃ、街の外れにある『旧鉱山ダンジョン』の最深部くらいだ」

「ダンジョン」

「昔はこの街の鉱山だったんだがな。魔物が住み着いてからは、ほとんど誰も奥まで入らなくなった。腕の立つ冒険者でも、簡単に行ける場所じゃねぇ」

 ガラハドは深いため息をついた。

 しかしメルティは、そんな危険性には大して興味を示さなかった。

「あの」

「あ?」

「その星銀鉱でナイフを作ったら、お肉がもっと綺麗に切れるんですよね?」

「そりゃあもう」

 ガラハドは胸を張る。

「よく研いだ星銀の刃なら、柔らけぇ肉に当てただけですっと入る。余計な力もいらねぇ。肉汁も逃がさん」

 次の瞬間。

 メルティが勢いよく立ち上がった。

「――今すぐ取りに行ってきます!」

「――は!?」

 ガラハドが目を剥く。

「お、おい待て! 今からか!?」

「はい! 早く新しいナイフが欲しいので!」

 そのまま扉へ向かおうとするメルティの襟首を、ガラハドが慌てて掴んだ。

「待て待て待て! もう夜だ! 明日にしろ、明日に!」

「でも……」

「鉱石は逃げねぇ!」

「お肉は?」

「それも逃げねぇよ!」

「なら……」

 メルティは名残惜しそうに扉を見る。

 ガラハドはそんな彼女に呆れたように息を吐くと、新しい木樽ジョッキをどんとカウンターへ置いた。

「まずは今夜の酒を楽しめ。せっかくいい飲みっぷりを見せてもらったんだ。このまま帰すのは俺の主義に反する」

「……!」

「明日の朝、鉱山への道を教えてやる。それまでは俺のおごりだ!」

「ありがとうございます!」

 あっさりと機嫌を直したメルティは、差し出されたジョッキを嬉しそうに受け取った。

「それじゃあ、お言葉に甘えて!」

「おうよ! 飲め飲め!」

 二人は木樽ジョッキをこつんと合わせ、そのまま豪快に呷った。

 周囲のドワーフたちも、いつの間にかその輪へ加わっていく。

「嬢ちゃんとガラハドの旦那が意気投合するとはな!」

「あの偏屈じじいが、こんな楽しそうに飲んでるのは久しぶりだぜ!」

「うるせぇ! 誰が偏屈じじいだ!」

「わっはっはっは!」

 豪快な笑い声が、店中に響き渡る。

 メルティもつられるように笑いながら、再びジョッキを傾けた。

 黒ビールのほろ苦さと、燻製料理の香り。

 その夜、鍛冶と酒の街で出会った老職人とメルティは、すっかり意気投合し、夜が更けるまで酒を酌み交わしたのだった。

                              *

 翌朝。

 すっきりとした顔で目を覚ましたメルティは、旅支度を整え、街の外れへと向かった。

「――ここが、旧鉱山ダンジョンの入り口だ」

 約束通り、ガラハドが朝から見送りに来ていた。

 二人の目の前には、岩肌にぽっかりと開いた古い坑道。朽ちかけた支柱には苔が生え、その奥には朝の光さえ届かない暗闇が続いている。

「星銀鉱が残ってるとすりゃ、かなり奥だ。昔の採掘跡を辿っていけば、最深部まで行けるはずだが……」

 ガラハドはメルティを見て、念を押す。

「危険な場所だ。無茶はするなよ」

「はい!」

 メルティは元気よく頷いた。

「星銀鉱、絶対に見つけてきます!」

「ああ。持って帰ってきたら――俺が最高の一振りにしてやる」

「……!」

 メルティの瞳が輝く。

「それで、美味しいお肉をいっぱい切りましょうね!」

「わっはっは! お前さん、本当にそこしか考えてねぇな!」

「大事なことです!」

「違いねぇ!」

 ガラハドの豪快な笑い声に見送られながら、メルティは薄暗い坑道へと足を踏み入れた。

 目指すは、伝説の星銀鉱。

 そしてその先に待つ――もっと美味しく肉を食べられる、新しいナイフ。

「楽しみです……!」

 弾むような足取りで、メルティは旧鉱山ダンジョンの奥へと進んでいった。


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