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ダンジョン攻略に飽きたので、酒場巡り始めました。〜元SSSランク冒険者(24歳・童顔)、美味しいお酒とご飯を求めて無双中〜  作者: カタギリ


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第29話

 メルティは、静かに邪神を見据えていた。

 傷ついた体も、荒い呼吸も、何ひとつ変わっていない。それでも、先ほどまでとは違っていた。頭の中を乱していた記憶はもうない。自分が何のためにここに立っているのかも、はっきりと分かっていた。

「ゴアアアアアアアアッ!!!」

 邪神が、これまで以上の激しさで巨大な闇の渦を放つ。先ほどは切り裂いてもたちまち元の形へと戻った、あの禍々しい力。

 だが今度は、メルティは正面から迎え撃とうとはしなかった。

 迫りくる闇を半歩の動きで躱し、そのまま滑り込むように邪神の懐へ入る。視線の先にあるのは、その巨大な肉体ではない。

「……そこ」

 記憶の中に蘇った、数年前の戦い。

 何度壊しても再生した瘴気の肉体。その奥で、最後まで形を失わなかったもの。

 ――邪神の力を繋ぎ止めている、核。

 今目の前にいる邪神は、不完全な幻影にすぎない。それでも、あの時と同じ場所に、わずかに濃い瘴気が脈打っているのが見えた。

「ゴォオオオッ!!」

 邪神が巨腕を振り下ろす。メルティはその一撃を紙一重で潜り抜けると、さらに一歩踏み込んだ。

「私の穏やかな晩酌と」

 右手を握る。

「この街の美味しいご飯を邪魔するなら――」

 脳裏に浮かんだのは、老婆の笑顔だった。砂漠で囲んだ食卓。リセルと交わした杯。そして、自分が好きになった、賑やかで温かな時間。

「――容赦しません」

 メルティの拳が、邪神の胸の奥――瘴気の核へと突き刺さった。

 ――パアアアアアアアアアアアアアンッッッッ!!!

 眩い光が、封印の間を一気に満たす。

「ゴ、アアアアアアアア――ッ!!」

 邪神の咆哮が響き渡った。

 胸の奥から亀裂が広がり、それまで何度壊しても再生していた瘴気の肉体が、今度は元へ戻らない。黒い影が端から崩れ、光の粒となって次々と霧散していく。

 やがて最後の一片まで消え去ると、封印の間を覆っていた重苦しい瘴気も、嘘のように薄れていった。

「……終わりました」

 メルティはしばらくその場に立っていたが、やがて小さく息を吐いた。

 もう、邪神の気配はどこにもなかった。

                              *

 遺跡を出る頃には、上空を覆っていた黒い雲も少しずつ途切れ始めていた。

 メルティが街へ戻ると、思いがけない光景が待っていた。

「あ、あんた……!」

 人混みの中から真っ先に飛び出してきたのは、あの露店の老婆だった。

「無事だったのかい……!」

 老婆は駆け寄るなり、しわだらけの両手でメルティの手をぎゅっと握りしめた。

「よかった……! 本当に、よかった……!」

「……」

 メルティは、一瞬だけ目を見開いた。

 その後ろから、遺跡で助けた冒険者たちや、街の人々も次々と集まってくる。

「メルティ嬢! 邪神を倒したって、本当なのか!?」

「街を救ってくれてありがとう!」

「それより、その傷……大丈夫なのか?」

「……え」

 その言葉に、メルティの動きが止まった。

 ――大丈夫なのか。

 数年前の戦場では、誰も自分にかけてくれなかった言葉。

 目の前の人々は、邪神を倒したことだけではなく、自分が無事に帰ってきたことを喜んでいる。

 老婆はまだ、メルティの手を離そうとしない。

「あんたまで帰ってこなかったら、どうしようかと思ったよ……」

 その顔を見つめながら、メルティはゆっくりと目を細めた。

「……大丈夫です」

 そして、小さく笑う。

「ちゃんと、帰ってきました」

                              *

 その夜、老婆の食堂では、ささやかな祝勝会が開かれていた。

「さあ、今日はうちのとっておきを、思う存分食べとくれ!」

 老婆の声とともに、揚げたての黄金豚カツが次々と運ばれてくる。傍らにはもちろん、よく冷えた特製のりんご発泡酒。

「――いただきます!」

 メルティは早速、豚カツをひとくち頬張った。

「――んんんんっ!!」

 サクッとした衣の奥から、甘い脂と熱い肉汁が広がる。続けて、冷えたりんご発泡酒をぐっと飲む。

「――んくっ、んくっ……プハァーッ!」

 爽やかな酸味と弾ける泡が、豚カツの脂をすっと流していく。

「んふぅ~……! やっぱり、戦いの後のご飯とお酒は最高です……!」

 満足そうに頬を緩めるメルティの周りでは、老婆や冒険者たち、街の人々が賑やかに笑っていた。

「メルティちゃん、まだあるからね!」

「いやぁ、本当に無事でよかったよ」

「細かい話は明日にしよう! 今夜は乾杯だ!」

 誰かがグラスを掲げると、あちこちから笑い声とともに杯が上がる。

「乾杯!」

 グラスが触れ合う澄んだ音が、店いっぱいに響いた。

 メルティはその光景を、しばらく黙って眺めていた。

 数年前。

 邪神を封印したあの日も、人々は同じように勝利を喜び、抱き合い、笑っていた。

 けれど、あの時の自分は、その輪の外にいた。

 今は違う。

 自分の前にも料理があり、手には酒があり、隣には笑っている人たちがいる。

 そして誰かが、自分が帰ってきたことを喜んでくれている。

「……ふふ」

 メルティは小さく笑うと、もう一度グラスを掲げた。

(――守れて、よかった)

 美味しいご飯も。

 美味しいお酒も。

 ここで笑っている人たちも。

 全部、自分が守りたかったものだった。

 メルティはりんご発泡酒を一口飲み、幸せそうに目を細める。

 窓の外には、いつの間にか雲の晴れた夜空が広がっていた。

 まだ見たことのない街がある。

 まだ飲んだことのない酒がある。

 まだ食べたことのない料理も、きっとたくさんある。

「次は、何を食べましょうか」

 誰に言うでもなく呟いて、メルティはもう一切れ、豚カツへ手を伸ばした。

 彼女の酒場巡りの旅は、まだまだ続く。


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