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『偽りの封印と灰色の伝票』 ~元特務潜入員の配達員は、改ざんされた記録で巨悪を暴く~  作者: NN
王都地下炉・最後の受領編

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短剣と魔導長剣

 床へ落ちた短剣が、赤い魔力路の上で跳ねた。


 レヴィの魔導長剣が、僕の肩を狙って振り下ろされる。


 僕は右へ転がった。


 刃が床を割り、魔力の火花が散った。


 短剣へ手を伸ばす余裕はない。


 僕は制御室の壁を蹴り、反動で立ち上がった。


「武器を失ったな」


 レヴィは、床へ落ちた短剣と僕の足元を見比べた。剣先は下がらない。けれど、すぐに斬り込むのではなく、僕がどの経路へ手を伸ばすかを待っている。


 レヴィが言った。


「なら、制御部を切る必要はない」


 僕は壁際へ追い込まれながら、赤い魔力路の流れを目で追った。短剣がなくても、経路の分岐を読めば操作はできる。


「切るのは、お前だ」


 彼の踏み込みは速かった。


 一撃目が退路を塞ぎ、二撃目が足元を狙う。

 僕は三撃目が来る前に、彼の左足の外へ踏み込んだ。


 レヴィの左足が、わずかに外へ開く。


 次は横薙ぎ。


 僕は魔力路をまたぎ、彼の剣の内側へ入った。


 肘で腕を押し、肩をぶつける。


 魔導長剣の刃が、僕の外套を裂いた。


 皮膚まで届かない。


 だが、現在の身体は軽くない。


 息が一つ遅れた。


 その一つの遅れを、レヴィは見逃さない。


「前世より、動きが鈍い」


「今世の身体に、前世の無茶をさせている」


「それでも、同じ動きをする」


「お前もだ」


 レヴィの刃が、僕の足元を払った。


 跳べば、背後の制御部へ近づく。


 避けなければ、足を失う。


 僕は跳ばず、片膝をついた。


 刃が頭上を抜ける。


 そのまま床へ手をつき、魔力路の脈動を読む。


 一拍。


 二拍。


 三拍。


 炉が出力を切り替える瞬間、床の魔力がわずかに薄くなる。


 僕は、その隙に身体を滑らせた。


 床に落ちていた短剣を拾う。


 レヴィが剣を返すより先に、短剣の柄を彼の手首へ当てた。


 魔導長剣の軌道が逸れる。


「また、武器を取り戻す」


「配達員は、落とした荷物を拾う」


「その冗談は、今も通じると思うか」


「通じなくても、言う」


 僕は短剣を構え直した。


 正面にレヴィ。


 背後に、心臓と制御部。


 脇には、拘束具に囲まれたアーノルドの姿が見える。


 父は灰印の魔力に縛られ、動けない。


 その向こうには、地下炉の揺れで避難区画へ続く壁が崩れかけていた。


「ユーリ、左へ寄るな」


 レヴィが言った。


「そこには父親がいる」


「知っている」


「なら、右へ逃げろ。制御部へ近づけば、俺は止める」


「止めるために、父さんを巻き込むのか」


「父親を置いていくのは、お前だ」


 レヴィの剣が低く走った。僕は受け流し、避難区画へ続く支柱を背にかばう。


 剣の腹が肩をかすめ、外套の布だけが裂けた。痛みより先に、制御環の脈が一つ乱れる。床へ落ちた血が赤い線へ触れ、三本の魔力路が一斉に明滅した。


 父の拘束具が、壁の奥へ向かって伸びている。あれを切れば、父は自由になる。だが、切断の反動は避難区画の壁へ流れる。


 レヴィは剣を振り切らず、僕を後退させる角度へ刃を変えた。


「殺す必要はない」


「必要かどうかを決める時間もない」


 剣が肩口を裂いた。血が床へ落ち、制御環が赤く明滅する。


「動かないでください!」


 セリアの声が飛んだ。


「制御環が揺れています!」


 ヴィンセントが、拘束されたまま笑った。


「帝国も、お前たちも、犠牲を数えている」


「数えるためじゃない。減らすために動いている」


 僕は床の三本の魔力路を見た。一本へ重なる前に戻せば、出力を分けられる。分岐点は、レヴィの背後にある。


 その時、フィーナの通信が入った。


「残り十二分。外側の封印は限界です」


 アーノルドが拘束具の中で身を起こす。


「レヴィ、制御部を切るな」


「親父は黙っていろ!」


「私を切れば、避難民も死ぬ」


 レヴィの切っ先が、僕の喉元で止まった。


「お前はまた、正しいことを選んで誰かを置いていく」


 否定しようとして、言葉が止まる。


 白い粉塵ではなく、背中の留め具を掴まれた感触だけが戻った。


 途切れた通信の向こうで、声が一度だけ響く。


『民間人を、頼む』


 声が消えると、現在の炉の音が戻った。金属管の内部を出力が走り、床の継ぎ目から赤い光が滲む。


 僕は支柱の位置を確かめた。左の一本を折れば、父の拘束具ごと避難区画の壁が落ちる。右の一本を残せば、僕たちの立つ足場が崩れる。


 レヴィは剣を振り上げたまま、僕の動きを待っていた。彼は僕を信用していない。だからこそ、勝手に攻撃を続けず、次の指示を待っている。


 僕は床へ手を当てた。出力は三拍ごとに薄くなる。その一瞬なら、支柱の下にある灰印の枝路へ触れられる。


 次の脈動が来る。


 一拍目。赤い光が壁を走る。


 二拍目。拘束具が父の身体を引いた。


 三拍目。床の魔力が薄くなる。


 僕は、その瞬間を待った。


 短剣の先を、支柱の根元にある細い枝路へ差し込んだ。金属ではなく、古い灰印の一部だ。刃先が触れた瞬間、指先へ冷気が走り、父の拘束具が一度だけ強く鳴った。


 レヴィが踏み込む。僕は正面から受けず、肩を引いて彼の剣を右側へ流した。剣先が制御環をかすめ、赤い光が床いっぱいに走る。足場の一部が沈み、背後から石片が落ちてきた。


 僕は枝路から手を離さなかった。離せば、避難区画へ流れる出力が戻る。握り続ければ、短剣を使ってレヴィの攻撃を止められない。


「左、三歩」


 僕が言うと、レヴィは迷わず三歩ずれた。長剣が落石を受け、僕の頭上から外へ弾く。


「クリア」


 僕は短剣を握り直した。


 刃の先へ、赤い光が一本だけ絡みついた。制御環の脈動が、さっきまでの三拍から二拍へ変わっている。


「次の切り替えで、制御環が反転します」


 フィーナの報告が通信札から届いた。


「反転したら?」


「炉心の出力が、こちらの経路へ戻ります。避難区画の壁が先に受けます」


 レヴィは僕ではなく、崩れかけた支柱を見た。剣を振るう方向を一度だけ変え、落下しそうな石片を横へ弾く。


「なら、次の一撃で決める」


 僕は枝路を押さえたまま、短剣を構えた。彼の剣を受けるのか、制御環へ差し込むのか。選択できる時間は、もう一度の脈動しか残っていなかった。


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