冷たい銃口の理由
黒髪の青年は、魔導銃の照準を僕の胸へ合わせていた。
銃口の奥で、淡い青い光が脈打っている。
僕は、彼の指が引き金に触れていないことに気づいた。構えているだけではない。撃つ直前まで、相手の言葉を聞く余地を残している。
だが、撃つことをためらっているわけでもない。
「レヴィ」
アーノルドが呼んだ。
「銃口を下げろ」
「お父様。そいつは影班の人間です」
「聞こえなかったか」
「聞こえています。だから、命令の意味を確認しています」
レヴィの視線が、僕の外套へ移った。
外套は普通の旅装に見える。だが、裏地には魔力を遮断する糸が縫い込まれている。僕が捨てた身分証の代わりに、まだいくつかの影班用装備を隠していた。
レヴィは一歩近づき、僕の袖口を見た。
「全部、今ここで外せ」
「僕が拒否したら?」
「右手から順番に、指を一本ずつ折る」
言い方に脅しの熱がない。
実行する手順を、ただ説明している。
僕は袖口へ手をかけたまま、動きを止めた。
「右の袖に、通信妨害用の薄板。靴底に、残留魔力を拾う銀針。襟の内側に、王国の拘束具を一度だけ無効化する細い針」
レヴィは迷いなく言い当てた。
「それから、腰の内側に隠している黒い糸。結び方が軍用です。これだけの道具を持って、ただ逃げてきたと言うつもりですか」
「逃げる以外に、できることがなかった」
「できることは、いつも複数ある。選ばなかっただけです」
それは、どこかで聞いた考え方だった。
人を守るために、先に敵を壊す。
レヴィは、誰かを救うための判断を、最初から損害の計算に置き換えている。
僕は、言われた順に道具を外し、机へ並べた。
「よく見ている」
「見るのが仕事です」
「軍人か」
「軍人ではありません。軍人に命令する側です」
レヴィは魔導銃を下ろさない。
その武器は、王国軍の標準型とは違っていた。通常の魔導銃なら、魔力管が銃身の外側に沿っている。発射時に余分な魔力が光となって漏れるため、遠くからでも兵種を見分けられる。
レヴィの魔導銃には、その管がない。
魔力核を銃床の内部へ収め、短い銃身の中で二つの流路を交差させている。発射時の光を抑え、反動を斜め下へ逃がす構造だ。
この世界の軍人が作る武器ではない。
効率が異常に高い。だが、整備を間違えれば魔力核が暴発する。扱う者の技術を前提にした、危険な設計だった。
「その魔導銃は誰が作った」
「質問する立場ですか?」
「構造を知りたいだけだ」
「知ってどうする。奪うのか、壊すのか」
レヴィの目に、一瞬だけ興味が浮かんだ。
すぐに消えたが、見逃さなかった。
「武器の設計者は、相手が何を守るために撃つかを考える。あなたは、撃つ前に構造を見る」
「お前も同じだろう」
「私は撃つ前に、撃った後の死者数を見る」
その言葉に、アーノルドの顔が険しくなった。
「レヴィ、ユーリは私が預かる」
「お父様が?」
レヴィの声に、初めて感情が混じった。
「この男は、あなたを殺すために来た。なのに、あなたは名前を呼んだ」
「ユーリは私の息子だ」
「だから危険です」
「だから殺すのか」
「必要なら」
「お前は、必要という言葉を簡単に使う」
アーノルドの声が低くなった。
「軍事部門の兵士たちに、同じ言葉を教えたのはお前だ」
「教えなければ、彼らは守るべき人間を選べなかった」
「選ぶことと、切り捨てることは違う」
「結果が同じなら、違いは記録の上にしかありません」
その言葉に、僕はレヴィを見た。
彼はまだ若い。だが、若さを判断の速さで覆い隠している。誰かを失う前に、失った後の数字を並べておくことで、痛みを感じないようにしている。
それが、妙に懐かしかった。
僕も昔、同じことをしていた。
アーノルドの指が、軍用杖を握り直した。
部屋の外から、複数の足音が近づく。軍事部門の兵士たちだ。レヴィが一度視線を動かすだけで、彼らは扉の両側へ分かれた。
命令がなくても、配置が決まる。
レヴィは人を動かすことに慣れている。
「殺すな」
アーノルドが言った。
その一言には、首領の命令と父親の願いが重なっていた。
「ユーリを北側の監視室へ移せ。武器は取り上げる。外部との通信は禁止。必要な食事と治療は与えろ」
「監視役は?」
「お前がやれ」
レヴィは僕を見た。
「私が?」
「他の者では、彼を見失う」
「それは、私に信頼を置いているという意味ですか」
「お前なら、必要以上に殺さない」
「必要なら、殺すと?」
「必要を決める前に、私へ報告しろ」
レヴィはしばらく黙った。
やがて、魔導銃の安全具を戻した。
「命令は理解しました」
兵士が僕へ近づく。
僕は抵抗しなかった。
今、逃げるのは簡単だ。兵士の配置、扉の厚さ、照明の死角。脱出経路はすでに見えている。
だが、逃げれば心臓の封印構造を調べられない。アーノルドの記録にも近づけない。そして何より、レヴィという青年が何者なのかを知る機会を失う。
レヴィは、僕の右側を歩いた。
会話はしない。
ただ、僕が嘘をついた時に出る癖を見ようとしている。
監視室へ向かう途中、レヴィが突然立ち止まった。
「父親に捨てられた子どもは、もっと怒ると思っていました」
「怒っている」
「右肩が下がっています」
僕の身体が、わずかに固まった。
嘘をつく時に、右肩が落ちる。
ガウェインにも見抜かれた癖だ。前世から持ち越した癖だと、僕だけが知っているはずだった。だが、レヴィの視線は、まるで何年も前からその動きを知っているようだった。
「昔から、その癖がある」
「僕を知っているのか」
「知らない」
レヴィは答えた。
「ただ、似た動きをする人間を知っている」
「誰だ」
「あなたが答える側です」
監視室の扉が開いた。
簡素な寝台と机。壁には魔力を遮断する板が貼られている。逃げ道は一つ。外側にはレヴィが立つ。
僕が中へ入ると、彼は扉を閉めずに立っていた。
魔導銃の銃口は、まだ僕から外れていない。
「最後に一つだけ確認します」
「何だ」
レヴィの口から、今世の言葉が消えた。
代わりに、短く、乾いた軍用の発音が響いた。
「アール・クリア。フレンドリー・ファイア、ゼロ」
その言葉を聞いた瞬間、胸の奥で何かが崩れた。
前世の作戦中、味方の射線を確認するために使っていた言葉。
この世界の誰も知らないはずの、僕とあの部隊の仲間だけが使っていた軍用言語。
レヴィは、僕の反応を見ていた。
「やはり、知っている」
冷たい銃口の奥で、魔力の光が一度だけ揺れた。




