↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『偽りの封印と灰色の伝票』 ~元特務潜入員の配達員は、改ざんされた記録で巨悪を暴く~  作者: NN
王都地下炉・最後の受領編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

68/121

監察官の道

 石の扉が、ゆっくりと開いた。


 扉の奥にあったのは、古代炉の中心へ続く巨大な空間だった。


 床には三本の魔力路が走り、壁の奥へ伸びている。中央には円形の台座があり、その周囲へ帝国式の黒い制御環が取り付けられていた。


 台座の上で、禁忌の心臓が一定の間隔で脈打つたび、黒い制御環が赤く光った。


 誰かが手で運び込んだ形跡はない。

 台座の脇には、白布の焦げた切れ端と、魔導装甲車の固定具と同じ金属の留め金が落ちている。受領路が荷を受け取った後、台座側の封印が箱だけを開いたのだ。

 心臓の底には、さきほど魔導装甲車の固定具に残っていたものと同じ三本の溝が、赤い光を帯びている。


「車から、ここへ移されたのか」


 レヴィが魔導剣へ手をかける。


「はい。三重の印で座標が固定された瞬間、車内の固定具が出発側、この台座が受領側として動いたんです」


 フィーナが鑑定鏡を覗いた。


「心臓を運んだのは、地下に掘られた通路ではありません。古代炉が持つ受領路です。敵は台座側の受領口を、先に帝国式の制御環で起こしていました」


 フィーナは鑑定鏡を閉じ、魔導装甲車の固定具を指した。


「この受領路は、古代炉が暴走兵器として使われる前に、災害時の物資を運ぶために各地へ張り巡らされていたものです。旧塩鉱道の調査車へ組み込まれていたのは、その接続片が補強材として再利用されていたからです」


 フィーナは、魔導装甲車の固定具に残った三本の溝を記録板へ写し取った。誰かが後世の車両へ受領口を新設したのではない。古代の救援設備が、意味を失ったまま辺境の車体へ残されていたのだ。


「心臓を、炉へ固定したのか」


「固定しただけではありません」


「制御環が三重封印の魔力を吸い上げています。王家、影班、救援隊。三つの印を、帝国式の一つの命令へまとめようとしている」


 台座の前に、一人の男が立っていた。


 白い軍服に黒い外套。


 胸元には、帝国監察院を示す銀の徽章がある。周囲に兵士はいなかった。必要がないのだろう。


 男の右手には、三つの輪が組み合わさった制御部品。


「帝国監察官ヴィンセント」


 セリアが呟いた。


 ヴィンセントは、彼女を見た。


「潜入員セリア。帰還命令を無視し、偽物を渡し、敵対組織へ情報を漏らした者」


 名前を呼んでいるのに、声には人間へ向ける温度がなかった。


 兵器の型番を読み上げるような呼び方だった。


「私の名前を知っているなら、なぜ処刑命令を出したのですか」


「知っているからだ。任務に失敗した潜入員を、別の任務へ使うことはできない」


「私は、心臓の所在を報告します」


「すでに知っている。古代炉の受領路が開くよう、こちらの台座を先に起こしていた。装甲車の固定台は出発側、ここは受領側だ。三つの印が座標を固定した瞬間、心臓は運び手の手元からこちらへ移る」


 ヴィンセントは制御部品を台座へ近づけた。


 心臓の脈動が強くなる。


 王都の地下から、遠くの建物が軋む音が返ってきた。


「君が本物を運んだことも、偽物を用意したことも、すべて監視されていた。偽物が輸送車内で起動した時点で、君の任務は失敗した」


「なら、なぜ自分で心臓を止めない」


 僕が訊いた。


「帝国は、古代炉を止めるために来たのではない」


 ヴィンセントは、王都の地下深くにある炉を見上げた。


「王都を滅ぼした後、心臓の技術だけを回収するために来た」


 空間の壁に、帝国式の投影図が浮かび上がる。


 王都地下炉の構造。


 心臓の魔力路。


 王都全体から吸い上げられる魔力の流れ。


「炉が最大出力へ達すれば、地下水路と基礎が崩れる。王宮も、貴族区画も、住民区画も区別なく沈む」


「帝国軍も巻き込まれる」


 ガウェインが言った。


「救援部隊として入った兵士たちは、王都に残るつもりではない。制御環と心臓の技術を回収する部隊だけが、あらかじめ決めた地下路から離脱する」


「地上の兵士は?」


「帝国の兵士だろうと、公爵の兵士だろうと、王都の住民だろうと、作戦終了後の損失に含まれる」


 ヴィンセントは淡々と答えた。


「帝国に必要なのは、壊れた都市から回収できる技術だけだ」


 アーノルドが前へ出る。


「ルシアン公爵は、王国を支配できると思っている」


「彼は、そう思う必要がある」


 ヴィンセントの口元に、薄い笑みが浮かんだ。


「公爵は王国を救った英雄になる。帝国軍を招き入れ、国王から指揮権を奪い、混乱後の臨時政権を作る。だが、炉が壊れた後に、彼の政権が必要かどうかは別の話だ」


「最初から、公爵も使い捨てるつもりだったのか」


「協力者は、目的を達成するまで協力者だ。達成した後は、記録の中に残すか、消すかを帝国が決める」


 セリアの顔から、血の気が引いた。


 彼女は帝国の命令を信じていた。


 命令が法であり、帝国は約束を守ると教えられていた。


 けれど、ヴィンセントが口にしているのは、命令の外側にある計算だった。


「孤児院の非戦闘員を保護する命令は?」


 セリアが訊いた。


「攻撃の初期段階で、作戦の邪魔にならないようにするための措置だ」


「保護した後は?」


「記録に残る必要はない」


 その答えを聞いて、セリアの左手が震えた。


「子どもたちは、帝国の国民ではありません」


「敵国の住民だ」


「薬を受け取った子どもも?」


「敵国の住民だ」


「私を育てた施設も?」


「敵国の施設だ」


 同じ言葉を繰り返すだけで、ヴィンセントの声は揺れなかった。


 セリアが見ていた帝国は、命令を守る国だった。


 ヴィンセントが見ている帝国は、命令以外のものを切り捨てる国だった。


「セリア」


 ヴィンセントは、彼女へ視線を戻した。


「最後の命令を伝える」


 彼の肩にある黒い通信具が、赤く点灯する。


 魔導通信を通して、帝国軍全体へ命令が流れた。


 ――潜入員セリアを反逆者に指定。

 ――抵抗した場合、現場の帝国兵は処分を許可。

 ――対象の処刑を、監察官の権限で実行する。


 通信は現在のものだった。


 記録を後から書き換えたのではない。


 今この瞬間、帝国がセリアを切り捨てた。


 通信が切れた直後、扉の左右から帝国兵が姿を現した。


「セリア、こちらへ来い」


 ヴィンセントが言った。


「命令に従えば、苦痛は短い」


 セリアは動かなかった。


 レヴィが一歩前へ出る。


「こいつを殺すなら、俺が――」


「動かないでください」


 セリアが止めた。


「ヴィンセントの手元にある制御部品が、心臓とつながっています。彼を倒せば、制御部品が破壊されるかもしれない」


「なら、なおさら先に倒すべきだ」


「違います」


 セリアは、ヴィンセントから目を離さなかった。


「私は、彼を知っています。彼は、部品を壊すような持ち方をしない。制御部品を手放す時も、必ず魔力路を閉じる」


「敵をかばうのか」


「敵の手順を説明しています」


 セリアはそう言ったが、声の奥には別のものがあった。


 彼女は、最後まで自分の経験を任務として扱おうとしている。


 その方が、心が壊れずに済むからだ。


 僕はヴィンセントの肩にある通信具を見た。


 帝国軍へ命令を送る装置。


 あれがある限り、地上と地下の部隊はヴィンセントの命令で動く。


 だが、今は手が届かない。


 心臓と制御部品をつないだまま、彼の前へ近づく必要がある。


「セリア」


 僕は呼びかけた。


 彼女がこちらを見る。


「命令を守るなら、命令の最後まで聞け」


 ヴィンセントが、腰の魔導銃を抜いた。


 銃口はセリアへ向けられている。


 けれど、彼は撃たなかった。


 魔導銃を床へ置き、足でセリアの方へ滑らせる。


「帝国軍人として、最後の命令だ」


 ヴィンセントは冷たく言った。


「お前が撃て」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。