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『偽りの封印と灰色の伝票』 ~元特務潜入員の配達員は、改ざんされた記録で巨悪を暴く~  作者: NN
王都地下炉・最後の受領編

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赤い脈動、残り十五分

 心臓の出力が上がった直後、地下炉の空間に別の数字が浮かび上がった。


 十。


 フィーナが数字の意味を読み取ろうと、鑑定鏡を構える。


「これは、炉が緊急移行を終えるまでの時間です」


「都市が崩れるまでではないのか」


「違います。炉の起動段階を示している。完全に起動した後、別の出力計が動きます」


 フィーナの言葉が終わる前に、地下炉の奥で何かが折れた。


 金属がねじ切れる音。


 魔力路が一斉に赤く染まる。


「制御部が破壊された!」


 レヴィが叫んだ。


 心臓を囲んでいた黒い制御環の一つが、内側から砕けている。


 破片が床へ落ちる前に、魔力へ変わって消えた。


 制御環の内側に、最初から壊すための仕掛けが仕込まれていた。


 炉の上部に、巨大な投影像が浮かび上がった。


 白い髪。黒い外套。王国の指揮杖。


 ルシアン公爵だった。


「制御部を壊せば、炉は安全装置を失う」


 公爵の声が、地下空間全体へ響く。


「安全装置が必要なのは、力を恐れる者だけだ。王都は今、古い秩序を壊すための燃料になる」


「公爵!」


 アーノルドが前へ出た。


「貴様は、王都の人間をすべて殺すつもりか」


「すべてではない」


 ルシアンは平然と答えた。


「帝国の救援路にいる者と、公爵家へ忠誠を示した者は選別される。必要な人間は、崩壊前に移す」


「誰が必要な人間かを、お前が決めるのか」


「国家を残すために、決断できる者が決める」


 僕は投影像を睨んだ。


「公爵は、王都を救った英雄になるつもりだった。だが、帝国は王都を救うつもりがない。あなたも、帝国に捨てられる」


「帝国が私を捨てる?」


 ルシアンが笑った。


「帝国は、私を必要としている。王都の統治権と、炉の運用権を持つ者がいなければ、帝国は救援軍を名乗れない」


「炉が壊れた後も?」


「壊れた王都を統治する者が必要だ」


 その言葉に、ヴィンセントが初めてルシアンの投影像を見た。


 通信具を失った監察官の顔に、わずかな疑いが浮かぶ。


「公爵。帝国の回収対象は、古代炉の技術です。王国の統治権ではない」


「なら、技術を持つ私が必要になる」


「帝国は、技術を回収した後の協力者を必要としません」


 ヴィンセントが淡々と答えた。


 ルシアンの笑顔が止まった。


 敵同士が、同じ陰謀の中で互いの使い捨てを確認している。


 その間にも、赤い魔力路は広がっていく。


「外から制御部を壊せば、王都の地上が崩れます」


 フィーナが叫んだ。


「地下炉は地上の基礎とつながっている。出力を外へ逃がせば、王宮、街路、地下水路、すべての荷重が一度に崩れる」


「なら、内部へ入る」


 僕は心臓の奥へ伸びる通路を見た。


 炉の中心から、細い足場が何本も伸びている。


 その先には、赤い魔力に包まれた制御室があった。


「内部にある主制御を止める。外側から壊してはいけない」


「主制御へ近づくには、三重封印を維持する必要があります」


 フィーナが扉の周囲へ走った。


「印が一つでも外れれば、座標が崩れます。私がここに残り、三つの封印を固定します」


「一人で保つのか」


 ガウェインが訊いた。


「一人ではありません。印の魔力を、憲兵局の銀板と灰印へ分けます。ですが、誰かが外側から触れれば、私の集中が切れる」


 エレオノーラが黒い秘印の前に立った。


「私が影班の印を守る」


 ガウェインが銀板を握る。


「王家の印は、私が固定する」


 アーノルドは灰色の羽根へ手を置いた。


「救援隊の印は、私が」


「それぞれの過去を、今の炉へ預けるわけですか」


 セリアが呟いた。


「過去を預けるのではありません」


 フィーナは、三つの印を見た。


「過去が残した責任を、今の人間が引き受けるのです」


 心臓の出力が、さらに高くなる。


 外側の三重封印が赤く明滅した。


 扉の奥から、熱風が吹き出す。


「行け!」


 フィーナが叫んだ。


 僕とレヴィ、セリア、ヴィンセントが、炉の内部へ続く足場へ走る。


 ヴィンセントは手を拘束されていない。


 だが、彼の通信具は壊れている。帝国軍へ命令を送ることも、制御環を遠隔操作することもできない。


「なぜ、彼を連れていく」


 レヴィが訊いた。


「制御部品の接続手順を知っているからです」


 セリアが答えた。


「彼を置いていけば、帝国兵が救出し、別の制御具を使う」


「敵を味方の中心へ連れていくのか」


「味方の中心ではありません。炉を止めるための監視対象です」


 セリアはヴィンセントから目を離さなかった。


「彼が生きていれば、帝国の計画を証言できます」


「証言すると思うか」


「思いません。ですが、証言できる状態で捕らえる必要があります」


 足場の下で、赤い魔力が渦を巻く。


 落ちれば、身体ではなく魔力として炉へ吸われる。


 レヴィが前を走り、崩れた足場を魔導剣で切り落とした。


「この先は、二人分しか通れない」


「ヴィンセントを先に」


 セリアが言った。


「彼は制御部品の位置を知っている」


「裏切られるぞ」


「分かっています」


 セリアは、ヴィンセントの背へ魔導銃を向けた。


「裏切るなら、撃てる距離に置きます」


 ヴィンセントは振り返らなかった。


「帝国軍人が、敵に銃を向けて脅すのか」


「もう、帝国軍人ではありません」


「なら、何だ」


「人を殺さないと決めた人間です」


 ヴィンセントの足が止まった。


 正面の制御室へ、黒い制御環が伸びている。


 その中心に、破壊された制御部があった。


 ルシアン公爵が壊した部分から、魔力が漏れている。


 フィーナの声が、遠くの通信札から届いた。


「内部へ入ったら、制御部を外側へ引き抜かないでください! 炉の座標がずれます!」


「どう止める」


 僕が訊く。


「制御部を壊すのではなく、流れを内側へ戻す。三拍子の周期を逆転させれば、出力を心臓へ返せる可能性があります」


「可能性?」


「成功すれば、炉は停止します。失敗すれば、王都の地下基礎が崩れます」


 レヴィが、僕を見た。


「時間がない」


「分かっている」


「なら、正解を選べ」


 彼の声に、前世の記憶と同じ冷たさが混じった。


 僕は制御室の奥へ目を向けた。


 赤い光の中で、出力計が新しく点灯している。


 数字が一つずつ浮かび上がる。


 十五。


 今度は、起動までの時間ではない。


 都市消滅までの残り時間。


 炉が強制起動した。


 王都の地下で、古代兵器が目を開いた。


 出力計の文字が、冷たく光る。


 ――都市消滅まで、残り十五分。


 フィーナが通信札を握り直した。


「これからの報告は、位置、変化、必要な手だけにしてください。説明は、一息で終わる長さに」


 誰も返事をしなかった。返事をする時間さえ惜しかった。


 僕は短剣を抜き、レヴィは魔導長剣を構える。ここから先は、言葉より先に手を動かす。


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