白銀の援軍
王都北側の街路で、辺境警備隊の魔導装甲車が雪煙を巻き上げた。
その後ろには、荷車が三台続いている。
積まれているのは食料と毛布、避難民の荷物だけだった。
少なくとも、外からはそう見える。
「前方、封鎖線!」
隊員が叫んだ。
公爵軍の兵士が、街路いっぱいに盾を並べている。盾の後ろには、魔導弩と重い魔導砲が据えられていた。
公爵家の旗が風に揺れている。
だが、隊列の中央にいる輸送車には、帝国式の黒い封印が刻まれていた。
王都へ持ち込まれた制御部品を、地下炉へ運ぶ車両だ。
「補給線は、敵の命綱だ」
先頭の魔導装甲車から、ヴォルクが身を乗り出した。
「食料、魔導弾、冷却具。どれか一つを止めれば、あいつらは地下で戦い続けられない」
「正面から壊す?」
パックが運転席から訊いた。
「正面ではない。左の雪壁を使う」
ヴォルクは、街路の端に積もった雪を指差した。
「三日前の吹雪で、下に古い排水溝ができている。魔導装甲車の重さなら崩せる」
パックは周囲を見た。
人間語での返事はまだ短い。話す練習中だからだ。だが、彼女はヴォルクの指の向き、雪面の硬さ、敵の魔導砲の角度をすべて理解していた。
「左、雪。落とす。敵、右、撃つ」
「そうだ」
ヴォルクは短く答えた。
「避難民の荷車は、俺たちが道を開けてから通す」
パックは計器を三度叩いた。
魔導装甲車の魔導炉が低く唸る。
「パック、行く」
アクセルを踏み込むと、魔導装甲車が雪壁へ突っ込んだ。
雪が崩れ、下に隠れていた石組みの排水溝が割れる。
車体が大きく傾いた。
公爵軍の魔導砲が火を吐く。
魔導弾は魔導装甲車の右側を掠め、雪と石を吹き飛ばした。
パックはハンドルを切らない。
敵が右側へ照準を集めているなら、左の崩れた排水溝をそのまま走る。
「パック、少し速度を落とせ!」
ヴォルクが叫んだ。
パックは聞いている。
聞いた上で、速度を落とさなかった。
排水溝の底に、子どもを乗せた避難荷車が見えたからだ。
魔導装甲車が前へ出なければ、後ろの荷車が魔導砲の射線へ入る。
「パック、聞いた。でも、今、止まらない」
彼女は片言で答えた。
「後ろ、子ども。先、パック、守る」
ヴォルクは一瞬だけ黙った。
それから、隊員へ怒鳴る。
「聞いたか! パックの判断を信じろ! 俺たちは左右の射線を切る!」
辺境警備隊が雪壁の陰から飛び出した。
魔導弾を撃ち返すのではなく、公爵軍の照準具と輸送車の車輪を狙う。
封鎖線の盾が崩れ、重魔導砲の台座が傾いた。
パックの魔導装甲車が排水溝の底を走り抜け、封鎖線の横腹へ回り込む。
車体の後部扉が開いた。
「今、みんな、走る!」
パックが叫んだ。
避難民の荷車が、魔導装甲車の後ろから順番に抜けていく。
老人を乗せた荷車。
診療所の患者を運ぶ台車。
毛布に包まれた子どもたち。
公爵軍の兵士が追おうとするが、ヴォルクが道の中央へ立った。
雪の中で、灰色の外套が白銀に映える。
「白銀の追跡者を、舐めるなよ」
ヴォルクは折れた槍を構えた。
「辺境の道は、王都の地図より長く歩いている」
公爵軍の兵士が一斉に魔導銃を向ける。
ヴォルクは後ろの住民を見ずに、足元の雪を蹴った。
雪煙が壁のように立ち上がる。
魔導弾が白い幕を抜ける前に、辺境警備隊の魔導犬が左右から走り込んだ。兵士の足元へ鎖を絡め、盾の列を崩す。
「殺すな!」
ヴォルクが叫ぶ。
「こいつらは、命令を受けているだけだ。武器を捨てさせろ!」
公爵軍の一部が、武器を下ろした。
だが、輸送車を守る兵士たちは退かなかった。
彼らの動きは、公爵軍の兵士とは違う。
周囲の避難民を見ない。
誰が倒れたかを確認しない。
制御部品の積まれた車両だけを守っている。
帝国兵だ。
ヴォルクは、その動きから正体を見抜いた。
「パック、中央の輸送車を止める!」
パックは返事をしなかった。
彼女はもう、魔導装甲車を輸送車の前へ回している。
敵の魔導砲が魔導装甲車へ向く。
パックは車体を斜めに止め、後部を避難路へ向けた。
攻撃を受ければ、魔導装甲車が盾になる。
反対に、敵が避難路を狙えば、魔導砲の側面が無防備になる。
彼女は敵の選択肢を二つに絞り、どちらを選んでも住民が逃げられる位置を取っていた。
「パック!」
ヴォルクが呼ぶ。
「分かっている」
「長い言葉、話せない」
パックは魔導装甲車の計器を三度叩いた。
「でも、運転、できる」
「そうだ。お前は、運転できる」
ヴォルクは、彼女の判断を奪わなかった。
魔導装甲車の前部から、短い魔導弾が二発飛ぶ。
輸送車の前輪と、魔力供給具を撃ち抜いた。
帝国兵が慌てて制御部品の箱を抱え、別の車両へ運ぼうとする。
辺境警備隊が先回りし、雪に遮断杭を打ち込んだ。
帝国式の魔力路が凍りつく。
車列の魔導灯が、一つ、また一つと消えた。
「補給線、切れた」
ヴォルクが言った。
「地下へ送る部品も、冷却具も、これで止まる」
だが、彼の言葉が終わる前に、魔導装甲車の計器が赤く点滅した。
遠く、王都の中心方向から低い音が、一定の間隔で三度届いた。
魔導装甲車の中央に固定された心臓の箱が、内側から震えている。
「ユーリたちの班に、連絡を」
ヴォルクが言った。
パックが通信札へ手を伸ばす。
しかし、通信札の表面に文字が浮かぶ前に、魔導装甲車の床が大きく揺れた。
白布の箱の下から、細い光が伸びる。
光は床を抜け、地下の暗闇へ潜っていく。
光の表面に、地下炉の中心にある円形の台座が一瞬だけ浮かんだ。
車内の固定具の内側にあった三本の溝と、台座の受け口が同じ形で重なっている。
フィーナからの通信が、雑音混じりに届いた。
「心臓が、地下炉の魔力路を拾っています。……いえ、炉の奥にある受領台の座標まで」
「接続される前に、固定具を外してください!」
その直後、フィーナの声が一度だけ途切れた。
「車内の固定具にある三本の溝が、古代炉側の受領口と一致しています。あれは荷箱を車体へ留めるだけの器具ではありません。受け取る側が先に起きれば、心臓は車体から移されます」
ヴォルクが箱へ手を伸ばす。
だが、固定具はすでに動かなくなっていた。
パックが両手で引いても、金属はびくともしない。
「これ、外れない」
「魔力路が魔導装甲車を経由して、地下炉へ接続している」
ヴォルクが車体の下を見た。
「切れば、心臓の出力が地上へ流れる」
王都の街路に並ぶ魔導灯が、ひとつずつ色を変え始めた。
白い灯りが、赤へ変わる。
北門。
中央通り。
王宮の外壁。
地下炉の起動を知らせる赤い光が、王都全体へ広がっていく。
ヴォルクは、赤く染まる街を見た。
「王都が、炉の出力を受け始めた」
パックが心臓の箱へ手を置く。
冷たいはずの箱が、わずかに熱を持っていた。
「ユーリ、急ぐ」
魔導装甲車の床の下で、古代炉の脈動が強くなる。揺れが車体全体へ広がった直後、王都の魔導灯が一斉に赤く変わった。




