折れた剣の作戦図
レヴィが口にした言葉は、現世のものではなかった。
音の並びも、区切り方も、軍用の短縮法も知っている。
前世で、僕たちの部隊はその言葉を使っていた。
僕は監視室の寝台へ腰を下ろした。扉の外にはレヴィが立っている。魔導銃は下げられているが、照準はいつでも僕へ戻せる角度だった。
「どこで、その言葉を覚えた」
「あなたが知っているなら、説明は不要です」
「この世界の軍人は使わない」
「この世界の軍人ではないからです」
レヴィは扉を閉じた。
魔力を遮断する板が、外側の音を薄くする。完全な無音ではない。遠くで誰かが走り、軍事区画の扉が開閉し、地下要塞の魔力管が低く唸っている。
そのすべてを確認してから、レヴィは口を開いた。
「私は、前の世界で軍事技術者でした」
自分で言いながらも、感情は見えなかった。
「兵士ではない。兵士がどう動けば、少ない人数で多くの相手を止められるかを考える側です。魔導爆薬、遠隔信号、近接戦闘、輸送経路。戦場にあるものを、別の組み合わせへ変える」
「黎明の瞳を、そうやって変えたのか」
「最初は救護組織でした。食料を運び、負傷者を治療し、孤児を安全な場所へ移す。ですが、救護路を襲う者が現れた。護衛が足りなかった。守るための人員を増やすには、敵にとって高くつく仕組みが必要でした」
レヴィは机の上に、小さな金属筒を置いた。
魔導爆薬だ。
外見はただの短い筒だが、表面に三つの安全環がある。第一環は誤作動を防ぐ。第二環は起動条件を絞る。第三環は、使用者以外が触れた時に魔力を逃がす。
「三段階の安全機構」
僕は呟いた。
「古代炉の封印と似ている」
「同じものではありません」
「どこで知った」
「古代遺跡の断片から、構造を借りた」
レヴィは金属筒へ手を伸ばさなかった。
「完全には理解できていない。だから、三つの段階へ分けて、安全側へ倒した」
その答えに、僕は違和感を覚えた。
技術者なら、理解できないものを使わない。だが、彼は使うために、理解できる範囲へ削り、足りない部分を安全装置で囲った。
危険な発想だ。
そして、正しい部分もある。
「魔導爆薬を使って、救護組織を軍事組織へ変えた」
「軍事組織にしなければ、誰も守れなかった」
「今は、守るための武器が王都を襲おうとしている」
「王都全体を狙っているわけではない」
「黎明の瞳の軍事部門には、そう考える者がいる」
「だから、私が指揮している」
「止められていない」
レヴィは返事の代わりに、机の上の小さな信号板を指で叩いた。
三度。
少し遅れて、監視室の外から同じ間隔の音が返る。遠くの軍事区画で、魔導灯が一つ消え、次に二つ、最後に三つ点いた。
「第一信号で避難路を開く。第二信号で軍事部門を動かす。第三信号で、退路を閉じる」
「逃げる人間の退路まで閉じるのか」
「敵を中へ入れないためです」
「子どもが残っていたら?」
「避難路を開く信号が先に出る。だから、順番を間違えない」
レヴィは信号板を裏返した。刻まれた溝は三段になっている。第一段が外れなければ、第二段へ魔力は流れない。第二段が固定されなければ、第三段は起動しない。
溝は、魔導爆薬の安全環と同じ順序でしか外れない。
「部隊を動かす合図と、魔導爆薬を止める仕組みを同じ考え方で作った」
「三段階に分ければ、誰か一人の判断で全部が壊れない」
「逆に言えば、三つを同時に操作できる者がいれば、要塞全体を動かせる」
僕は信号板から目を離した。
「それを、誰に渡している」
「誰にも」
レヴィの返答は短かった。
「だから私が必要なのです」
守るために、すべてを自分の手元へ集める。
それは、アーノルドが黎明の瞳を手放せなくなった理由にも似ていた。
レヴィの目が細くなった。
「止めるには、より強い指揮系統が必要です。部隊を小さく分け、遠隔信号で同時に動かす。失敗した部隊は切り捨て、成功した部隊だけを残す。迷いを命令から消せば、被害は計算できる」
「人間を数字に変えた」
「数字に変えなければ、死者の数すら把握できない」
「数字にした瞬間、死者を増やしても誤差にできる」
レヴィは答えなかった。
彼の背後、廊下の壁には灰印が描かれている。逃げる人間を導く印。そのすぐ近くに、軍事部門の黒い羽根がある。
救うための標識と、壊すための命令が同じ壁に並んでいた。
「あなたは、前の世界で私の相棒だった」
レヴィが言った。
「私が装置と退路を組み、あなたが現場へ入った。敵の補給路を読んで、避難を先に進めた。敵が仕掛けた罠を、味方の損失なしで外した」
「僕は、お前の名前を知らない」
「覚えていないだけです。あなたは、私をコードでしか呼ばなかった」
「今は?」
「今は、敵です」
即答だった。
「ただし、今のあなたは前のあなたと違う。右肩が下がる。呼吸の間隔が変わる。嘘をつく時に、視線を一度だけ左へ逃がす」
「ずいぶん観察している」
「何年も探していたからです」
レヴィは、魔導銃の銃床へ手を置いた。
「最後の作戦で、建物が崩れた」
胸の奥に、冷たい空白が開いた。
鉄骨の軋む音。
粉塵。
遠くで点滅する灯り。
思い出そうとすると、頭の中に白い壁が立ち上がる。
「あなたは、私へ最後の指示を出した」
「何を?」
「聞こえなかったことにしたいのですか」
レヴィの声が初めて乱れた。
「私は、あなたの指示に従って民間人を逃がした。あなたは崩れた建物の中へ戻った。私は待った。待ち続けた。けれど、あなたは出てこなかった」
僕の指が、寝台の端をつかんだ。
誰かを置いてきた。
その感覚だけが、記憶の底に残っている。
だが、誰を。なぜ。最後に何を言ったのか。
まだ思い出せない。
「あなたは、死んだと思った」
レヴィは低く言った。
「だから、こちらへ来てから、守るための組織を作った。二度と誰かを待つ側にならないために、先に全員を動かせる軍隊を作った」
その言葉には、アーノルドへの恩義だけではない執着があった。
父に拾われた義弟として、居場所を守りたかった。
前世で置き去りにされた相棒として、僕を許せなかった。
ふたつの人生の恨みが、ひとつの銃口へ集まっている。
「レヴィ」
僕は彼の名前を呼んだ。
彼の肩が、ほんの少し揺れた。
その瞬間、胸の奥で古い感触が戻った。
背中の留め具を掴まれた感触だけ。映像はまだなく、声の輪郭もなかった。
レヴィは魔導銃を上げた。
「前世でも、お前は最後に、待っている仲間を置いていった」
その告発が、監視室の薄い壁に突き刺さった。




