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『偽りの封印と灰色の伝票』 ~元特務潜入員の配達員は、改ざんされた記録で巨悪を暴く~  作者: NN
王都地下炉・最後の受領編

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地下へ向かう車輪

 古い地図に伸びた光の線は、王都の中心へ向かっていた。


 魔導装甲車の揺れに合わせて、羊皮紙の上の線もわずかに震えている。


 地上の王都を示す地図ではない。


 城壁の下。王宮の下。地下水路と旧塩鉱道が複雑に重なった、もう一つの王都だった。


「この線は、現在の魔力の流れを示しています」


 フィーナが地図の端を押さえた。


「古い地図に記された道ではない。地下炉が起動準備へ入ったことで、休眠していた魔力路が一時的に開いている」


「心臓が王都へ近づいているからか」


「心臓だけではありません。帝国の制御部品も、地下炉の周辺で接続されようとしている」


 魔導装甲車の中央で、白布に包まれた箱が低く三度脈打った。パックはその間隔に合わせて、計器を三度叩いた。


「次、道、変わる」


 彼女は片言で言った。


 ヴォルクが地図を覗き込む。


「パックは、地下炉の周期に合わせて道が開閉すると言っている」


「違う」


 パックは首を振った。


 地図の三本の線を順番に指差し、最後に心臓の箱を指す。


「道、開く。心臓、呼ぶ」


 人間語だけなら短い言葉だった。


 だが、彼女は三本の線のうち、一本が一度だけ明るくなったことを見逃していない。


「心臓が、地下炉へ近づくほど、古い経路が開く」


 僕が言い直すと、パックは大きくうなずいた。


「それ」


「道が開くなら、一台の魔導装甲車で全員が進む」


 レヴィが提案した。


「王都の地下へ入った後は、全員で心臓を守る」


「それでは、敵もこちらの目的を一つに絞れます」


 僕は地図の三本の線を見た。


「全員が同じ場所へ向かう必要はありません。むしろ、三つの封印を三組に分けて動かすべきです」


 車内に沈黙が落ちた。


「王家の封印は、王都中央の中継塔へ。影班の封印は、地下炉の制御室へ。救援隊の封印は、住民の避難路を確保する」


 僕は地図の線を三本の指で押さえた。


「三つが別々に動けば、帝国は心臓を追いながら、王都の中継も、避難路も、同時には潰せない」


「三組に分かれれば、互いに助けられなくなる」


 ガウェインが言った。


「その通りです。だから、誰か一人が倒れても、残りの二つが動き続ける構成にする」


「人を駒にするのか」


 アーノルドが低く言った。


「駒にはしません。役割を預けます」


 僕は父を見た。


「一人で全部を守ろうとすると、敵に判断を縛られる。僕たちは、別々の場所で同じ目的を守る」


 レヴィが、短く息を吐いた。


「それは、前にお前が言っていたやり方か」


 過去の作戦を知るレヴィだけが、僕の言葉の奥を探ろうとした。


「今の僕たちに必要なやり方です」


 僕は答えた。


 それ以上は説明しなかった。


 ここにあるのは、今の世界の地下炉と、今の仲間たちだ。


 過去の記憶は判断を補うことはできても、誰かの代わりに決断はできない。


「分担を決めます」


 フィーナが地図へ赤い糸を置いた。


「王家の封印は、王都中央の魔導通信塔にある。戒厳令の中継に使われているため、公爵軍が守っているはずです」


「私とフィーナが行く」


 ガウェインが言った。


「王国法と物証を、王都中の中継塔へ流す。公爵の布告が正当でないことを、複数の場所へ同時に知らせる」


「通信は妨害されます」


「だから、記録を一つの塔に預けない。複数の証人と物証を、それぞれ別の塔へ持ち込む」


 フィーナが赤い保存糸で束ねた証拠袋を抱えた。


「王家の印が本物でないことを、鑑定できる者にも見せます」


「影班の封印は、僕とレヴィで」


 僕が続けた。


「心臓を追い、帝国の制御部品を外す。セリアには地下経路の案内を頼みます」


 セリアはうなずいた。


「帝国の特務部隊が使う合図と、監察官の部品が置かれる場所を知っています」


「ただし、帝国もあなたを知っている」


 レヴィが言った。


「案内役が途中で殺される可能性は高い」


「その場合は、記憶している道をあなたたちへ伝えます」


「死ぬ前提か」


「潜入員だった時から、任務はそういうものです」


 セリアは淡々としていた。


 僕は彼女の左手を見た。


 帝国式身分証を焼いた指先が、まだ赤くなっている。


「死ぬ前提で動くな」


「ユーリさん」


「お前が倒れれば、帝国の命令が一つ減るだけです。生きて証言する方が、帝国にとっては困る」


 セリアはしばらく僕を見た。


「分かりました。生きて案内します」


「救援隊の封印は、私たちが担当する」


 アーノルドが言った。


「ヴォルク、王都へ入ったら避難路を開け。軍事部門の強硬派が先に動いている可能性がある」


「強硬派なら、俺が止める」


 ヴォルクが槍の折れた柄を握る。


「辺境の住民だけを守るつもりはない。王都の人間も、地図の上の数字ではない」


 父がヴォルクを見た。


「十四年前のことを、許すのか」


「許していない」


「それでも手を貸すのか」


「お前を許すことと、住民を見捨てることは別だ」


 ヴォルクの声は低かった。


「俺は、現場を選ぶ」


 パックが運転席で、計器を三度叩いた。


 遠くで、地面の下から響くような音が返ってくる。


 魔導装甲車の床が小さく震えた。


「帝国軍が、もう地下へ入っています」


 フィーナが地図を見た。


 王都地下炉の北側で、赤い点が二つ動いている。


 一つは帝国式の黒い印。


 もう一つは、羽根形の印を逆さにしたものだった。


「黎明の瞳の強硬派です」


 レヴィが言った。


「父さんの命令を無視して、帝国軍を攻撃している」


「帝国と公爵を倒すためなら、王都の地下も戦場にするつもりか」


「地下炉の制御部品を壊せば、帝国の計画は止まると思っているのでしょう」


 僕は地図を見つめた。


「でも、制御部品が三重封印へ接続されれば、破壊した魔力が炉へ流れ込む」


「強硬派は、心臓を壊すつもりです」


 セリアが気づいた。


「帝国軍は制御部品を守る。強硬派は制御部品を壊す。どちらも、地下炉を最大出力へ近づけている」


 地図の赤い点と灰色の点が、同じ中心へ向かっている。


 上では、公爵軍が王都の街路を封鎖している。


 下では、帝国軍と黎明の瞳が、古代炉を挟んで衝突している。


 戦場は、すでに始まっていた。


 魔導装甲車が旧塩鉱道の入口へ滑り込む。


 雪の下に隠れていた巨大な鉄扉が、地図の光に反応して開いた。


 扉の向こうから、冷たい空気が吹きつける。


 王都の地下へ続く道。


 僕たちは三つの班に分かれた。


 ガウェインとフィーナは、証拠袋を抱えて中央中継塔へ向かう。


 アーノルド、ヴォルク、パックは、救援路と住民の避難を確保する。


 僕、レヴィ、セリアは、心臓と帝国の制御部品を追う。


「誰かが戻れなくなったら」


 ガウェインが訊いた。


「残った者が、記録を持って進む」


 僕は答えた。


「一人の生存に、全部を賭けない。三つの封印を、三組で守る」


 全員が、それぞれの道へ入っていく。


 最後に残ったパックが、僕の袖を引いた。


「ユーリ、戻って」


「戻る」


「絶対?」


「絶対だ」


 パックは僕の目を見てから、短くうなずいた。


「分かった。なら、パック、みんな、戻る」


 彼女はヴォルクの後を追い、救援路へ消えた。


 僕たちは地下炉へ続く暗い通路を進む。


 奥から、金属がぶつかる音が聞こえる。


 魔導弾が壁を削る音。


 誰かの叫び。


 そのすべての下で、古代炉の低い脈動が一定の間隔で三度響き、それから、これまでより長い沈黙が落ちた。


 次の瞬間、王都の地下深くから、心臓の起動音が鳴った。


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