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『偽りの封印と灰色の伝票』 ~元特務潜入員の配達員は、改ざんされた記録で巨悪を暴く~  作者: NN
雪下の要塞と、消された救援命令編

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義兄弟の帰路

 戒厳令の布告が消えたあとも、通信札の表面には赤い残光が残っていた。


 ルシアン公爵が王国軍の指揮権を握った。


 それは、王都にいるすべての兵士が、僕たちを反乱軍として扱うという意味だった。


 黎明の瞳が王都へ攻撃を仕掛ければ、王国軍は公爵を守る。


 黎明の瞳が救護に向かえば、王国軍はそれを侵攻と呼ぶ。


 どちらを選んでも、公爵の望む記録が残る。


「軍事部門を動かす」


 アーノルドは、赤い布のかかった作戦卓の前に立った。


「王都へ向かう部隊は、武器を持つ。ただし、最初に向かうのは貴族区画ではない。地下水路、診療所、孤児院の避難路だ」


 周囲の兵士たちがざわめいた。


「公爵を狙わないのですか」


「狙わない」


 父の返答は短かった。


「公爵を止めるために、王都の住民を見捨てることはしない」


 以前の父なら、迷わず貴族区画を狙っただろう。


 十四年間、失った仲間のために、王都の責任を問うことだけを考えてきた。


 その怒りを捨てたわけではない。


 怒りを、最初に向ける相手を選び直したのだ。


「親父」


 レヴィが作戦卓へ手をついた。


「公爵を殺せば、命令の中枢は止まる。王国軍も帝国軍も、指揮官を失えば動きが鈍る」


「公爵一人を殺して、誰が得をすると思いますか」


 僕が言った。


「帝国です。公爵を暗殺したのは黎明の瞳だと発表できる。王家の印を使った戒厳令も、正当な非常措置だったと残る」


「だが、王都は壊れる」


「だからこそ、生きている公爵を法廷へ引きずり出す必要があります」


 レヴィの目が細くなった。


「法廷へ? 王家の印まで奪われている」


「王家の印だけではありません。帝国の輸送命令、公爵家の受領印、心臓の搬送記録、制御部品の存在を示す物証がある」


 フィーナが、机の上へ保存袋を並べた。


 黒い金属板。


 灰になった帝国式身分証。


 公爵家の印が沈んだ封蝋片。


 王都へ向かう救護荷車の搬送札。


 どれも、単独では結託を断定できない。


 だが、同じ経路を示している。


「記録は、後から自由に書き換えられません」


 フィーナは保存袋を赤い糸で束ねた。


「帝国の命令板には発行時の魔力が残り、公爵家の印は封蝋の下にあります。搬送札には、荷車を引き受けた担当者の指紋と、冷却灰が残っている」


「それでも、公爵は言い逃れをする」


 ガウェインが静かに言った。


「王家の印を使った布告は本物ではない。だが、王都の人々は、今それを本物だと思っている。証拠を公表するには、中継塔を取り戻し、複数の証人を生かして王都へ入れる必要がある」


「その役目を、特務捜査隊が引き受けるのですか」


 セリアが訊いた。


「法を守るために、法の外にいる組織と一時的に協力することになる」


 ガウェインは彼女を見た。


「私は、今すぐあなたを逮捕することもできる。だが、あなたの証言がなければ、帝国と公爵家の接続は立証できない」


「私を信用するのですか」


「信用ではない。証拠のために、あなたの知識が必要だ」


 セリアは少しだけうつむいた。


 優しい言葉ではない。


 けれど、だからこそ彼女は受け入れた。


「分かりました。私は、帝国の輸送経路と受領手順を話します」


「セリア」


 僕は彼女へ向き直った。


「お前が王都へ行けば、帝国も公爵家も、お前を消そうとする」


「承知しています」


「それでも行くのか」


「私が知っている道を、私が使わなければ、誰かが間違った道へ入ります」


 セリアの左手には、帝国式身分証を焼いた灰が残っていた。


「私は、命令に従うことしかできない人間でした。今は、自分が知っている道を、誰のために使うかを選びます」


 父が、セリアから視線を外した。


 彼は彼女を許したわけではない。


 帝国へ情報を流し、心臓の搬送路を明かし、要塞へ敵を招いた事実は消えない。


 それでも、必要な力を拒めば、また別の誰かを安全な場所から犠牲にすることになる。


 父は、その危険を知らないわけではなかった。


「レヴィ」


 アーノルドが呼んだ。


「お前は、救護部門と軍事部門を分けて王都へ向かわせろ。軍事部門は交戦を避け、王国軍の進路を塞がない。攻撃された場合のみ、防衛する」


「敵が公爵の兵士でも?」


「防衛する。殺すためではなく、通過するためにだ」


 レヴィの手が、魔導剣の柄から離れた。


「親父は、王都を救うために組織を使う」


「そうだ」


「公爵を殺す機会を、何度も逃す」


「そうだ」


 レヴィは僕を見た。


「お前は、それで満足か。父親が今さら善人になるのを見て」


 僕はすぐに答えられなかった。


 父は善人ではない。


 十四年前、救援を撤回された後も、王国へ戻らず、武器を集め、報復を準備した。


 孤児院を守るために、別の町の人間を危険にさらしたこともある。


 それでも、今ここで住民を見捨てないと決めたことまで、過去の罪だけで否定する必要はなかった。


「満足はしていません」


 僕は答えた。


「父さんがしたことも、しなかったことも、全部あとで裁かれるべきです。でも、裁く相手が王都ごと消えたら、何も残らない」


「だから証拠か」


「証拠です。父さんも、公爵も、帝国も、記録から消された人たちも、同じ場所へ並べるために」


 レヴィは鼻で笑った。


「本当に、配達員らしくない考え方だな」


「配達員は、荷物の行き先を間違えないんです」


 冗談にはならなかった。


 心臓という荷物は、もう王都へ向かっている。


 僕たちが追うべき行き先は、一つしかない。


「出発する」


 アーノルドが言った。


「救護班は西側の地下水路へ。ガウェインとフィーナは、証拠を王都の複数の中継塔へ届ける。レヴィは軍事部門を率いて、王都北門の王国軍を足止めする」


「エレオノーラは?」


 僕が訊いた。


「王都に残る。ただ、処分を待っているわけではない。影班の旧連絡路を使い、北側の救護水路から地下炉の扉前へ先行すると連絡があった」


 ガウェインが、作戦卓の端に置かれた通信札を確認した。


「公爵軍が封鎖しているのは現行路だけだ。旧路には救援隊の灰印が残っている。エレオノーラは、その印を道標にして、影班の秘印で封を外す」


「ユーリは?」


 セリアが訊いた。


「僕は、心臓を追います」


「一人で?」


「いいえ」


 僕はレヴィを見た。


「レヴィと行きます」


 レヴィが眉を上げた。


「俺と?」


「父さんを守るのが、お前の役目なら。僕は心臓と証拠を守る」


「役割を分けるのか」


「同じ場所へ向かう必要はない。でも、同じ敵を止める必要はある」


 レヴィはしばらく僕を見ていた。


 それから、魔導剣を背へ戻した。


「親父」


 アーノルドへ声をかける。


「俺たちが王都を止める」


 父は、ほんの一瞬だけ目を閉じた。


「頼む」


 作戦卓の上で、三本の赤い線が王都へ伸びる。


 救護路。


 軍事路。


 心臓を追う地下路。


 それぞれが別の場所へ向かいながら、最後には同じ炉へ集まる道だった。


 僕たちが要塞の外へ出ようとした時、国境の方角から大きな音が響いた。


 魔導車の警笛。


 一度ではない。


 二度、三度と、雪原を震わせる。


 全員が足を止めた。


 白い雪煙の向こうから、傷だらけの魔導装甲車が姿を現した。


 帝国の封鎖線を破った車体には、灰印がある。


 運転席から、白熊系獣人の少女が身を乗り出した。


「みんな、のってー!」


 パックの片言の声が、国境の風を越えて届いた。


 魔導装甲車の側面には、補給箱と空の座席が並んでいる。


 王都へ向かうための道が、ようやく一つ開いた。


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