脈動が映す嘘
レヴィは、魔導銃を下ろしたまま尋問室へ僕を連れていった。
監視室より奥にある部屋だった。壁も床も黒い石でできており、魔力を外へ逃がさないための細い溝が縦横に走っている。
中央には、背もたれのない椅子が一脚だけ置かれていた。
椅子の周囲には、銀色の輪が三つ浮かんでいる。
「座れ」
「これは?」
「魔導脈波計。質問に対する恐怖、動揺、記憶の揺れを読む」
「嘘を見抜く装置ではないのか」
「嘘をついても、恐怖を感じなければ反応しない。真実を話していても、恐怖があれば反応する」
レヴィは淡々と説明した。
「だから、正確には嘘を見抜かない。答えた人間が何を恐れているかを記録する」
僕は椅子へ座った。
銀の輪が、胸、喉、手首の前で停止する。輪の内側から細い光が伸び、僕の魔力の流れへ触れた。
心臓の脈を直接読むのではない。
呼吸の変化、魔力の乱れ、指先の微細な震え。そこから感情の揺れを推測する仕組みだ。
精度は高い。
だが、正確な真実を読むものではない。
装置が読むのは、僕の恐怖だけだ。
「質問を始めます」
レヴィは机の上の記録板を開いた。
「名前は?」
「ユーリ・クロムウェル」
銀の輪は反応しなかった。
「現在の所属は?」
「王立輸送ギルド。正式には、すでに除名されている可能性が高い」
反応はない。
「影班に所属しているか」
「所属していた」
銀の輪が一度だけ明滅した。
「過去形にした理由は?」
「身分証を捨てたからだ」
「身分を捨てれば、所属も消えると?」
「少なくとも、記録の上では」
レヴィの目が細くなる。
僕は呼吸を一定に保った。四つ吸い、二つ止め、六つ吐く。脈の間隔を意識しすぎると、逆に不自然になる。呼吸を操作するのではなく、操作していることを身体に悟らせない。
前世の訓練で使った方法だった。
この世界の魔導脈波計がどれほど優れていても、読む対象が隠しているのは嘘ではなく、恐怖の形だ。
「アーノルド・クロムウェルの息子か」
「そうだ」
銀の輪は動かなかった。
僕は、父の名前を聞いた瞬間の痛みを、今世の記憶として扱った。十四年前の夜。帰らなかった背中。空になった椅子。机の上の小さな靴。
それは事実だ。
事実を恐れているだけなら、装置は嘘を示せない。
「父を殺すために来たのか」
銀の輪が、わずかに震えた。
僕は息を吐いた。
「命令を受けた」
「質問に答えていない」
「暗殺命令を受けた」
「殺す意思はあるか」
僕の魔力が乱れた。
銀の輪が三つとも赤く光る。
胸の奥が締まった。
殺す意思。
ない、と答えれば嘘になる。父を殺すつもりはない。だが、父が心臓を起動し、子どもたちや王都の人間を危険にさらすなら、止める必要がある。
止めるために、殺す可能性を完全には捨てていない。
僕が恐れているのは、父を殺すことではない。
殺さなければならない状況へ、自分が追い込まれることだった。
「反応した」
レヴィが記録板へ書き込む。
「父親を殺す意思がある」
「装置は恐怖を読んだだけだ」
「恐怖のない者は、殺す質問で反応しない」
「恐怖があるから、殺す意思があるとは限らない」
「尋問を続けます」
レヴィは、僕の反論を記録しなかった。
「心臓の場所を知っているか」
「今、ここで見た」
「輸送前から知っていたか」
「知らない」
反応はない。
「シアンと共謀して心臓を盗んだか」
「盗んでいない」
「箱をすり替えたのは?」
「シアンだ」
レヴィの指が止まる。
「では、共謀ではないのか」
「僕は知らなかった。少なくとも、最初は」
また反応がない。
言葉を正確に選ぶ。知らなかった時点と、知った後の行動を分ける。装置は感情の揺れを拾えても、時間の順序までは読めない。
「公爵家と接触したか」
「ない」
「特務捜査隊のガウェインと共謀したか」
「ない」
「黎明の瞳の孤児を、任務のために利用するか」
「しない」
今度も、銀の輪は光らなかった。
その質問には、恐怖がなかった。利用するつもりがないからではない。利用すれば、守るべき相手を自分の手で傷つけることになる。その結果を、恐怖ではなく、起こりうる事実として受け止めていた。
「では、アーノルドが子どもを犠牲にする命令を出したら?」
「止める」
レヴィの筆先が、記録板の上で止まった。
「父親を?」
「首領を」
反応はなかった。
父親という言葉を避けたからではない。僕は、父を止める必要があると本当に考えていた。だから、そこに嘘はなかった。
レヴィは質問を重ねた。
僕は答えた。答えられるものには答え、知らないものには知らないと返す。隠す必要のない事実を隠せば、装置へ余計な恐怖を与える。
やがて、銀の輪の光が弱くなった。
呼吸を制御しているせいで、胸の筋肉が硬くなっている。長時間続ければ、身体のほうが先に限界を迎える。
「これで十分だ」
レヴィが言った。
「父を殺す意思があり、影班から暗殺命令を受け、心臓の情報を求めている。潜入者としての条件は揃った」
「嘘の証明にはなっていない」
「証明ではなく、判断材料です」
「恐怖を証拠にするのか」
「恐怖は、人間が隠せない情報です」
扉が開いた。
アーノルドが入ってくる。彼は銀の輪を見ると、すぐにレヴィの腕をつかんだ。
「やめろ」
「まだ質問は終わっていません」
「魔力を乱しすぎている。これ以上続ければ、記憶の整理に影響が出る」
「記憶を隠している人間に、記憶の保護を与える必要がありますか」
「レヴィ」
アーノルドの声が、低く響いた。
「彼は私の息子だ」
「だから、判断が甘くなる」
「だから、私が止める」
アーノルドは銀の輪へ魔力を流した。三つの輪が停止し、赤い光が消える。
僕は椅子から立ち上がった。足元が少し揺れた。
レヴィは、記録板を閉じた。
「尋問の結果は変わりません。彼は父を殺す可能性がある」
「可能性だけで、命令を出すな」
「可能性を無視した結果、何人が死んだと思いますか」
アーノルドは答えなかった。
僕たちが部屋の外へ出ると、通路の壁にもたれてシアンが立っていた。
「ずいぶん長かったな」
彼は僕の顔色を見て、左手の親指を隠さなかった。
シアンは外套の内側から、王都の記録係が使う薄い照合札を取り出した。受領印はなく、正式な報告ではない。
「王都から、新しい報告が届いた」
「クリスのことか」
シアンの目が、ほんの少しだけ動いた。
「死体の確認欄が、まだ空白らしい」
彼はそれだけ言った。
屋根から落ちた仲間の生死を、なぜシアンが知っている。
僕が問い返す前に、シアンは通路の先へ歩き出した。
「死んだ人間の記録は、空白にしちゃいけないからな」
その言葉が、尋問室の赤い光より長く、僕の胸に残った。




