第13話
王都での美食巡りをひとしきり満喫したメルティは、荷物をまとめ、次なる目的地へと旅立つ準備を整えていた。
「メルティ嬢……! 本当に行ってしまうのか!」
王宮の門前で、アルベルト王子が悲愴な表情で立ちはだかっていた。
「城にいれば、毎日でも美食が食べられるというのに! なぜわざわざ旅になど出るのだ!」
「まだ見ぬ美味しいお酒のためです」
メルティの返答は、迷いなく、あっさりとしたものだった。
「それに、旅先で美味しいものを見つけるのも、また楽しいので」
「くっ……」
王子は悔しげに拳を握りしめたが、やがて何かを決意したように、ばっと顔を上げた。
「よかろう! ならば覚悟しておくがいい、メルティ嬢! そなたがどこへ旅しようと、私から逃げられると思うな! 世界中へ、私の愛の追撃――もとい、差し入れを届けさせてもらう!」
「差し入れ、ですか?」
メルティの眉がぴくりと動いた。
「そうだ! 各地の美食を、私の名で取り寄せ、そなたの元へ届けさせよう! この私の執念、思い知るがいい!」
「――!! お願いします!」
これまでのどんな返答よりも力強く即答するメルティに、王子の勢いが思わず拍子抜けしたように緩んだ。
「……ふ、ふむ。話が早くて助かる」
馬車に乗り込むメルティを、王子は名残惜しそうに見送りながら、大きく手を振った。
「達者でな、メルティ嬢! だが忘れるな、私はいつでも、そなたの隣に――」
馬車は王子の言葉を最後まで聞くことなく、軽やかに走り出していった。
*
王都を離れ、幾つもの街道を抜けた先――やがて景色は緑から茶色へと変わり、見渡す限りの砂漠が広がるようになった。
「あつい……あつい……」
じりじりと照りつける太陽の下、メルティはローブの中でぐったりと項垂れながら砂丘を越えていく。汗ばんだ肌に、砂交じりの熱風がまとわりついた。
そんな灼熱の道のりの果てに見えてきたのは、目を疑うほど鮮やかな緑と、きらめく水面だった。
「――っ、あった!」
高い椰子の木々に囲まれた「オアシス都市」は、砂漠の真ん中とは思えないほどの活気に満ちていた。水路に沿って建ち並ぶ店々、賑やかな市場の呼び込み、行き交う人々の楽しげな声。
カラカラに乾いた喉を押さえながら、メルティはふらふらと、一番賑やかな酒場へと吸い寄せられるように駆け込んだ。
「――お願いします! 一番冷たいお酒と、一番美味しいお肉を!」
カウンターに突っ伏さんばかりの勢いで叫ぶメルティに、褐色の肌をした店主が豪快に笑った。
「はっはっは! そりゃあ、うちの名物にぴったりの注文だな!」
*
ほどなくして運ばれてきたのは、表面にびっしりと霜をまとった、大きなジョッキだった。魔導具によって氷点下近くまで冷やされた樽から注がれた、黄金色のビール。ジョッキを持つ手のひらに、ひやりとした冷気が伝わってくる。
そして同時に、じゅうじゅうと香ばしい音を立てながら、大角羊の串焼きが目の前の鉄板に並べられた。表面には赤く鮮やかな香辛料がまぶされ、炭火で炙られるたびに脂がぱちぱちと爆ぜ、刺激的な香りが立ち昇っていく。
「――いただきます!」
メルティはジョッキを両手で持ち上げると、迷わず一気に喉へと流し込んだ。
「――んくっ、んくっ、んくっ……!!」
突き刺さるような冷たさが、火照った体を一気に駆け抜けていく。爽快な苦味が舌の上で弾け、渇ききった喉を気持ちよく潤した。
「プハァーーーッ!!」
ジョッキをカウンターに置くと同時に、顔いっぱいに至福の笑みが広がる。
「んふぁ~……生き返る……!」
間髪を入れず、香ばしく焼き上がった串焼きにかぶりつく。
「――んんんっ!!」
羊肉を噛み締めれば、熱い肉汁とともに脂の旨味が広がる。そこへ刺激的なスパイスの辛さと香ばしさが重なり、すぐにまた冷たいビールが欲しくなった。
「お肉、ジューシー……! スパイス効いてて、お酒がどんどん進む……!」
串焼きをひとくち、キンキンのビールをひとくち。灼熱の砂漠を抜けてきたからこそ味わえる、この上ない解放感がメルティの全身を満たしていく。
そうして飲み食いしているうちに、いつしか外はすっかり暗くなっていた。昼間の熱気も和らぎ、開け放たれた窓から入り込む夜風が、火照った肌に心地いい。
「はぁ……幸せ……」
空を見上げれば、砂漠特有の澄み渡った星空が、頭上いっぱいに広がっている。メルティは満足げに息を吐き、追加のビールを注文しようと店主に手を上げた。
その時、店の入り口の方から、ふいに賑やかなざわめきが聞こえてきた。
「おいおい、なんだあの大荷物は!?」
「見ろよ、王家の紋章がついてるぞ……!」
ざわめきに、メルティはビールを傾けたまま、ちらりと視線を向ける。
入り口には、明らかにこの街の風景にそぐわない、豪華な装飾の施された荷馬車が停まっていた。荷台には、これでもかというほどの木箱と、丁寧に包まれた贈り物の山。
それを見た瞬間、メルティの背筋に、なんとも言えない予感が走った。
「……まさか」
夜風に乗って、遠くから聞き覚えのある、朗々とした声が聞こえてきた気がした。




