第15話
太陽が沈み、灼熱の砂漠に涼やかな夜風が吹き渡り始める頃――オアシス都市は、昼間とはまったく違う顔を見せ始めていた。
「わぁ……」
メルティは宿を出た瞬間、思わず足を止めた。
通りという通りに、色とりどりのランタンが吊るされ、暖かな灯りが夜の街を照らしている。異国情緒あふれる弦楽器の音色が、どこからともなく流れてくる。屋台からは香ばしい煙がもうもうと立ち昇り、香辛料の甘く刺激的な匂いが、夜風に乗って辺り一面に漂っていた。
「これが……夜市……!」
昼間の熱気とは違う、どこか艶やかで浮き立つような賑わい。メルティの足取りは、自然と軽くなっていく。
石畳の路地にずらりと並ぶ屋台を、目を輝かせながら物色して歩く。焼き菓子の甘い匂い、果物を絞る音、串焼きの煙――どれもこれも魅力的で、目移りが止まらなかった。
「んー、どれから食べよう……」
しばらく彷徨った末、メルティの足が止まったのは、湯気ならぬ冷気を漂わせる、少し変わった屋台だった。大きな氷の塊の上に、麺が涼しげに並べられている。
「これ、ください」
「あいよ! 冷やしスパイス翡翠麺だ! 今日みたいな夜には最高だよ」
褐色の肌をした店主が、慣れた手つきで麺を器に盛り付けていく。透き通るような薄緑色の麺の上に、真っ赤なスパイスダレがたっぷりとかけられ、砕いた氷がきらきらと散らされていた。傍らには、氷を浮かべた鮮やかな紫色の飲み物も添えられている。
「わぁ、綺麗……」
メルティはさっそく箸を伸ばし、麺をひとくちすする。
「――んっ!! つるつる……!」
驚くほど滑らかな麺が、するりと喉を通り抜けていく。ほのかな甘みのある麺に、酸味と辛味の効いた濃厚なスパイスダレが絡み、時折混ざる氷のかけらが口の中をひやりと冷やした。
「辛い……! でも冷たくて、後を引く……!」
夢中で麺をすすりながら、傍らの紫色の飲み物にも口をつける。
「――んんっ!!」
ミントとハーブの香りが鼻に抜け、キンキンに冷えた薬草酒が、火照った口の中をさっぱりと整えていく。ほんのりとした甘みもあり、辛い麺との相性は抜群だった。
「冷たくて、辛くて、爽やか……! お箸が止まりません……!」
冷やし麺をすすり、辛さが強くなったところで薬草酒をひとくち。その繰り返しが妙に癖になる。
氷の触れ合う音、ランタンの灯り、遠くから流れる異国の調べ。メルティは料理だけでなく、夜市の空気まで丸ごと味わっているような気分になっていた。
あっという間に麺を平らげ、薬草酒も飲み干したメルティを見て、屋台の店主が愉快そうに笑った。
「嬢ちゃん、いい食べっぷりだなあ! 夜市、楽しんでるみたいで何よりだよ」
「はい! すごく美味しかったです!」
メルティが満足げに手を合わせると、店主は少し声を潜めて、面白い話を聞かせるように身を乗り出した。
「なあ嬢ちゃん、もっとすごい食材があるって知ってるか?」
「もっとすごい食材……?」
メルティの耳が、ぴくりと反応する。
「砂漠の奥深くにな、『巨大砂サソリ』ってのが棲んでるんだ。あの魔物の肉が、これがまたとんでもなくてよ――極上のエビみてぇな甘みがあって、身がぎっしり詰まってるって話だ」
「エビ……!」
「ただな、あいつはとにかく凶暴で、鎧のような硬い甲殻に覆われてて、危険すぎて誰も獲れねぇんだよ。腕の立つ冒険者も、何人もが返り討ちに遭ってる。だから、味は伝説みたいに語られるだけで、実際に食ったことのある奴なんて、この街にはほとんどいねぇのさ」
店主が語る危険性など、もはやメルティの耳にはほとんど入っていなかった。
「極上の……エビみたいな……」
ごくり、と喉が鳴る。
その顔から、先ほどまでののんびりとした雰囲気が消えていく。
「――行きます」
「……へ?」
店主が目を瞬かせる。
だが、メルティの決意はすでに固まっていた。
「巨大砂サソリ……絶対、食べます」
美味しいエビのためなら、砂漠の奥地だろうが凶暴な魔物だろうが関係ない。
夜風に揺れるランタンの下、メルティの瞳には、獲物を見据える狩人のような光が宿っていた。




