第31話
王都の城に到着したメルティを待っていたのは、これまで見たこともないほど煌びやかな大広間だった。
ずらりと居並ぶ着飾った貴族たち。赤い絨毯の先には、堂々たる玉座に腰かけた国王の姿がある。壮麗な柱の合間には金の装飾が施された燭台が並び、荘厳な空気が広間全体を包み込んでいた。
だが、そんな厳かな空気の中でも、メルティの頭を占めているのは、たった一つのことだけだった。
(早く……ご飯……)
「――メルティ殿。此度の邪神討伐、まことに大儀であった」
国王の重々しい声が広間に響く。
「その功績を称え、大陸最高の栄誉、『黄金光輝勲章』を授与する」
厳かな手つきで、国王がメルティの胸元にまばゆい黄金の勲章を留めた。傍らでは、アルベルトがどこか緊張した面持ちでその様子を見守っている。
「――ありがとうございます」
メルティはすばやくぺこりと一礼した。
「わ――」
アルベルトが慌てて何かを言おうとした時には、すでにメルティの視線は晩餐会場の方角へ向いていた。あまりにも分かりやすい様子に、周囲の貴族たちまでぽかんとしている。
「い、いや、まだ陛下からのお言葉が――」
「はい、聞いております。ありがとうございます」
返事だけは立派だった。
アルベルトの額に、じわりと冷や汗が浮かぶ。
(……頼む、あと少しだけもってくれ……!)
*
そして――待ちに待った宮廷晩餐会の時間。
華麗な装飾の施された食堂へ案内されたメルティの前に、次々と料理が運ばれてくる。
「本日のメインでございます。特選ロイヤルバイソン――幻の魔獣肉を使用した極上のローストでございます」
白磁の大皿に鎮座するのは、艶やかな焼き色をまとった分厚いロースト。ナイフを入れると、柔らかな肉の断面から熱い肉汁が滲み出した。傍らには深い琥珀色の濃厚なスープが添えられ、表面に散らされたトリュフから重厚な香りが漂っている。
「わぁ……」
メルティの瞳が、期待にきらきらと輝いた。
まずはスープをひとくち。
「――んんっ!!」
なめらかなスープの濃厚な旨味に、トリュフの香りがふわりと重なる。
「濃い……! でもしつこくない……! 美味しいです……!」
続いて、ローストをひとくち。
「――んんんんっ!!」
柔らかな肉を噛み締めると、上質な脂の甘みと濃い旨味が口いっぱいに広がった。
「柔らかい……! お肉の味がすごく濃いです……!」
周囲の貴族たちは上品に料理を味わいながら、優雅に会話を楽しんでいた。だが、メルティの屈託のない、心底幸せそうな食べっぷりに、いつしか何人もの視線が集まっていた。
「……あれが、邪神を討伐したという方か」
「なんとも、美味しそうに食べる方だ……」
そんな囁きなど気にも留めず、メルティは幸せそうに皿を空にしていった。
*
料理が一通り運ばれた頃、アルベルトが満を持して立ち上がった。
「――さて、メルティ。これを見せる時が来たようだな」
従者が恭しく捧げ持ってきたのは、古めかしい一本のボトルだった。長い年月を物語るように深い色合いを帯び、口元は厚い封蝋で閉ざされている。
「三百年の間、王室の酒蔵で眠り続けてきた――『神聖ヴィンテージ酒』だ」
「……!」
メルティの背筋がぴんと伸びた。
封蝋が丁寧に取り除かれ、栓が抜かれる。
――ぽん。
その瞬間、熟した果実を思わせる甘い香りに、複雑なハーブの芳香が重なり、広間へ静かに広がっていった。
「――っ」
メルティの喉が、ごくりと鳴る。
小さなグラスに、とろりとした琥珀色の酒が注がれていく。メルティは両手で受け取ると、まず香りをじっくりと確かめ、それから大切そうにひとくち含んだ。
「――」
一瞬、動きが止まった。
「――んふぁぁぁあッ!!」
次の瞬間、幸せそうな声が広間に響いた。
「美味しい……!!」
滑らかな口当たりの後から、熟した果実の甘みと、ハーブを思わせる複雑な風味がゆっくりと広がっていく。飲み込んだ後にも深い余韻が残り、メルティはうっとりと目を細めた。
「こんなお酒、初めてです……! 甘いのに、すごく深くて……ずっと味が残ってます……!」
もう一度、ほんの少しだけ口に含む。
「んふふ……三百年……すごいです……」
心の底から幸せそうなその姿に、居並ぶ貴族たちからも、いつしか笑い声と拍手が起こっていた。
「これは見事な飲みっぷりだ!」
「なるほど、殿下があれほど自信満々だった理由が分かったぞ」
「ふふん、そうであろう」
なぜかアルベルトまで得意げに胸を張っている。
晩餐会は、当初の堅苦しい空気が嘘のように、和やかな盛り上がりを見せていた。
*
宴もそろそろお開きになろうかという頃。
すっかり満足したメルティが、名残惜しそうにグラスに残った酒を眺めていると、アルベルトが隣の席へ静かに腰を下ろした。
「――メルティ」
「はい? まだ何か美味しいものがあるんですか?」
「いや……そうではなく」
「そうですか……」
ほんの少しだけ残念そうな顔をされ、アルベルトは複雑そうに眉を動かした。
「実は、もう一つ。そなたに頼みたいことがあってな」
これまでの芝居がかった調子とは違う声に、メルティは持っていたグラスを少しだけ下げた。
「頼み、ですか?」
「ああ」
アルベルトは周囲へちらりと視線を送り、それから声を落とした。
「王家には、代々その存在を秘されてきた場所がある」
「……場所?」
「その最奥には、この王国でもほとんど口にした者がいないという――ある『極上の食材』が眠っている」
「極上の……食材」
その四文字に、メルティの瞳がわずかに輝いた。
アルベルトはそんな反応を見て小さく苦笑したものの、すぐに真剣な表情へ戻る。
「だが、それを手に入れるのは簡単ではない。だからこそ――そなたの力を借りたい」
メルティは、手元のグラスからゆっくりと顔を上げた。
「――話を、聞いてもらえるか」
賑やかだった晩餐会の片隅で、次なる美食へと繋がる扉が、静かに開こうとしていた。




