↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『偽りの封印と灰色の伝票』 ~元特務潜入員の配達員は、改ざんされた記録で巨悪を暴く~  作者: NN
未受領票と灰色の羽根編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

86/121

灰の跡と、受け取りのない荷物

 翌朝、僕は王立輸送ギルドの窓口で、空欄の受領欄を爪で叩く職員から、昨日の封書について問いただされていた。紙が乾いた音を返す。


「受取証がない?」


 窓口の職員が、眉をひそめる。


「は、はい。記念碑の台座へ置きましたが、受取人が来た記録はありません」


「それで配達完了にしたのか? お前は荷物を地面へ置けば仕事が終わると思っているのか!」


「申し訳ありません!」


 僕は深く頭を下げた。


 周囲の視線が集まる。僕は頭を下げたまま窓口の奥にある記録棚へ目を滑らせた。職員の右手には、昨夜の記念碑で見たものと同じ灰色の粉が残っている。


 空欄の受領欄と粉のついた手。その二つが、同じ窓口に並んでいた。


 封書は、誰かに手渡すためではなく、誰かが取りに来る場所へ置かれたのだ。


 内ポケットの通信札が、短く震えた。


『ユーリ、北区へ戻ってください』


 フィーナの声だった。


『封書を置いた台座の周囲で、昨夜から魔力反応が変化しています。受取人がいないなら、別の何かが受け取った可能性があります』


「は、はい! すぐに確認してきます!」


 僕は窓口へ頭を下げ、配達鞄を抱えた。


「待て! 正式な再調査の許可は」


「もう出ています」


 別の通信札から、ガウェインの声が割り込んだ。


「王国特務捜査隊の名義で、北区記念碑周辺の検分を許可する。窓口の君、書類番号を確認しろ」


 職員が青ざめた。


「は、はい。ですが、配達員に特務捜査隊の調査を」


「彼は配達員だ。だから現場へ行ける。質問は後だ」


 通信が切れる。僕は、へこへこと頭を下げた。


 今の影班には、以前のように人を動かす権限はない。ガウェインが表の許可を出し、僕は配達員の立場で現場へ入る。僕の札が担うのは、見たものを次の記録へ渡すことだけだった。


「失礼します!」


 ギルドを出た瞬間、背中を伸ばした。


 それを見ていたフィーナが、通信札の向こうで小さく息を吐く。


『その切り替え、毎回思いますが不自然です』


「配達員は、怒鳴られると背中が丸くなるんだよ」


『怒鳴られている間に、職員の手の粉まで確認する配達員はいません』


「それは、僕の個性」


『便利な個性ですね』


 王都北区へ続く大通りは、朝の荷車で混み始めていた。地下炉の暴走からまだ完全には戻っていない王都には、壁の補修跡や仮設の魔力灯、屋根へ残った灰がある。人々は日常へ戻ろうとしているが、道のあちこちに事故が終わっていない証拠が残っていた。


 記念碑は北区の外れにある。十四年前、グラキエス救援へ向かった王国軍の名前を刻んだ石碑だ。


 軍事部門が解体された黎明の瞳は、孤児院と診療所だけを王国の救護部門へ移していた。昨夜の封書は、その新しい救護網へ向けて残された最初の照会だった。


 アーノルドの名前も、救援命令が撤回された事実も、英雄の名を並べた石の表面にはない。


 英雄の名前だけが、磨かれた石の上で朝日に照らされている。


 僕は昨日の検分記録を開いた。足跡の向きは北東。灰は採取済みだ。けれど、台座の下から返る規則正しい振動だけは、まだ記録に残っていない。


 北東の路地から、雪を踏む音が近づいた。通信で検分の許可を出したガウェインが、検分灯を抱えて合流した。


「昨夜の記録と、変化は?」


「灰は少し減っています。足跡の向きは北東のまま。台座の下から返る振動だけが、昨夜より規則正しくなっています」


 僕が答えると、ガウェインが目を細めた。


「最初の証言と最後の証拠を照合しろ。台座の中身を先に確かめる」


「箱の扱いなら、見落としません」


「それを配達員で済ませるな」


 ガウェインは、足跡の周囲へ青白い検分灯を置いた。


 光が雪の表面を薄くなぞり、踵の脇に採取しきれなかった粉が浮かび上がった。


「フィーナ」


『採取してください。風で飛ぶ前に』


 僕は証拠札へ時刻を刻み、粉を小さな皿へ移した。


 指先へ、冷たい感触が残る。


 その瞬間、白い光と低い警告音が重なった。背中の金具へ誰かの指が掛かる感触に、僕は反射的に振り返る。


 そこには、古い記念碑しかない。


「ユーリ?」


 ガウェインの声で、現在へ戻る。


「……大丈夫です。粉が、少し熱を持っていた」


「粉が?」


『灰ではありません』


 フィーナが通信札越しに言った。


『魔力を含んだ鉱物の微粒子です。古代炉の結晶に近い。ただし、炉心由来の残留物とは波長が違います』


「別の場所から運ばれた?」


『可能性が高いです。足跡の人物は、何かを持ってきて、記念碑の前で置いた』


「封書を受け取ったんじゃない。別の荷物を置いた?」


『そう考えるほうが自然です』


 僕は記念碑の台座へ手を触れた。冷たい石の下から、機械のような振動が返ってくる。


 心臓ではない。間隔が均一すぎる。


 僕は手を離した。


「台座の中に、空洞がある」


「分かるのか」


「石の振動が、中央ではなく右下から返ってくる」


「フィーナ、確認できるか」


『魔力検分灯を回してください。台座そのものを壊すのは最後です』


 ガウェインが灯りの位置を変えると、青白い光が石の表面を滑り、碑文の下に薄い線が浮かび上がった。王国軍の紋章でも、影班の印でもない。


 羽根を横へ三本並べたような、簡素な刻印。


「これが、黒曜の天秤の印です」


 フィーナの声が低くなった。


『ただし、秤部の兵器輸送で使われる印とは違います。古い形式です。救護物資の安全路を示す標識に近い』


「救護輸送の印が、王国軍の記念碑に?」


 ガウェインが問う。


『記念碑が建てられる前から、ここが輸送路だったのかもしれません』


 僕は、碑文の下の刻印を見つめた。


 英雄の名前を刻む前、この場所には別の人間が立っていた。


 記録に残らない配達人、誰にも知られずに薬を運んだ人、逃げる住民へ帰る道を教えた人。


 記念碑の表面に名前がないだけで、そこにいた人間まで消えるわけではない。


「台座を開ける」


「許可が必要だ」


「なら、配達物の受け取り確認として開ける」


 僕は配達鞄から、昨日の封書と同じ大きさの空札を取り出した。


 封書はもう置いた。残った空札を、三本羽根の刻印へ重ねる。


 石の中で、留め具が外れる音がした。


 留め具の音が、背中の奥を引きつらせた。僕の指が止まる。


「ユーリ、無理に触るな」


 ガウェインが言った。


「顔色が悪い」


「大丈夫です。今度は、手順を分けます」


 僕は、空札を押さえたまま、ガウェインへ目を向けた。


「僕が印を維持する。ガウェインは扉を開ける。フィーナは中身を鑑定して」


「君が一人で開けるのではないのだな」


「もう、そうしないと決めたので」


 ガウェインが頷いた。


「よし。三つ数える」


 一。


 二。


 三。


 台座の右下が、ゆっくりと開いた。


 内部にあったのは、小さな金属筒だった。


 箱ではない。封印もなく、ただ筒の表面に羽根形の線が一本だけ残っている。


 フィーナが鑑定鏡を向けた。


『生きた魔力が残っています。誰かが、ついさっきまで触れていた』


「シアン?」


『断定できません。ただ、指の跡は一つです。左手の親指を深く押しつけた跡がある』


 僕は筒を持ち上げた。


 中身は空だった。それなのに、手の中でわずかに脈動している。


「ガウェイン、これは荷物を受け取った証明じゃない」


「なら、何だ」


「ここへ荷物を置いた人間が、次の配達先を示すための道具だ」


 僕は、羽片を金属筒へ近づけた。


 羽根の先が、ゆっくりと北東を向く。


 王都の外、帝国へ続く古い輸送路。


 灰色の粉が、羽根の周囲で細く舞った。


 フィーナの声が、通信札から消えた。


 ガウェインが、短く息を吸う。


「帝国方向か」


「そうみたいです」


「シアンを追うのか」


「まだ、追わない」


 僕は、金属筒を証拠袋へ収めた。


「先に、誰がこの道を使っているのかを調べる。追えば、追わせることになるかもしれないから」


 羽片は、袋の中でも北東を指し続けていた。


 王都の朝の光が、古い記念碑の名前を照らしている。


 その石の裏側で、記録に残らなかった輸送路が、静かに目を覚ました。


 王都北区から戻った僕を、物流局の入口で待っていたのは、怒鳴り声だった。


「勝手に荷物を開けたそうだな!」


 窓口の男が、机を叩く。


「開けていません!」


「封印を外して、記念碑の中から金属筒を取り出したと報告がある!」


「あれは、受取確認のための検分で……」


「配達員が検分をするな! 運ぶだけがお前たちの仕事だ!」


 僕は肩を縮め、視線を床へ落とした。周囲の職員たちは誰も止めない。窓口の男の声が大きいからではなく、その背後にある棚と、棚の奥に立つ細身の女を見ているからだ。女は物流局の制服を着ていない。手袋だけが、昨日の記念碑に残っていた灰色の粉と同じ色をしていた。右手には受取印の束、左手は外套の裾へ隠している。


 昨日の足跡を残した人物とは別人だ。


 だが、同じ場所から来ている。


『視線を上げないでください』


 フィーナの声が、通信札から届いた。


『女の手袋に、昨日の粉と同じ魔力反応があります』


「申し訳ありません。すぐに始末書を……」


「始末書で済むと思うな! お前のせいで、北区の記念碑が捜査対象になった!」


 窓口の男が、机の上へ一枚の伝票を投げた。


 僕は拾おうと手を伸ばし、わざと指を滑らせた。紙が床へ落ちた一瞬に伝票の裏側を見る。王立輸送ギルドの正規札と、王家の認証を受けた青い封蝋。その同じ紙の端に、羽根形の刻印と同じ向きの黒い線が三本引かれていた。


「す、すみません!」


 僕は伝票を抱え込み、何度も頭を下げた。


 窓口の男は、僕の態度を見て満足したらしい。


「次の荷物を持って、第三倉庫へ行け。中身を確認するな。封印も見るな。運んだら帰ってこい」


「はい!」


 僕は、伝票と一緒に、机の下へ置かれていた小箱を受け取った。


 箱は軽い。軽すぎる。空箱の重さだった。けれど、底の一点だけが指先へ熱を返してくる。


 僕は、箱を胸へ抱えた。


 密閉容器の圧力が、指の骨へ跳ね返った。


 僕の手が、無意識に箱の角を三回叩いた。


 熱が、わずかに弱まった。


 僕は自分の手を見た。


 今の動作をどこで覚えたのかは分からない。ただ、手順だけは知っていた。


『ユーリ?』


 フィーナが呼びかける。


「大丈夫。箱が少し熱かっただけです」


『その箱、正規の配達票と一致していますか?』


「伝票には第三倉庫と書いてある」


『箱の側面を見てください』


 僕は廊下の角で立ち止まり、箱の側面を確かめた。青い封蝋は王立輸送ギルドの印だ。その上から薄い黒い紙札が貼られており、羽根形の刻印を横に三本並べたものは、昨日記念碑の裏で見たものと同じだった。


「二重の荷札だ」


『封印ではなく、所有権の札が二つあります』


 フィーナの声が低くなる。


『青札は、王立輸送ギルドが正式な荷主だと示す。黒札は、黒曜の天秤が輸送路の管理権を持つと示している』


「一つの荷物に、二つの荷主?」


『正確には、二つの所有権が同時に成立しています』


 所有者が二人なら、どちらかへ届けた瞬間に、もう一方が未配達になる。規則を破らず、規則そのものへ二つの命令を通している。


「ガウェイン」


『聞いている』


「物流局の第三倉庫へ向かう。正規の荷主と黒曜の管理者、どちらが先に受け取るか確認したい」


『その前に、箱の周囲を見ろ。さっきの女が追っている』


 窓ガラスに灰色の手袋の女が映った。僕の歩幅に合わせている。速度を落とせば女も落とし、急げば女も急いだ。白い照明と背後の足音が古い記憶を呼びかけたが、僕は箱と足元へ意識を戻した。


 僕は立ち止まり、箱を抱え直した。


 足元へ落とした伝票を拾うふりをして、女の靴底を見た。


 雪の泥はついていない。外から来たばかりではなく、最初から物流局の中にいたのだ。


「ガウェイン、女は職員じゃない。内部協力者だ」


『根拠は?』


「靴底が乾きすぎている。今朝の北区は雪だった。外から入ったなら、通路の湿気が残る」


『フィーナ、確認できるか』


『女の手袋に、北区記念碑の灰と同じ鉱物反応があります。昨夜から局内にいたなら、灰を運んだ人物と接触した可能性があります』


 僕は、第三倉庫へ続く角を曲がった。


 そこには二人の職員が待っていた。一人は王立輸送ギルドの青い腕章をつけ、もう一人は黒い手袋をしている。


「荷物を」


 青い腕章の職員が手を出す。


「受取印を確認します」


 僕は、気弱そうに箱を抱えたまま答えた。


「配達員が確認をするなと言われている」


「誰に?」


「窓口の人に」


「名前は?」


「怒鳴っていた人です」


 青い腕章の職員が苛立った。


 黒い手袋の男が、代わりに口を開く。


「こちらへ渡せ。黒曜の管理札がある」


「でも、正規の荷札もあります」


「その札は、上から貼られたものだ」


「こちらも、上から貼られています」


 僕は、箱を少し傾けた。


 青い封蝋と黒い札が、同じ面に重なっている。


「どちらが本物ですか?」


 二人の職員が黙った。


 それだけで、答えは分かった。


 二人とも、荷物の所有者ではない。


 受け取り役として、別々の命令を受けているだけだ。


 ガウェインへ、通信札で短く伝える。


「二つの受取人がいる。どちらも上位命令を示せない」


『その場を動くな。特務捜査隊を向かわせる』


「了解」


 僕が返事をした瞬間、箱の底が脈打った。


 熱が、指先から手首へ上がる。


 箱の中には何もない。それなのに、何かが眠ったまま動いている。


 僕は、箱を床へ置いた。


 置いた瞬間、黒い札の三本線が一つだけ明るくなった。


 箱の底から、細い音が返る。


 金属が、遠くの何かへ呼びかける音。


 女が初めて顔を上げた。


「それを、開けてはいけない」


 低い声だった。物流局の職員ではない。女は箱ではなく、僕の手を見ている。


「開けるなと言われたのは、僕のほうです」


「なら、触るな」


「配達員は、荷物を持たないと仕事ができません」


 僕は箱の側面へ指を置いた。


 箱の底から返る圧力が、指先の奥を押し返した。急に止めれば、壊れる。


 僕は、最初に刻んだ間隔をもう一度だけなぞった。


 箱の底から返っていた音が、少しだけ低くなった。


 女の顔から、血の気が引いた。


「その叩き方を、どこで知った?」


 質問の意味が分からない。


 けれど、胸の奥がざわついた。


「配達の確認です」


 僕は、いつものように笑ってみせた。


「配達員なので」


 その時、倉庫の奥で、空箱の底が一度だけ強く脈打った。


 箱の内部から、シアンのものとは違う魔力が広がる。


 知らない波長。それなのに、どこかで一度触れたことがあるような感覚だった。


 女が後退した。


 青い腕章の職員が、黒い札へ手を伸ばす。


 ガウェインの足音が、廊下の向こうから近づいてきた。


 僕は箱を抱え直した。


 空箱の重さは、もう空のものではなかった。


王立輸送ギルドの正規札。


 黒曜の天秤の管理札。


 二つの荷主が同じ箱の中で別々の何かを待っている。そして箱の底に残った未知の魔力だけが、僕の前世を知っているように脈打っていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。