最後の分岐
出力計の数字が、十五から十四へ変わった。
数字が減るたび、地下炉の壁が震える。
王都の地下水路から、石が崩れる音が響いた。
制御室の中央では、黒い制御環が心臓へ食い込んでいる。環の一部は破壊されていたが、残った部品が魔力を無理やり流していた。
「あれを切る」
レヴィが、制御室の奥にある太い制御部を指した。
魔力路の束が、三重封印から心臓へ集まっている。
そこを切れば、帝国の制御は外れる。
同時に、炉へ溜め込まれた魔力が逃げ道を失う。
「切れば、王都の地下へ衝撃が流れます」
セリアが言った。
「制御環を外すだけでは、炉は止まらない。出力の向きを失って、地下全体へ放出する」
「それでも、都市を救うには必要だ」
レヴィが魔導長剣を抜いた。
「地下炉が壊れれば、帝国軍も公爵軍も動けない。王都の中心を犠牲にしてでも、地上の大半は残る」
「大半?」
僕は、制御室の壁に浮かんだ別の表示を見た。
地下炉の北側。
救護区画。
古い避難路に、赤い点がいくつも並んでいる。
数百人分の魔力反応。
アーノルドたちが確保した住民と、負傷した辺境警備隊、地下道から逃げてきた子どもたちがいる場所だった。
「制御部を切れば、北側の避難区画が最初に崩れます」
フィーナの声が、通信札から届いた。
「壁の厚さが足りません。炉の中心から逃げた魔力が、北側の空洞へ流れ込む」
レヴィは、赤い点の並びから目を離さなかった。
剣を握る指が、ひとつずつ白くなる。
「王都の地上には、何万人いると思う」
「数を比べる話ではありません」
「違う。比べなければ、決められない」
レヴィは魔導長剣を構えた。
「ここで全員を救う方法を探している間に、王都全体が崩れる」
「探す」
「時間がない」
「だから探す」
僕は短剣を抜いた。
レヴィの目が、静かに変わった。
「お前は、いつもそうだ」
「何が」
「全員を救うと言いながら、最後は自分一人で答えを背負う」
「今は、誰も置いていかない」
「置いていくさ」
レヴィが一歩進む。
「制御部を切らなければ、王都の住民を置いていく。切れば、父親と避難民を置いていく。どちらかを選べ」
「その二つしかないと、誰が決めた」
「炉の構造が決めた」
「炉の構造を読むのは、僕たちだ」
僕は制御部の周囲へ目を走らせた。
三本の魔力路が、心臓の手前で一本に重なっている。
王家の法印と影班の秘印は、赤い出力を中心へ押していた。
灰印だけが、壁の中へ細く伸び、脈動のたびに逆向きへ揺れている。
瓦礫の向こうで、何かが低く鳴った。
灰印の線は切れていない。塞がれているのは、先端の通路だ。
「フィーナ。灰印の先は、まだ生きている?」
僕が通信札へ口を近づけると、返事の前に石の崩れる音がした。
「生きています。ただし、出口が瓦礫で塞がっています」
「なら、制御部を切る前に開く」
「開く時間は?」
「十四分」
「瓦礫をどかすのか」
「どかさない。出力を北側へ逃がす」
レヴィの魔導長剣が床を擦った。
「失敗したら、俺が制御部を切る」
「その時は、僕を止めて」
返事の代わりに、刃が来た。
レヴィの初撃は右肩を狙っていた。左へ避ける癖を知っているからだ。
僕は右へ踏み込み、短剣の柄で軌道を逸らす。刃がぶつかり、魔力の火花が床へ散った。
身体が重い。長く受ければ、今の脚は先に止まる。
「先に逃げ道を読む」
「塞ぐのが、お前だ」
「塞がなければ、逃げ遅れる」
レヴィが二撃目を振る。僕は後退しながら、制御部ではなく灰印の経路へ短剣を向けた。
「二人とも、説明はあとです!」
セリアがヴィンセントを押さえたまま叫ぶ。
「位置と必要な手だけを言ってください!」
「灰印の最初の留め具を外す」
僕は答えた。
「失敗すれば、父さんと避難区画が巻き込まれる」
「成功すれば?」
「北側へ出力を逃がせる」
レヴィの剣が、短剣を弾いた。僕の指先が床へ触れる。
「行かせない」
「切らない。見ていろ」
灰印の経路の下に、古い救援隊の符号がある。フィーナが読み取った避難誘導印と同じ形だ。
その奥に、瓦礫で塞がれた排出口がある。
力ずくで開ければ、崩落する。
だが、三拍子の切り替えに合わせて、留め具を一つずつ外せば、出力を北側の空洞へ逃がせる。
僕は床へ膝をついた。赤い魔力路が、靴底のすぐ下で脈打っている。熱はないのに、革越しの足裏だけがじわじわ痺れた。
最初の留め具は、灰印の下側に埋まっていた。古い金属を覆うように、新しい封蝋が薄く塗られている。誰かが急いで修理した跡だ。
短剣の先を差し込む。少しでも力を誤れば、封蝋の下に隠れた魔力路が一気に開く。
レヴィの足音が、背後で止まった。剣を構えたまま、彼は僕の手元を見ている。僕が何をしようとしているかを、まだ信じてはいない。それでも、切っ先は僕ではなく、崩れた天井へ向けられていた。
その選択だけで、十分だった。
石壁の内側が低く鳴った。北側の赤い点が揺れ、避難区画の床が沈み始める。
セリアが通信札を耳へ押し当てた。
「北側通路、床が沈み始めました。ヴォルクが支柱を押さえていますが、長くは持ちません」
「パックへ、装甲車の固定具を灰印の枝路へつなげられるか聞いて」
「もう聞いています。返事が――」
通信札の向こうで、金属を叩く音が三つ続いた。短く、重く、一定の間隔だった。
「……できる。ちょっと、むずかしい」
「三拍目の後だけ作業して。手を挟まないで」
「ユーリ、パック、こわれない」
片言の返事の直後、北側の赤い点が一列だけ明るくなった。装甲車の固定具が、古い経路へ接続されたらしい。ほんのわずかな変化だったが、壁の震えが一度だけ止まった。
金属の縁を一目盛りだけ回す。灰印の線が震え、北側の壁の向こうで、空洞へ続く古い弁が低く鳴った。
弁は開ききらない。次の留め具へ手を伸ばす前に、炉の周期が変わる。
「フィーナ、灰印の経路を開く順番を教えてください」
「最初に下側の留め具。次に中央。最後に、扉の近くです」
「聞いたか、レヴィ」
「聞いた。失敗したら、俺が制御部を切る」
「その時は、迷わず止めて」
レヴィは剣を下ろさなかった。
「また、一人で決めるのか」
「違う。お前に止める役割を預ける」
魔導長剣が短剣を弾いた。僕は刃を拾わず、灰印の最初の留め具へ手を伸ばす。
残り、十三分。北側には父と数百人。地上には、さらに多くの住民がいる。




