第17話
保冷箱を大切そうに抱えたメルティが、昨夜の屋台へと駆け込んだのは、まだ日が高い時間帯だった。
「持ってきました!」
どんと保冷箱をカウンターに置くと、蓋を開けて中身を見せる。艶やかな飴色の大鋏と、ぷりぷりとした尾の身が、冷気に包まれたまま鎮座していた。
店主は目を瞬かせながら覗き込み――次の瞬間、大きく仰け反った。
「――!!!? こ、これ……巨大砂サソリの、しかもほぼ無傷の……!? 本当に獲ってきたのか!?」
「はい。散歩がてら」
あっさりとした返事に、周囲で聞き耳を立てていた冒険者たちも、次々とカウンターに詰め寄ってきた。
「まさかあの伝説の魔物を、一人で……!?」
「しかもこの状態の良さ……! 商業ギルドが競り落とすレベルの上物じゃねぇか……!」
店主はしばし呆然としていたが、やがて震える手で肉を持ち上げると、次第にその瞳に、料理人としての闘志が宿り始めた。
「――よし! こいつは、うちの伝統の調理法でいただくとしよう!」
*
店主が案内したのは、店の裏手に設けられた、砂を敷き詰めた特殊な調理場だった。中央には、真っ赤に熱された炭が幾重にも埋め込まれ、その上の砂が、ゆらゆらと熱気で揺らめいている。
「これが、オアシス伝統の『熱砂蒸し焼き』だ。砂そのものを蒸し器代わりにして、じっくりと旨味を閉じ込めるんだよ」
店主は手際よく尾の身をたっぷりの香草とスパイスで包み込み、灼熱の砂の中へと丁寧に埋めていく。同時に、大きな鋏は炭火の上に直接乗せられ、じゅうじゅうと香ばしい音を立てながら炙られ始めた。
じりじりと焼ける音、立ち昇る香草の爽やかな香り、そして食欲をそそる香ばしい匂い。その匂いに誘われるように、次から次へと客が集まってきては、期待に満ちた顔で調理場を覗き込んでいく。
「――お待たせ!」
しばらくして、砂の中から掘り出された尾の身は、ほんのりと湯気を纏いながら、みずみずしい光沢を放っていた。同時に、香ばしく炙られた大鋏も、大皿に堂々と盛り付けられる。
そして、待ちに待った酒――砂漠の壺で長年寝かされた琥珀色の熟成酒が、大きな器になみなみと注がれた。
「オアシス秘蔵の椰子熟成酒だ。とろりと濃厚で、こういう贅沢な肉料理にゃ最高の相棒だぜ」
「――いただきます!」
メルティはまず、湯気を纏う尾の身に箸を伸ばす。
「――んんんんっ!!!」
噛んだ瞬間、ぷりっとした弾力が舌を跳ね返す。ほどなくして濃厚な甘みが広がり、香草の爽やかな香りが、その味をさらに引き立てた。
「甘い……! ぷりぷりで、こんなの初めて……! どんな高級なエビより濃厚です……!」
続けて、炭火で炙られた大鋏の身を一口。
「んんっ……! こっちは香ばしさが強くて、また違う美味しさ……!」
外側の香ばしさと、中にぎゅっと詰まった甘い身。その違いを楽しむように、メルティはもう一口頬張った。
そこに、椰子熟成酒をひとくち。
「――んんぅ~っ……!」
とろりとした甘みと、壺で長く寝かされたことによる深いコクが、サソリの身の甘さに重なっていく。飲み込んだ後にも、芳醇な余韻がゆっくりと残った。
「んふぅ~……至福です……」
完全にとろけきった表情で、メルティは目を細める。その様子を見ていた周囲の客たちも、我慢できなくなったのか、次々と自分の分を注文し始めた。
「おい、俺にも一杯くれ!」
「あの伝説の肉、俺も食ってみてぇ!」
あっという間に酒場は満席となり、あちこちで蒸し焼きの香ばしい匂いと、乾杯の声が響き渡る。誰かが即興で楽器を鳴らし始めると、それに合わせて手拍子まで起こり始めた。
「お嬢ちゃんのおかげで、伝説の肉が食えたぜ!」
「こんな最高の宴、久しぶりだ! 乾杯!」
「乾杯!!」
砂漠の民ならではの豪快で温かい宴が、その場に集った人々を包み込んでいく。メルティも周囲の熱気に押されるように杯を掲げ、何度も乾杯を交わした。
自分が持ち帰った食材を囲んで、知らない人たちまで楽しそうに笑っている。
そんな光景を眺めながら飲む酒は、一人で味わう時とは、ほんの少し違う気がした。
「……ふふ」
理由はよく分からないまま、メルティもつられるように笑って、もう一度杯を掲げた。
そうして宴が続くうちに、いつしか太陽は沈み、砂漠の空には満天の星が広がっていた。
*
宴もほどよく落ち着いた頃、メルティは椰子の木陰に腰かけ、涼やかな夜風に頬を撫でられていた。お腹も心も、これ以上ないほど満たされている。
空を見上げれば、砂漠特有の澄んだ星々が、頭上いっぱいに輝いていた。
「んー……」
満足げに息を吐き、メルティは満天の星に向かって呟いた。
「砂漠の料理も、最高でしたね」
冷たいビールに始まり、スパイシーな串焼き、夜市の冷やし麺、そして伝説の魔物肉。この街で味わった一つひとつの記憶が、心地よい満足感とともに胸の中に積み重なっていく。
夜風にゆらめく椰子の葉音を聞きながら、メルティはふと、これから向かう先へと思いを馳せた。
「――次は、どこへ行きましょうか」
まだ見ぬ土地に、まだ見ぬ美味しいお酒とご飯が待っている。その予感だけで、胸の奥がじんわりと温かくなっていくのを感じながら、メルティは満ち足りた笑みを浮かべた。
オアシスの夜は、どこまでも穏やかに更けていくのだった。




