白布の下の脈動
外郭門の向こうで、魔導弾が連続して炸裂した。
一発目が壁を揺らし、二発目が封印柱を折り、三発目が地下へ続く階段の天井を崩した。
爆発の間隔は、三拍子ではなかった。
帝国は、炉の周期を隠すために、わざと不規則な攻撃を混ぜている。
「敵は正面から来ない!」
レヴィが叫んだ。
最外郭の見張り台から、兵士が駆け込んでくる。
「北側の避難路が破壊されました! 旧塩鉱道にも魔導爆薬が仕掛けられています!」
「住民を狙っている」
僕が言うと、レヴィは迷わず指示を出した。
「軍事区画の半分を西側へ。敵を要塞の中心へ入れるな。だが、避難路を塞ぐな。子どもたちが通る」
「中央を薄くすれば、心臓保管室が空く」
兵士の一人が不安そうに言った。
「空けない。守る者を固定するのではなく、守る場所を動かす」
レヴィは地図を指で三つに分けた。
「敵は心臓を奪うために、俺たちを保管室へ集めたい。だから、こちらから三つの区画を同時に動かす。ユーリ、孤児院の避難を頼む」
僕はうなずいた。
心臓を守るために、心臓の前へ立ち続けてはいけない。
帝国の狙いは、守る側の判断を一つに縛ることだった。
「パック、子どもたちを救護区画へ。重い荷物は置いていい。人を優先する」
「分かる。人、先」
パックは短く答え、毛布を両腕で抱えた。
彼女の声は片言だったが、命令の意味を取り違えてはいない。泣いている幼い子を見つけると、膝をついて目線を合わせ、背中を大きな手でゆっくり撫でた。
「大丈夫。こっち」
その言葉に、子どもは小さくうなずいた。
僕は先頭に立ち、診療所へ続く通路を進んだ。
すぐ後ろで、魔導爆薬の低い破裂音が響く。
壁が崩れたのではない。
避難路の扉だけが、内側から折り畳まれていた。
帝国軍は、人を殺すより先に、人の流れを切っている。
「フィーナ、扉の封印は戻せるか」
「完全には無理です。ですが、三分だけなら、冷却術式を逆流させて隙間を維持できます」
「三分で十分です」
フィーナが鑑定鏡を扉の蝶番へ当てる。
青い光が崩れた魔力層を拾い、彼女の指先に細い線を描いた。床石の上へ封印札を三枚置き、順番を逆に重ねる。
「正規の封印を直すのではありません。敵の魔導爆薬が作った傷を、一時的な通路として固定します」
「そんなことができるのか」
「本来なら、やりません。失敗すれば、扉の向こうへ冷却水が流れます」
「成功すれば?」
「子どもたちが通れます」
フィーナは目を逸らさなかった。
僕は先に幼い子を抱き上げ、崩れた扉の隙間をくぐらせた。パックが後ろから荷物を押し込み、最後に自分の身体を滑り込ませる。
全員が通り抜けた直後、背後で封印札が燃えた。
扉の向こうから、帝国兵の足音が近づいてくる。
白い腕章をつけた兵士が、崩れた通路の先に姿を現した。
腕章には、救護部隊を示す帝国の紋章がある。
「非戦闘員は動くな! 帝国軍が保護する!」
その声は、驚くほど穏やかだった。
子どもたちの何人かが足を止める。
彼らにとって、怒鳴り声よりも、優しい声の方が信じやすい。
「止まらないで!」
僕が叫ぶより早く、パックが床を三度叩いた。
子どもたちが振り返る。
パックは帝国兵を指差し、それから自分の背後を指した。
「こっち、悪い。あっち、走る」
片言の言葉と険しい表情だけで、意味は伝わった。
レヴィの部隊が、通路の奥から魔導弾を撃ち込む。
発射音は短く、壁に当たった魔力だけが白い火花となって散った。帝国兵は盾を立て、救護部隊の腕章を隠すように身をかがめる。
救護を名乗る者が、最初に武器を向けた。
その事実を見た子どもたちは、もう彼らの声へ振り返らなかった。
「救護区画へ入ったら、三班に分かれます!」
僕は声を張った。
「誰かが名前を呼んでも、知らない道へついていかない。印のない扉は開けない。パックが指示する場所から離れない」
「ユーリさん」
曲がり角の向こうから、車輪が石床を擦る音が近づいた。子どもたちをレヴィの部隊へ引き渡したセリアが、避難用の荷車を押して戻ってくる。荷台には食料と毛布、その下に細長い黒い箱が隠されていた。
「心臓保管室へ行かなければなりません」
「今、そこへ行けば帝国の思う通りです」
「思う通りに見せる必要があります」
セリアは荷台の底へ視線を落とした。
「帝国軍は、私が心臓の位置を知っていることも、保管室へ入れる鍵を持っていることも把握しています。私が避難路へ残れば、別の部隊が子どもたちを追い続ける」
「だから、心臓を渡すふりをする」
「ふりではありません。帝国は、本物だと信じるものを持ち帰ります」
セリアは黒い箱を開けた。
中には、灰色の石が収められていた。
古代兵器の心臓と同じ大きさ。表面には三本の細い魔力路が走り、中心には弱い光が灯っている。
「これを、いつ用意したんですか」
フィーナが訊いた。
「ギルドの廃棄倉庫にあった、冷却炉の部品を使いました。外殻は古代鉱石の粉を混ぜ、脈動は魔導振り子で再現しています」
「三拍子まで?」
「三拍子までです。ですが、帝国の鑑定士が直接触れれば、長くは持ちません」
「なら、どうする」
「鑑定される前に、地下炉へ運ばせます」
セリアの声は震えていた。
「炉が起動すれば、偽物は砕けます。帝国は制御部品を回収できず、心臓を失ったと思う。少なくとも、子どもたちから目を逸らす時間ができます」
「そのために、本物をどうする」
セリアは答えなかった。
僕は彼女が荷車の奥を見ていることに気づいた。
食料袋の下。薬品箱のさらに下。誰にも見せないよう、白い布が重ねられている。
その布の内側から、かすかな脈動が聞こえた。
一拍。
二拍。
三拍。
パックも気づいたらしい。彼女は荷車の横へ立ち、僕を見上げた。
「ここ。本物」
セリアの目が見開かれた。
「……気づいていたんですね」
「パックが気づいた」
「なら、もう隠せません」
セリアは荷車の底に手を入れ、白布に触れた。
底板の金具には、新しい擦り傷が残っていた。心臓は最初から荷車にあったのではない。帝国軍が保管室へ迫る前に、セリアが保管室の台座から外し、避難用荷車の二重底へ移したのだ。
「本物は、私が持っていきます。帝国へ渡すのは偽物です」
「どこへ持っていくつもりですか」
「あなたたちの避難路から外れた場所へ。帝国の追跡術式が届かない、古い冷却室があります」
「一人で行くつもりか」
「帝国の潜入員を、誰が信用しますか」
「少なくとも、命令の空白を見つけた人間が一人で動けば、敵にも味方にも使われます」
セリアは、黒い糸の巻かれた左手を見た。
「……一人では動きません」
彼女は、本物の箱と偽物の箱を交互に見た。
「あなたが本物を預かってください。私は偽物を保管室へ運び、帝国の目をそちらへ向けます」
彼女は本物の心臓が入った箱を、僕へ押し出した。
その重さは、見た目よりもずっと軽い。
軽いのに、両手の骨へ古代炉の冷たさが染み込んでくる。
「ユーリ!」
通路の奥から、レヴィの声が響いた。
「東側の防壁が破られた! 保管室の封印が一つ、外部から開けられている!」
「時間がない」
セリアは偽物の箱を抱え、心臓保管室へ走り出した。
僕もその後を追おうとしたが、救護区画から子どもの泣き声が上がった。崩れた天井から冷却水が流れ込み、通路の一部が白い霧に覆われている。
帝国は、同時に二つの判断を迫っている。
心臓を追えば、子どもたちが孤立する。
子どもたちを守れば、セリアが帝国へ近づく。
「ユーリ、行ってください!」
フィーナが封印札を押さえながら叫んだ。
「保管室の扉は、私が閉じます。あなたは避難路を守って!」
「でも、セリアが――」
「彼女が本物を持っていないことを、あなたは知っているのでしょう!」
僕は息を呑んだ。
フィーナは、僕と同じように気づいていた。
セリアが帝国へ持っていくのは、脈動を模倣した偽物だ。
なら、彼女が本物を隠した場所を守る方が、今は重要だった。
僕は子どもたちの方へ走った。
背後で保管室の扉が開く音がした。
帝国兵の短い合図。
セリアの足音。
そして、古代兵器の心臓が台座から持ち上げられたような、重い脈動。
数分後、帝国軍の指揮官が保管室から出てきた。
彼の手には、セリアが運び出した黒い箱がある。
「心臓を確保した」
指揮官が魔導通信へ告げた。
その声を聞きながら、僕は救護区画の床へ耳を当てた。床下から、一定の間隔で脈動が返ってくる。
脈動は、帝国兵の持つ箱からではなかった。
僕の足元、食料と薬品を積んだ荷車の底から聞こえている。
セリアが持ち去った古代兵器の心臓は、本物ではない。
帝国が奪ったのは、彼女が用意した偽物だった。




