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『偽りの封印と灰色の伝票』 ~元特務潜入員の配達員は、改ざんされた記録で巨悪を暴く~  作者: NN
王都地下炉・最後の受領編

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パックの魔導装甲車

 要塞を出た魔導装甲車は、そのまま旧塩鉱道へ入った。救護区画から先に出た搬送班を追うためだ。


 要塞から第二分岐までは、崩れた雪道を迂回しながら数時間かけて進んでいた。そこから先は、旧塩鉱道の直線路が王都北側の地下搬入口へつながっている。搬送班は避難民を王都へ向かう本隊へ引き渡すため、ここで隊列を分けていた。心臓を隠した荷車だけが、狭い旧道を抜ける順番を待って、分岐の内側で止まっていた。


 魔導装甲車の運転席から飛び降りたパックは、雪の上で両腕を大きく振った。


「みんな、こっち、のってー!」


 片言の声は明るかったが、魔導装甲車の状態は明るくなかった。


 右側の装甲板が剥がれ、魔導灯は半分しか点いていない。後部の車輪には帝国軍の魔導弾が掠めた跡があり、車体の底からは冷却水が細く漏れていた。


「これで王都まで走れるのか」


 レヴィが訊いた。


「走る。三時間。壊れる、二時間」


 要塞から王都までを三時間で走るという意味ではない。パックが示したのは、すでに通り過ぎた要塞から第二分岐までを除き、ここから王都北側の地下搬入口までに必要な時間だった。


 パックは指を二本立て、それから車体を叩いた。


「急ぐ」


「会話が成立しているな」


 ガウェインが呟いた。


「彼女は、最初からこちらの説明を理解していました」


 僕が答える。


「ただ、人間語はまだ練習中で、返事を短い単語に切っているだけです」


 パックは僕を見上げ、少しだけ胸を張った。


「パック、分かる。全部、分かる」


「分かっているなら、心臓をこの車に積む」


 僕が言うと、パックは分岐の内側で待っていた救護荷車へ向かった。


 彼女は食料箱を一つ、薬品箱を二つ、毛布の束をまとめて抱え上げる。魔導装甲車の後部へ積み込む手つきに迷いはない。


 最後に、白布で包んだ心臓の箱へ手を伸ばした。


 その瞬間、箱の中から低い脈動が三度響き、パックの丸い耳がぴんと立った。


「これ、バッグ」


 彼女は腰の魔導バッグを外した。


 雪国仕様のポンチョに隠れていた小さな袋だ。見た目は補給用の道具入れに過ぎないが、内部には外からは見えない収納空間がある。


「心臓を収納するつもりですか」


 フィーナが止めた。


「魔導バッグには、暴走中の魔導具を入れられません。内部の境界が耐えられない」


「心臓、暴走してない」


 パックは袋の口を開けた。


「寝ている」


 彼女は心臓の状態を、音で判断していた。


 確かに脈動は規則正しい。三つの音の間隔も乱れていない。


 だが、フィーナは首を横に振った。


「眠っているように見えるだけです。魔力は内部で動いている。これは停止した魔導具ではありません」


「生き物、違う」


「生き物ではありません。ですが、ただの物体でもない」


 パックはフィーナの顔を見て、それから心臓の箱へ視線を戻した。


 相手の説明を最後まで聞き、必要な部分だけを理解する。


 やがて、彼女は小さくうなずいた。


「分かる。バッグ、だめ」


「試す前に諦めるのか」


 レヴィが言った。


「だめ、確認する」


 パックは反論し、魔導バッグの口を心臓の箱へ近づけた。


 収納の魔力が袋の内側へ集まる。


 次の瞬間、バッグ全体が震えた。


 金具が三度鳴った。


 パックが無意識に叩いたのではない。


 バッグの内部から、何かが応じている。


 収納空間の境界が押し広げられ、袋の口が歪んだ。白い布の下で、心臓の脈動が一度だけ強くなる。


 パックはすぐに手を離した。


「無理。バッグ、壊れる」


 フィーナが鑑定鏡をバッグへ向けた。


 青い光が、袋の口から心臓へ伸びている。


「心臓が収納空間を押し返しています。生き物を入れられない制限とは別の問題です」


「暴走中の魔導具が収納できない制約ですね」


 僕が言った。


「はい。万能な保管場所ではありません」


 パックは少し考え、バッグの金具を三度叩いた。


 今度は、彼女の癖だった。


 幼い頃、ヴォルクから魔導装甲車の異常を教えられた時の確認方法。計器を三度叩き、音の変化を聞く。


 金具の音は、さっきとは違った。


 内部の震えが止まらない。


「パック」


 ヴォルクが低い声で呼んだ。


 魔導装甲車の後ろから、灰色の外套を着た男が歩いてくる。


 国境警備隊長。


 帝国の封鎖線を突破するため、部下を率いてきたのだろう。肩当てには凍った血が付着し、左手には折れた槍を持っている。


「王都へ行く」


 ヴォルクはアーノルドを見た。


「お前を許したわけじゃない」


 父が答える。


「知っている」


「グラキエスの住民が、大国の命令でまた捨てられる。今度は見過ごさない」


「王都の住民も、同じだ」


 ヴォルクの目が、ほんの少しだけ揺れた。


「だから来た」


 パックがヴォルクの袖を引いた。


「バッグ、だめ。これ、中、無理」


「分かっている」


 ヴォルクはパックの言葉を遮らなかった。


「心臓は魔導装甲車の中央へ。車体の魔力炉から離せ。炉に近づけると、心臓が周期を拾う」


 パックはうなずいた。


「パック、そうする」


 彼女は白布の箱を、魔導装甲車の中央にある固定台へ運んだ。


 箱を置くと、車体の床に刻まれた三重の固定具が自動的に閉じる。


 王家の保管器具ではない。


 表向きは、辺境警備隊が長距離輸送用に組んだ簡易固定具だった。だが、その中心の金属板は、十四年前に崩落した旧塩鉱道の調査車から回収された古代輸送路の接続片だった。警備隊はそれを補強材として再利用し、古い三本の溝の意味を知らないまま使っていた。


 ただ、三重の留め具の内側には、辺境の職人が後から刻んだとは思えない古い三本の溝が走っていた。


 溝は車体の魔力炉へ向かわず、床の中央で途切れている。まるで、下から来る何かを受け取るための口のようだった。


 僕はその違和感を覚えたまま、箱から目を離した。


 今は、心臓を安全に運ぶことが先だ。古い溝の意味を推測するのは、荷物が目的地へ着いてからでいい。


 それでも、心臓を抱えた箱は静かになった。


 魔導装甲車の計器が、三拍子の間隔を表示している。


「炉の周期が、車体へ伝わっています」


 フィーナが計器を覗き込む。


「でも、出力は上がっていない。パックの判断は正しい」


 パックは嬉しそうに笑い、運転席へ戻った。


「パック、できる」


「できるな」


 ヴォルクが短く言った。


 パックは一瞬、目を丸くした。


 ヴォルクは普段、褒める時でさえ「死ななかったな」としか言わない。


 その言葉を聞いたパックは、耳を小さく揺らした。


「パック、分かる。ヴォルク、心配」


「心配していない」


「うそ」


 パックは即答した。


 ヴォルクの口元が、わずかに動いた。


 笑ったのかもしれない。


 魔導装甲車へ全員が乗り込む。


 僕と、レヴィ、セリア、フィーナ、ガウェイン、アーノルド、ヴォルク、そしてパック。


 王都へ向かうには多すぎる人数だった。


 けれど、三つの封印と心臓と証拠を分けて守るには、ぎりぎり足りない。


 旧塩鉱道の最初の分岐までは、全員が同じ車で進む必要がある。心臓を車外へ出せば追跡術式に拾われ、先に班を分ければ、地下路へ入る前に一つずつ潰される。


 分岐へ着いた後に、三つの封印を三つの班へ分ける。それが、出発前に決めた手順だった。


「出発します!」


 パックが運転席から声を上げた。


 短い返事の直後、パックは迷いなく魔導機関の起動環へ手を伸ばした。


 魔導装甲車が雪を跳ね上げ、王都へ向けて走り出す。


 その時、魔導バッグの口が突然開いた。


「パック?」


 彼女が急ブレーキを踏む。


 バッグの中から、細長い筒が押し出された。


 誰も、それを入れた覚えはない。


 筒は床へ落ちる前にひとりでにほどけ、古い羊皮紙の地図へ変わった。


 描かれているのは、王都の地下。


 王宮でも、城壁でもない。


 地上の道の下に重なる、巨大な円形の炉。


 三本の魔力路が中心へ伸び、その一つが旧塩鉱道とつながっている。


 地図の端には、十四年前の王国軍救援印が押されていた。


 その印の下に、羽根形の刻印が一つ、描かれている。


「これは、王都地下大魔導炉の古地図です」


 フィーナが息を呑んだ。


「なぜパックのバッグから?」


「分からない」


 パックは首を振った。


「これ、パック、入れてない」


 地図の中心で、古代炉の円が淡く光った。


 光は規則正しく三度脈打った。


 次の瞬間、地図の上で、王都地下炉へ向かう新しい線が伸びた。


 心臓の箱からではない。


 王都の地下深くから、こちらへ道を示すように。


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