↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ダンジョン攻略に飽きたので、酒場巡り始めました。〜元SSSランク冒険者(24歳・童顔)、美味しいお酒とご飯を求めて無双中〜  作者: カタギリ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
27/67

第27話

 閃光が収まった先に広がっていたのは、記憶の中の――数年前の世界だった。

 灰色の雲が低く垂れ込め、絶え間なく降り続く雨が、抉れた大地に泥水の川を作っている。焦げた土の匂いと、鉄錆に似た血の匂いが、辺り一面に染み付いていた。そこには、美味しい食事を前にした笑顔も、酒を酌み交わす温かな時間も、どこにも存在しなかった。あるのはただ、血と泥と、絶望に濡れた戦場だけだった。

 その中心に、当時のメルティは立っていた。

                              *

 感情を殺し、ただ淡々と、目の前の敵を排除していく。それが、あの頃のメルティの日常だった。

 「最凶のSSSランク」――その二つ名は、いつしか彼女個人の名前ではなく、国やギルドが振るう、一振りの武器の名のように扱われるようになっていた。

「メルティ様! こちらの戦線が崩壊寸前です! すぐに向かってください!」

「東の砦にも大悪魔が出現したとの報告が! 手が足りません!」

 次から次へと押し寄せる要請に、休む間もなく戦場を渡り歩く日々。どれほど強大な魔王級の存在を打ち倒しても、返ってくる言葉は、いつも決まっていた。

「さすがはSSSランクだ!」

「君なら、当然だろう」

 誰もがその圧倒的な力を称賛し、そして当然のように、次の戦場へと送り出す。

 ――誰一人として、「大丈夫か」と声をかけてはくれなかった。

 傷ついた体を引きずり、束の間の休息に支給された携行食を口へ運ぶ。水分の抜けた硬いパンと、味気のない干し肉。腹を満たすことだけを目的に作られたそれを、機械的に噛んで飲み込む。美味しいかどうかなど、考えたこともなかった。

 食べることは、生き続けるための作業。ただ、それだけだった。

                              *

 そして――今回の遠因となった、あの古代の邪神。今目の前にいる幻影とは比べものにならない、完全な姿をした邪神と対峙した日。

 その戦いは、これまでのどんなものよりも凄惨だった。振るわれる漆黒の腕。崩れ落ちる大地。絶えず耳を打つ怨嗟の唸り。メルティは幾度となく血を流し、地面に叩きつけられ、それでも立ち上がった。ただひたすらに魔力を振るい、拳を叩き込み、目の前の敵を止めることだけを考え続けた。

 そして、長い死闘の果てに――辛うじて、その力を封じ込めることに成功した。

「――勝った、勝ったぞ!」

「メルティ様が、あの邪神を封じ込めた!」

 周囲から、割れんばかりの歓声が沸き起こった。人々は抱き合い、涙を流しながら、生き残った喜びを分かち合っている。

 その輪から、少し離れた場所。ぼろぼろに傷ついたメルティは、ただ一人で立っていた。

「……」

 誰もが彼女の名を叫び、その力を讃えている。けれど、不思議なほど誰も彼女のそばへは来なかった。向けられるのは、感謝と、畏敬と――ほんの少しの恐れ。世界を救った英雄を見る目であって、傷ついた一人の人間を見る目ではなかった。

 メルティは、自分の手を見下ろした。泥と血に汚れたその手は、小さく震えている。少し向こうでは、人々が泣きながら抱き合っていた。楽しそうだった。嬉しそうだった。自分が守った光景のはずなのに、その中に自分の居場所だけがないような気がした。

「……私って」

 小さな声が、雨音に紛れる。

「なんのために、生きているのかな」

 誰にも届かなかった。

                              *

 その日の夜。メルティは誰にも告げることなく、勝利に沸く陣営を一人で後にした。

 降り止まぬ雨の中、血と泥にまみれた体を引きずるように、あてもなく街を歩く。道行く人々は、彼女の姿を見ると足を止めた。

「あれ……」

「SSSランクの……」

 小声で囁き合う。けれど、誰も近づいてはこなかった。

 最凶のSSSランク。世界最強。英雄。いつからか、そんな言葉ばかりが自分より先を歩くようになっていた。

 膝が、限界を訴えるように震え始める。冷たい雨が傷口に染みた。

「……疲れた」

 ぽつりと漏れた声は、自分でも驚くほど小さかった。

 もう、一歩も動きたくない。そう思い、足を止めた――その時だった。

 ふと、視界の隅に暖かな光が滲んだ。

「……?」

 顔を上げる。薄暗い路地裏の奥に、ぽつんと一軒の小さな酒場が佇んでいた。古びた木の扉。曇った窓ガラス。その向こうから漏れている、柔らかな黄色い灯り。

 雨に濡れた路地の中で、そこだけが不思議なくらい暖かそうに見えた。

 メルティはしばらく、その光を見つめていた。やがて、震える足を一歩だけ前へ出す。そしてもう一歩。

 吸い寄せられるように、メルティは小さな酒場の灯りへと歩いていった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。