第14話
ざわめきの中心から現れたのは、見覚えのある金髪と、これでもかと自信に満ちた笑みだった。
「――メルティ嬢! この私が、そなたを追ってやってきたぞ!」
豪奢なマントを翻し、アルベルト王子が堂々と酒場に乗り込んでくる。周囲の客たちは、突然現れた明らかに身分違いの美丈夫に、ぽかんと口を開けていた。
「私の愛の速さは、砂漠の風よりも早いのだ! さあ、驚くがいい!」
胸を張り、これ見よがしに笑う王子。だがメルティは、ジョッキ片手にじとりとした目を向けるだけだった。
「……王都を出てまだ三日ですよ?」
あまりに冷静な指摘に、王子の勢いが一瞬ぐらついた。
「い、いや、三日もあれば十分早いだろう! 私は国務を放り出してでも、そなたのために……」
「国務、放り出してきたんですか?」
「――っ! いや、それは、その……」
王子が言葉を濁したところで、彼が連れてきた従者たちが、恭しく大きな木箱を運び込んできた。
「まあよい! 今日は、これを届けに来たのだ! 王室秘蔵の――」
「――アルベルト様ぁあああああ!!!」
王子の言葉を遮るように、酒場の入り口から、地を這うような怒声が響き渡った。
振り向くと、そこには全身鎧に身を包んだ、恐ろしい形相の初老の騎士――王宮騎士団長の姿があった。額に青筋を立て、肩を怒らせながら、ずんずんとこちらに向かってくる。
「見つけましたぞ! 今日という今日は、朝からの重要会議も、隣国大使との謁見もすっぽかして、まさかまた王都を抜け出して砂漠くんだりまで……!」
「ひっ……!! だ、団長!? どうしてここに……!」
「国王陛下が、大変お怒りです!」
団長の一喝に、王子の顔から見る見るうちに血の気が引いていく。
「い、いや、これはメルティ嬢への大切な愛の――」
「問答無用!」
団長はがっしとした太い腕で、王子の首根っこを容赦なく掴み上げた。
「うわあああっ!? ま、待て、離せ! せめてメルティ嬢に別れの挨拶を――」
「陛下がお待ちです!」
王子の抗議も虚しく、団長は恐ろしいほどの早業で、そのまま王子を引きずるように酒場の外へと連行していく。
「差し入れは置いていくぞー!!!」
遠ざかっていく騎士団の馬車の音とともに、王子の叫び声が砂漠の夜風に響いていった。
あっという間の出来事だった。登場からわずか数分での、あまりにも見事な強制送還。酒場に残された客たちも、店主も、ただただ呆然とその光景を見送るしかなかった。
「……忙しい人ですね」
メルティは呆れたようにぽつりと呟いたが、その視線は、王子が去り際に残していった木箱に、しっかりと吸い寄せられていた。
*
好奇心のまま木箱を開けてみると、中には氷魔法で丁寧に保冷された、美しい切子細工のボトルが収められていた。ラベルには、見るからに高貴な意匠の紋章が刻まれている。
「王室秘蔵の冷やし果実酒……」
メルティの目が、きらりと輝いた。
さっそくグラスに注いでみると、透き通った淡い黄金色の液体が、きんきんに冷えたまま、とろりと美しく揺れる。
「――いただきます」
ひとくち。
「――んんっ!!」
芳醇な果実の甘みが、キリッと冷えた喉ごしとともに広がっていく。桃や杏を思わせるみずみずしい香りが鼻に抜け、後味はすっと爽やかに消えていった。
「甘い……! でもしつこくない……! これ、美味しすぎます……!」
そこに、まだ卓上に残っていた大角羊のスパイシー串焼きを一口。
「んんんっ……!」
炭火の香ばしさと刺激的な辛さが広がる。そこへ果実酒を含むと、柔らかな甘みがスパイスの熱を包み込み、驚くほどまろやかな後味に変わった。
「辛いお肉と、甘いお酒……!! こんな組み合わせ、反則です……!」
串焼きと果実酒を交互に味わううち、グラスの中身はみるみる減っていく。
「んふぅ~……幸せ……」
夜空に瞬く満天の星を見上げながら、メルティはとろけるような表情でグラスを傾ける。
遠く、砂漠の彼方へと連れ戻されていったアルベルトの姿を思い出し、ふと笑みをこぼした。
「……アルベルト様、本当にいい人です」
もちろんその感謝は、王子の愛情に対してではなく、この極上の果実酒と、それを残していってくれた気前の良さに対してのものだったのだが――そんな真実を、遠く王都へと連れ戻されている当の本人が知る由もない。
砂漠の夜は静かに更けていき、メルティのグラスだけが、星明かりの下で穏やかに揺れ続けていた。




