封鎖された王都
旧塩鉱道の分岐で魔導装甲車を降りた後、ガウェインとフィーナは中央中継塔へ向かっていた。証拠袋を持つ二人は地上へ出る必要があり、他の二班とはそこで別れた。
王都中央の魔導鐘が、夜明け前から鳴り続けていた。
一度目は、戒厳令の発令。
二度目は、北門の封鎖。
三度目は、王国軍の指揮権がルシアン公爵へ移ったことを知らせる布告だった。
鐘が鳴るたび、街路から人の声が消えていく。
店の扉が閉じ、荷車が脇道へ追いやられ、王都の中央通りに公爵家の旗だけが並んでいた。
旗の下にいる兵士たちは、王国軍の装備を身につけている。
しかし、彼らの命令書はすべて公爵家の印で発行されていた。
「公爵軍が、南側の避難路を封鎖しました」
魔導通信札から、特務捜査隊の若い隊員の声が届く。
「理由は、反乱組織の逃亡を防ぐため。住民の移動も禁止されています」
「住民を閉じ込めて、地下炉の起動に巻き込むつもりか」
ガウェインは通信札を握った。
「避難を優先する。公爵軍の輸送路を止めろ」
「ですが、正式な命令では――」
「正式な命令が、住民の退路を塞いでいる」
ガウェインは王都中央の交差点へ歩き出した。
「命令書が正しいかどうかは、紙の印だけでは決まらない。誰が、何のために出したかを確認する」
彼の隣にはフィーナがいる。
彼女は証拠袋を抱え、王家の印を重ねた偽布告の写しを何度も確認していた。
「王家の魔力層は途中で途切れています」
「分かっている」
「それでも、公爵軍は従う」
「従っているのではない。従わされている」
ガウェインの目は、街路の先に並ぶ兵士たちを見ていた。
「恐怖で命令を通している。なら、恐怖より先に避難する道を作る」
交差点には、王都北部から逃げてきた住民が集まっていた。
老人を乗せた荷車。泣き疲れた子ども。診療所から運び出された患者。
誰も武器を持っていない。
それでも、公爵軍は彼らへ魔導銃を向けていた。
「ここから先は通行禁止だ!」
公爵軍の隊長が叫んだ。
「戒厳令により、すべての住民は指定区画へ戻れ!」
「指定区画はどこですか」
ガウェインが前へ出た。
「この住民たちを、どこへ戻す命令です」
「特務捜査隊の人間が口を挟むことではない」
隊長は命令書を掲げた。
表面には王家の印。下には公爵家の封蝋。
「国家防衛総監の命令だ。逆らう者は反乱幇助として拘束する」
「その命令書を見せてください」
「貴様に確認する権限はない」
「あります」
フィーナが証拠袋から鑑定鏡を取り出した。
「王家の印が押された時刻と、公爵家の封蝋が固まった時刻が逆です。王家の印が先に押されたなら、その上へ公爵家の封蝋を置いた時点で魔力層が乱れる。しかし、この紙では王家の印が後から重ねられている」
隊長の顔色が変わった。
「それが何だ」
「王家の命令ではないということです」
ガウェインは、隊長の手から命令書を奪わなかった。
物証に触れず、周囲の兵士へ聞こえるように言った。
「この命令書は、公爵家が先に作った。王家の印は後から重ねた。誰が正式な権限を持つか、ここにいる全員が確認できる」
ガウェインの胸元で、特務捜査隊の銀札が熱を持った。上級指揮所からの召還通知だった。
「ガウェイン特務捜査官、応答しなければ現場指揮権が停止されます」
若い隊員が、震える声で伝える。
「避難が終わるまで返事をしない」
「それでは、職務を失います」
「分かっている」
ガウェインは銀札を伏せた。
「私が恐れているのは、権限を失うことではない。命令に従っている間に、住民の退路が消えることだ」
兵士たちの間に、ざわめきが広がった。
隊長が魔導銃を抜く。
銃口の先には、ガウェインではなく、白布の内側へ退けきれない住民と荷車が重なっていた。引き金を引けば、避難路の中へ弾が通る。
ガウェインは一歩も退かなかった。
「撃てば、住民の前で公爵軍が特務捜査官を殺したことになる」
「拘束しろ!」
隊長が命じた。
公爵軍の兵士が動くより早く、特務捜査隊の隊員が左右の路地から現れた。
彼らは剣を抜いていない。
街路へ白い布を張り、住民を建物の中へ誘導している。
「南側の診療所を開けろ!」
「子どもを先に通せ!」
「荷車は壁際へ寄せて、中央を空けろ!」
特務捜査隊は、公爵軍との戦闘ではなく、避難路の確保を始めた。
それが公爵軍にとっては、命令への反抗と同じだった。
魔導弾が地面へ撃ち込まれる。
石畳が砕け、住民が悲鳴を上げた。
ガウェインは隊員たちへ叫ぶ。
「防御だけにしろ! 撃つのは武器と車輪だ!」
特務捜査隊の魔導弾が、公爵軍の魔導銃の先端と輸送車の車輪を次々に撃ち抜いた。
兵士の身体を狙わず、追跡と封鎖に使われている道具だけを壊す。
公爵軍の隊長が、信じられないものを見る顔をした。
「貴様らは、命令に逆らうのか!」
「法を守るために、違法な命令を止めている」
ガウェインが答えた。
「住民を炉の近くへ閉じ込める命令は、国家防衛ではない」
その時、通りの奥から別の荷車が現れた。
白い布を屋根に掲げ、負傷者を乗せている。
先頭に立つのは、特務捜査隊記録課の若い男だった。
カイル。
彼は本来、拘束されたまま特務捜査隊本部に残るはずだった。だが、記録課の臨時搬送札を作り、避難荷車に紛れて抜けてきたらしい。
「カイル。なぜここにいる」
ガウェインが問う。
「家族の避難先が、南側の封鎖区画にあります」
カイルは早口で答えた。
「公爵軍の命令書があれば、通過できると思いました」
「命令書は偽造になる」
フィーナが言った。
「分かっています」
カイルは一枚の紙を差し出した。
「だから、偽造しました」
紙には、公爵家の輸送印が押されている。
公爵軍の書式。隊長の署名欄。避難路の通行許可。
見た目だけなら、本物と区別できない。
だが、魔力層は薄かった。
高位の鑑定士なら、すぐに偽物だと見抜く。
「これは、あなたの罪になります」
ガウェインが言った。
「前にも、命令書を流しました」
カイルは、紙を握りしめた。
「家族を助けるためだと言い訳して、誰かを危険にしました。今度も、偽造です。罪が消えるとは思っていません」
「それでも作ったのか」
「本物の命令は、住民を死なせるために使われています」
カイルは顔を上げた。
「なら、偽物の命令で生きる道を開きます」
早口ではなかった。
一文ずつ、言葉を確かめるように話している。
「これを使えば、二つ目の検問を抜けられます。公爵軍の輸送係は、書式よりも署名と封蝋しか見ません。三つ目の検問には、家族を連れていく荷車を先に通します」
フィーナが紙を鑑定鏡で調べた。
「偽造ですが、避難路を開く目的で使われたことは確認できます」
「確認できるんですか」
「紙の繊維に、あなたの手の汗と、公爵軍の封蝋を削った跡が残っています。あなたが作った物証として残ります」
カイルの喉が動いた。
「証言します」
「今度は逃げないと?」
ガウェインが訊いた。
「逃げません。家族を助けた後、すべて話します」
ガウェインは、しばらくカイルを見た。
それから、偽造命令書を受け取った。
「この命令書を使う。ただし、保全する」
「逮捕は?」
「避難が終わった後だ」
カイルは驚いた顔をした。
「罪を消すわけではない。証人として生きていてもらう」
ガウェインは、公爵軍の隊長へ偽造命令書を掲げた。
「南側検問所へ、負傷者の搬送命令が出ている。通行を認めろ」
「その命令書は――」
「公爵家の署名だ」
隊長は紙を見て、魔力を読み取ろうとした。
その瞬間、遠くの路地で魔導鐘が鳴った。
公爵軍の別部隊が、住民の避難先を見つけた合図だった。
隊長が振り返る。
その隙に、カイルは荷車を南へ進めた。
特務捜査隊の隊員が白布を掲げ、子どもと患者を誘導する。
ガウェインは最後まで交差点に残り、公爵軍の輸送車を止め続けた。
「ガウェイン特務捜査官!」
部下が叫ぶ。
「敵の増援です!」
通りの先から、新しい部隊が歩いてくる。
公爵家の旗を掲げている。
王国式の鎧を身につけている。
だが、足音が揃いすぎていた。
兵士たちは誰も王都の街路を見ていない。
交差点、屋根、魔導通信塔、地下水路の蓋。
戦場になる場所だけを見ている。
先頭の兵士が、外套の襟を直した。
その下から、黒い金属の胸当てが覗く。
帝国式の軍装だった。
公爵軍の旗の下に、帝国兵が混じっている。




