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『偽りの封印と灰色の伝票』 ~元特務潜入員の配達員は、改ざんされた記録で巨悪を暴く~  作者: NN
王都地下炉・最後の受領編

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灰色の座標

 最後の空洞が、開かない。


 レヴィの剣先が古い金属管を押さえ、僕は灰印へ指を当てたまま動けずにいた。


 どちらか一方が力を抜けば、分散させた出力が中央へ戻る。


「ユーリ、聞こえますか!」


 通信札から、フィーナの声が響いた。


「三重封印の役割が分かりました。これは炉を止めるための鍵ではありません!」


「なら、何のためのもの?」


「爆発座標を固定する安全装置です。三つの印が揃っている限り、炉心の出力は決められた座標から動かせない」


 僕は、赤黒い結界の奥を見た。


 三つの印は、波が強まるたび別々の方向へ引かれる。中心へ戻らない。縛られているのは、出力の量ではなく向きだ。


「三つの印を維持したまま、座標だけをずらす」


「そうです。炉が古代兵器として作られたものなら、暴走した時に王都そのものを巻き込まないための仕組みがあるはずです」


「その安全装置が、どうして今は結界を膨らませている?」


「座標の固定に使われるはずの空間が、後から塞がれています。出力を逃がす先がなくなり、固定された座標の中で圧力だけが増えている」


 僕は、目の前の古い金属管へ視線を落とした。


 管の表面に刻まれた、見覚えのない印。


 あれは署名ではない。


 座標を外へ移すための基準点だ。


「フィーナ、その管を開ければいい?」


「開けるだけでは足りません。法印、影印、灰印を、同じ瞬間に維持したまま座標を重ねる必要があります」


「三人が別々の場所で、同じ瞬間に?」


「はい。誰か一人でも印を外せば、座標の移動が止まります」


 通信札の向こうから、ガウェインの声が入った。


「法印は維持できる。だが、こちらの通路は崩落が続いている。あと何秒持つかは保証できない」


「影印も同じです」


 エレオノーラが続けた。


「右側の主炉へ着いた。印は見える。だが、出力が私の足元を削っている」


「灰印は、父さんが持っている」


 僕は、上の制御室へ通信をつないだ。


「アーノルド、聞こえる?」


「聞こえている」


 父の声は、さっきよりも遠かった。


「私が印を押さえる。お前は炉を戻せ」


「戻すだけじゃない。座標を外へずらす」


「分かっている」


「父さん、体力が」


「十四年前も、同じ印を押さえた」


 その声には、疲労の奥に覚悟があった。


「今度は、戻ってこられる向きで押さえる」


 胸が詰まった。父は十四年前、帰還路を閉じた。今は、その逆向きへ印を変えようとしている。過去を消せなくても、同じ形の犠牲を選ばないことはできる。


「ユーリ、座標の移動を開始します」


 フィーナが言った。


「三人の印を重ねるために、炉心の中心へ術式を通してください。レヴィさんの魔法が骨格になります」


「俺の術式を、炉心へ通す?」


 レヴィが低く訊いた。


「出力を分けている線を、一本の座標線へ束ねる必要があります。ですが、古代炉の術式は現在の王国魔術と構造が違う」


「だから、俺一人では組めない」


「僕が位置を決める。レヴィが形を作る」


「また背中合わせか」


「嫌なら、向かい合ってもいい」


「術式を見失う。背中合わせでいい」


 レヴィの魔導長剣が、金属管の表面を滑った。


 青白い魔力線が、管の周囲へ絡みついていく。


「第五空洞から、中心の一割を分ける。六つの空洞を緩衝にして、残った出力を座標線へ押す」


「押した先は?」


「王都の外。古代炉の空間座標が登録されている場所」


「それなら、王都は救える」


「地図上では」


 僕は、フィーナから送られた座標図を見た。


 赤い線が、地下炉から王都の外へ伸びている。


 荒れ地。


 古い採掘場。


 人の住んでいない空間。


 そこへ出力を移せば、王都の被害は抑えられる。


 だが、座標線の途中に、小さな青い印があった。


 赤い線は、青い印の手前だけわずかに細くなっていた。線の縁には、いったん外へ逃がそうとして戻ったような揺れがある。


「この青い印は?」


 フィーナが黙った。


「答えて」


「孤児院区画です」


 通信札の向こうで、誰かが息を呑んだ。


「地上の避難路に接続できていません。結界の外縁が先に広がったため、最後の子どもたちが取り残されています」


「何人?」


「正確には分かりません。救護名簿が燃えた。ですが、ヴォルクが確認した時点で、少なくとも二十人」


 数字が、胸の中へ落ちた。前世の作戦表に書き込んだ数字と同じだった。だが今は、泣く子どもや、弟妹の手を握る年長の子の顔が浮かぶ。


「座標をそのまま移せば、孤児院区画が消える」


 レヴィが言った。


「ずらせばいい」


「どこへ?」


「孤児院を避けて、もっと外へ」


「座標の外側には、登録されていない空間しかない。術式の保証がない」


 フィーナの声が震えた。


「失敗すれば、王都の地下で出力が弾けます」


「成功すれば、子どもたちは助かる」


「失敗すれば、全員が死ぬ」


 ガウェインが、静かに言った。


「ユーリ、判断しろ」


 その言葉に、前世の作戦表が重なった。残り時間、救える人数、成功率。だが、背中にはレヴィ、上には父、左右には印を押さえる仲間がいる。僕一人の計算にはしない。


 それぞれの位置を、もう一度見直した。


「座標を外へずらす。ただし、孤児院を避ける角度で」


「危険です」


「分かっている」


「成功率は?」


「今の情報だけなら、三割」


「三割で全員の命を賭けるのですか」


「違う。三割しかないから、三割を上げる」


 僕は金属管の印を見た。


「この基準点は、炉の製作者が安全な空洞へ出力を送るために残したものだ。管を開くだけではなく、基準点を一つ増やす」


「増やす?」


「孤児院区画の反対側に、もう一つの空間座標を作る。出力を二方向へ分ければ、片方が孤児院を避ける」


「それには、二つの異なる魔力体系が必要です」


 フィーナが答えた。


「古代炉の座標術式と、現在の魔導術式。どちらか一つでは座標を固定できません」


「僕とレヴィならできる。座標の位置は、僕が決める」


 レヴィの声が続いた。


「術式の形は、俺が組む。だが、最後に二人とも手を離す必要がある」


「それは、前に言っていた」


「違う。今度は、離す瞬間を間違えれば、二方向の出力が一つへ戻る」


 レヴィの長剣が大きく震えた。


 赤い結界が、僕たちの周囲を締めつける。


「三つの印を維持したまま、二つの座標を同時に作る。そうしなければ、孤児院を避けられない」


 フィーナが告げた。


「残り時間、十八秒です」


 通信札から、パックの片言が届く。


「こども、いる。ヴォルク、いく。パックも、いく」


「パック、孤児院区画へ向かって。ヴォルクと一緒に、子どもたちを出口へ」


「わかった。パック、はこぶ」


 短い返事のあと、通信が途切れた。


 僕は、最後の空洞を塞いでいる金属管へ手を伸ばした。


 レヴィの剣が、僕の背中を支えるように鳴る。


 上では、父の灰印が光った。


 左右では、法印と影印が同時に脈動する。


 炉心の奥に、二つ目の座標を作るための空白が開いた。


 そこから見えたのは、古代炉の設計者が想定していなかった、避難できていない孤児院区画だった。


 都市消滅まで、残り十七秒。


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