↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『偽りの封印と灰色の伝票』 ~元特務潜入員の配達員は、改ざんされた記録で巨悪を暴く~  作者: NN
雪下の要塞と、消された救援命令編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

59/121

赤い光の向こう側

 帝国軍の輸送車列が崩壊したあとも、古代炉の脈動は止まらなかった。


 偽物が起動したことで、周囲の魔導灯は消えている。雪原の向こうに広がっていた白い光も、すでに黒い煙へ変わっていた。


 帝国兵の大半は、魔導車の装甲に閉じ込められている。


 けれど、勝ったとは思えなかった。


「荷車がありません」


 救護区画へ戻ったフィーナが言った。


 僕たちが本物の心臓を隠していた荷車が、消えている。


 食料も、毛布も、薬品箱も、すべてなくなっていた。


 床には二本の車輪跡だけが残っている。


「誰が動かした」


 レヴィが兵士へ訊いた。


「避難民を移すための搬送班です。帝国軍が輸送車列へ向かった直後、空いた西側の通路を使って出ました」


「心臓が積まれていることは?」


「知りません。あの荷車は、通常の救護荷車として登録されていました」


 フィーナが床の車輪跡を調べる。


 鑑定鏡の青い光が、車輪の溝に残った白い粉を照らした。


「冷却灰です。心臓を運んだ跡が残っています」


「搬送先は?」


 僕が訊くと、セリアが答えた。


「王都です」


 その言葉は、もう一度、僕たちを凍らせた。


「荷車は、旧塩鉱道を抜けて王都北側の地下搬入口へ向かっています。帝国軍のために用意された経路ですが、表向きは王国の救護路です」


「なぜ、そこまで知っている」


 ガウェインがセリアを見た。


「その搬送計画を、私が帝国へ流したからです」


 セリアは目を逸らさなかった。


「帝国は、心臓を奪った後に王都へ戻す予定でした。私が偽物を渡したため、計画は一度止まりましたが、本物の荷車はすでに旧塩鉱道へ入っています。第二分岐で、王都へ向かう護衛と合流する予定です」


「帝国が追うはずだ」


「追えません」


 セリアは黒い金属板を焼いた灰を拾い上げた。


「輸送車列の崩壊で、帝国の追跡術式は乱れています。それに、王都側の受取人は帝国軍ではありません」


「誰だ」


「ルシアン公爵家です」


 アーノルドの顔から、表情が消えた。


 父は、十四年前からその名を憎んでいる。


 救援命令を撤回し、グラキエスに残った兵士と住民を切り捨てた男。僕たちが追ってきた隠蔽の中心にいる貴族。


 その公爵家が、帝国のために心臓を受け取る。


「証拠はありますか」


 ガウェインが訊いた。


「私が見たものだけでは、証拠になりません」


 セリアは答えた。


「帝国の輸送命令には、受取人として公爵家の家紋が使われています。ただし、表面にはありません。封蝋の内側、魔力層の一番下です」


 フィーナが焼け残った金属板を受け取り、鑑定鏡をかざした。


 黒い帝国式の封印が、青い光の中で三重に分かれる。


 一番上は監察官ヴィンセントの印。


 二番目は王都大使館の受領印。


 そして一番下に、獅子と剣を組み合わせた公爵家の紋章が沈んでいた。


「重ねた順番が逆です」


 フィーナの声が低くなる。


「公爵家の印が最初。帝国の印は、その上から貼られている。帝国が公爵家へ命令したのではありません。公爵家が用意した受け皿へ、帝国が自分の命令を重ねた」


「つまり、最初から公爵が帝国を呼び込んでいた」


 僕は言った。


「その通りです」


 セリアがうなずいた。


「帝国の計画には、二つの段階がありました。心臓を奪い、制御部品を取り付けること。そして、王国の中から王都へ入る理由を作ること」


「理由なら、すでにある」


 レヴィが言った。


「黎明の瞳の攻撃。帝国軍は、それを辺境の反乱と呼ぶつもりだ」


「それだけでは足りない」


 セリアは首を振った。


「王国軍が公爵家を守れない。王国が外国勢力の侵入を防げない。そう見せる必要があります」


 アーノルドの拳が震えた。


 父は、王都への報復を考えていた。


 公爵家へ罪を認めさせるために、軍事区画を動かそうとしていた。


 だが、その怒りを帝国と公爵が利用していた。


「俺の攻撃を、帝国の侵攻理由にするつもりだったのか」


「公爵は、あなたが王都へ攻撃することを望んでいた」


 セリアが言う。


「公爵家の記録には、黎明の瞳を反乱組織として公表する準備がありました。王都の一部が攻撃を受ければ、国王へ非常措置を進言する。王国軍を公爵の指揮下へ置き、帝国軍を救援部隊として国内へ入れる」


「帝国軍を、王国へ?」


 フィーナが息を呑んだ。


「帝国は国境を越える。公爵はそれを許可する。王都地下炉を使って、帝国に新しい軍事的優位を与える代わりに、公爵は王国の実権を得る」


 アーノルドが、机に置かれた古い図面へ目を落とした。


 それは父が用意していた、心臓の低出力運用計画だった。


 古代炉を一気に起動させず、三つの封印を順番に通し、必要な魔力だけを引き出す。


 王都の地下を崩さないための計画。


「この計画を、公爵は利用する」


 父が呟いた。


「低出力で起動するなら、心臓は王都の炉へ戻せる。そう見せて、帝国の制御部品を三重封印へ組み込む」


 レヴィが図面を取り上げた。


「帝国の部品は、出力を制限するためのものではない。王家、影班、救援隊の三つの封印を、同じ命令系統へ接続するための部品です」


「王国の安全装置を、帝国の鍵に変える」


「最大出力へ移行した後、地下炉は王都全域から魔力を吸い上げます。地上の魔導灯、城壁、通信塔、王宮の防護結界。すべてが炉の燃料になる」


 僕の背中に冷たいものが走った。


「王都は、消滅する」


「正確には、地下から崩れます」


 フィーナが言った。


「地上の建物が一度に消えるのではありません。地下水路と基礎が崩れ、区画ごとに沈む。住民は逃げる場所を失い、帝国軍は救援を名乗って主要施設を押さえる」


「王都が壊れること自体が、公爵の目的ではない」


 ガウェインが続けた。


「壊れた王都を理由に、国王の統治能力を否定する。公爵が非常権限を握り、帝国へ援軍を要請する」


「国王を退位させるつもりです」


 セリアが言った。


「帝国の監察官は、王都の混乱後に臨時統治評議会を置く計画を話していました。その議長になるのが、ルシアン公爵です」


 父が立ち上がった。


 椅子が床を擦る。


「あの男は、十四年前から何も変わっていない」


「変わっていない?」


 僕が訊いた。


「あの時も、救援に来ると言いながら、最後には安全な場所から結果だけを待っていた。兵士が死んだ後で、遺跡の価値を報告させた」


 父の声に、怒りが混じる。


「今度は、王都の人間を死なせた後で、王国を救った顔をする」


「父さん」


 僕は呼びかけた。


「今、公爵を殺しに行けば、帝国の計画通りになります」


 父の目が、僕を捉えた。


「公爵を逃がせというのか」


「違います。王都が沈む前に、計画を証明する。心臓の搬送先、帝国の制御部品、公爵家の封印。三つを揃えて、王国中へ公開する」


「その間に、王都の人間が死ぬ」


「だから急ぐんです」


 僕は古い図面を指した。


「心臓は、まだ王都へ向かっている。帝国の輸送車列は崩れた。公爵が次に動くなら、王国の命令を使う」


「王国の命令?」


 ガウェインが問い返した。


 その時、遠くの通信塔から鐘の音が響いた。


 一度。


 二度。


 三度。


 要塞内の魔導通信札が、一斉に光る。


 届いたのは、王都中央から発せられた緊急布告だった。


 ――王都北部において、反乱組織と外国勢力の攻撃を確認。

 ――国王陛下の安全確保のため、王都全域に戒厳令を発令する。

 ――王国軍の指揮権を、国家防衛総監ルシアン公爵へ移管する。


 文章の最後に、王家の印がある。


 だが、その印の魔力は弱かった。


 真正な王命を中継したのではない。


 公爵家の魔導通信塔から、王家の印を重ねて送った布告だ。


 フィーナが鑑定鏡を掲げた。


「王家の封印は、途中で切られています。誰かが王宮からの通信を遮断し、公爵家の中継器へ接続した」


 レヴィが魔導剣の柄を握る。


「指揮権を奪った」


 アーノルドは通信札の布告を見つめていた。


 その表情から、怒りが消えた。


 代わりに、決断だけが残った。


「王都へ行く」


 父が言った。


「公爵を止める。だが、攻撃ではない。住民を逃がし、炉を止めるために行く」


 レヴィが振り返る。


「親父、公爵を殺せば早い」


「証拠が必要です」


 僕が答えた。


「殺せば、帝国と公爵の結託は公爵一人の罪にされる。王都を守りながら、誰が命令を出したのかを残す」


 荷車の車輪跡は、すでに雪の向こうへ消えている。


 本物の心臓は、王都へ向かっている。


 帝国の制御部品が待つ場所へ。


 そして、王国軍のすべてが、僕たちの敵になる命令が出された。


 地上のどこかで、ルシアン公爵が王国軍の指揮杖を握る。


 その杖の先が、王都地下炉の起動座標を指していた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。