↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『偽りの封印と灰色の伝票』 ~元特務潜入員の配達員は、改ざんされた記録で巨悪を暴く~  作者: NN
雪下の要塞と、消された救援命令編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

57/121

鐘楼の二つの照準

 救護区画の天井に、細い青い光が走った。


 次の瞬間、光の先にいた兵士の肩当てが弾け飛ぶ。


 魔導弾は肉を貫かなかった。


 兵士が持っていた避難誘導灯だけを撃ち抜き、壁へ突き刺さっている。


「狙撃です!」


 フィーナが叫んだ。


 子どもたちが一斉に身を縮める。パックが毛布を広げ、彼らの頭を覆った。


「みんな、寝て。見えない、大事」


 片言の命令だったが、子どもたちは従った。


 僕は床に伏せ、壁に残った魔力の跡を見た。


 入口からではない。


 狙撃線は、救護区画の天井にある換気孔を抜け、反対側の崖へ向かっている。距離は遠い。要塞の外壁からさらに先、雪に埋もれた古い鐘楼の上だ。


「敵は、避難路の灯りを狙っています」


 フィーナが撃ち抜かれた誘導灯を見た。


「灯りを消して、子どもたちの位置を分からなくするつもりです」


「違う」


 僕は壁の穴を見つめた。


「灯りを消しているんじゃない。避難路の目印だけを壊して、逃げる人間を分断している」


 帝国軍は、魔導爆薬で通路を切り、狙撃で誘導を消している。


 武器よりも先に、判断を奪う作戦だ。


「あの狙撃手を止める」


 レヴィが上階へ向かおうとした。


 その時、壊れた通信札の表面に、青い点が三つ、一定の間隔で灯った。古い影班の合図だった。


 フィーナが札へ魔力を流す。


 雑音の向こうから、聞き慣れた軽い声が届いた。


「先輩。生きてます。肩は、まだ最悪です」


 僕の呼吸が止まった。


「クリス……?」


「その反応、ひどくないですか。死んだ後輩にする声じゃないでしょう」


 声は軽かった。


 だが、わずかに息が乱れている。左肩の傷が治りきっていないのだ。


「どこにいる」


「グラキエス要塞外壁の先にある古鐘楼です。王都で先輩に撃たれた時を思い出す、見張りにちょうどいい場所ですよ」


「王都から、どうやってここまで?」


「落ちたあと、ガウェインさんの回収班に拾われました。王都北側の診療所で肩を固定して、二日だけ安静にしました。それから特務捜査隊の先行雪上車で、検問を避けながら三日かけて北へ。要塞外壁へ着いたのは、昨日の夜です」


 軽口の声に、傷を庇う浅い呼吸が混じっていた。落下した直後に北へ飛んだのではない。治療を受け、時間をかけて運ばれ、それでも肩の痛みを抱えたまま狙撃位置へ立っている。


 通信札の向こうで、魔導銃の弾倉を入れ替える音がした。


 僕が撃った。


 クリスが落ちた。


 あの日から、僕は彼が死んだものとして逃げ続けていた。


「あの少女を狙っているのか」


「向こうも俺を狙ってます。さっきの誘導灯は、俺が撃つ前に壊されました」


「敵の狙撃手は一人?」


「一人。若い女の子です。たぶん、俺より性格が悪い」


「根拠は?」


「避難路を狙っているのに、誰も殺していない。撃てるのに撃たない奴は、撃つ場所を選んでいる。そういう人間は、撃つ時に一番怖い」


 言葉が途切れた。


 鐘楼の方向から、魔導銃の発射音が一つだけ響く。


 直後、救護区画の床へ細い光が走り、荷車の車輪が砕けた。


 本物の心臓が入った箱が、床へ落ちかける。


 パックが片手で荷車を支えた。


「本物、落とさない」


「そうだ。誰にも触らせるな」


 僕が箱を抱え直す。


 遠くの鐘楼で、別の魔導銃が応じた。


 クリスの魔導弾が、敵の射線を横切る。


 二つの光が雪の上で交差し、片方が崖の縁を削った。


「クリス、下がれ。傷が開く」


「先輩に心配されると、撃ちにくくなるんですよ」


「なら、撃つな」


「それは無理です。今、俺の後ろには避難路がありますから」


 軽口の最後だけ、声が低くなった。


 彼は、自分が死んだと思わせたまま、ずっとこの場所を守っていたのだ。


 鐘楼の屋上に、少女の影が浮かんだ。


 白い外套。細い身体。顔の半分を覆う黒布。


 少女は魔導銃を抱え、照準を避難路の奥へ向けている。


「見えた」


 クリスの声が通信札から響いた。


「あの子、遮蔽物の影を三つ使ってる。撃つたびに位置を変える。訓練を受けた兵士じゃない。もっと厄介な教育を受けてる」


「暗殺者か」


「たぶん」


 少女の魔導銃が光った。


 今度の魔導弾は、避難路の天井ではなく、霧を作っていた冷却管を狙った。


 管が裂け、白い霧が一気に広がる。


 視界が奪われた。


 帝国兵が、その霧に紛れて前進する。


 レヴィの部隊が魔導弾を撃ち返すが、敵は盾を立てて進路を変えた。少女の狙撃が、こちらの反撃を誘導している。


「クリス、敵の前進を止められるか」


「止めます。けど、あの子が俺の弾道を読んでる」


「読まれているなら、読ませろ」


「簡単に言いますね、先輩」


「お前ならできる」


 通信札の向こうで、短い沈黙があった。


「……その言葉、ずるいですよ」


 クリスが笑った。


「そう言われたら、外せないじゃないですか」


 鐘楼から三発の発射音が続いた。


 一発目は、少女の右側にある鉄柱を破壊した。


 二発目は、崩れた柱が倒れる先の雪を削った。


 三発目は、少女が逃げるために踏み出した足元へ着弾した。


 雪と石片が跳ね、少女の左脚が一度だけ沈んだ。


 殺すための射撃ではない。


 逃げ道を、順番に消している。


 少女は倒れなかった。


 空中で身体をひねり、鐘楼の鐘を足場にして反対側へ移る。


 その動きは、年齢に似合わないほど正確だった。


 黒布の端が風にあおられ、首元の細い糸が見えた。


 灰色の糸。


 三本を束ね、端を小さな結び目にした識別糸。


 黎明の瞳の孤児院で、子どもたちの毛布や薬袋につけていたものと同じだった。


「クリス、その少女の首元を見ろ」


「見えました。灰色の糸ですね」


「孤児院の識別糸だ」


 クリスの発射音が止まった。


「……帝国の暗殺者が、なぜ持っている」


 少女の魔導銃が、再び光った。


 クリスは撃たなかった。


 魔導弾は鐘楼の横を抜け、地下要塞の換気孔へ向かった。


 僕は咄嗟に手をかざしたが、パックが先に飛び出した。彼女は重い鉄板を持ち上げ、換気孔の前へ盾のように立つ。


 魔導弾が鉄板へ当たり、青白い火花を散らした。


「パック!」


「生きてる。問題、ない」


 彼女は鉄板を下ろし、少女のいる鐘楼を睨んだ。


 その瞬間、クリスの魔導銃が発射された。


 魔導弾は少女の身体を狙わず、彼女の銃身だけを正確に撃ち抜いた。


 少女の武器が二つに折れ、内部の魔力が雪の上へ散る。


 少女は反動で膝をついた。


 それでも、腰の短剣へ手を伸ばす。


「まだ来るか」


 クリスの声が硬くなった。


「なら、次は腕を――」


「待て」


 僕は通信札へ言った。


「彼女は、孤児院の識別糸をつけている」


「だから?」


「撃つ相手を、選べ」


 クリスは黙った。


 少女が顔を上げる。


 黒布の下から見えた目は、驚くほど幼かった。


「あなたは、黎明の瞳の人間?」


 少女が、遠くまで届く声で訊いた。


「元、です」


 クリスが答える。


「名前は?」


「アリーシャ」


「アリーシャ。子どもたちを撃つ気か」


「撃っていない。目印を壊した」


「次は、目印のそばにいる人間を撃つ」


 アリーシャは短剣を抜いた。


「命令だから」


「命令なら、孤児院の糸を身につけるのか」


 少女の手が止まった。


 風が吹き、灰色の糸が揺れる。


「これは、薬を受け取った時にもらった」


「誰から」


「名前は知らない。白い毛に覆われた小柄な白熊系獣人の少女と、赤い糸を結ぶ女」


 パックが顔を上げた。


 フィーナの指先が止まる。


 アリーシャは、かつて黎明の瞳の救護部門から薬を受け取った孤児だった。


 帝国に引き取られ、教育と引き換えに暗殺者へ変えられた。


「お前も、子どもだったのか」


 クリスの声が、少しだけ弱くなった。


「今も子どもです」


 アリーシャは短剣を握ったまま答えた。


「でも、命令を実行できる。だから、子どもではないと言われた」


 クリスは、もう一度照準を合わせた。


 今度は、彼女の手元ではなく、短剣の柄を狙う。


「だったら、子どもに戻れ」


 魔導弾が短剣を弾き飛ばした。


 アリーシャは立ち上がろうとしたが、左脚から力が抜け、鐘楼の床へ倒れた。


「クリス、仕留めていないな」


 レヴィが通信札へ呼びかける。


「武器だけです。先輩が、そうしろと言ったので」


 アリーシャが、遠くの通信札を見た。


「あなたは、敵を殺さないの?」


「殺す必要がある時は殺します。でも、今は必要ない」


「変な人」


「よく言われます」


 アリーシャは、崩れた鐘楼の壁へ背を預けた。


 そして、ひどく小さな声で言った。


「セリアは、帝国を裏切る」


 僕は息を止めた。


「セリアが?」


「偽物を渡した。帝国の監察官は、もう知っている。彼女を生かしておく理由はない」


 アリーシャの顔から、無表情が消えた。


「次の命令は、セリアの処刑」


 彼女はその言葉を残し、意識を失った。


 遠くの鐘楼で、クリスの通信札が小さく震える。


「先輩。俺は、あの子を連れて帰れます」


「頼む」


「了解です。あと、肩が痛いので、帰ったら褒めてください」


「生きて帰れたらな」


「それ、先輩が言うと縁起が悪いんですよ」


 通信が切れた。


 救護区画の奥では、帝国軍がさらに進んでいる。


 荷車の底では、本物の心臓が三拍子で脈打っていた。


 そして今、敵は心臓を奪ったセリアを殺すために、次の部隊を動かし始めた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。