抜かれた資料の行方
父の手紙を読み終えた翌朝、特務捜査隊本部から緊急の魔導通信が届いた。
送信者はガウェインだった。
文面は短い。
――本部へ来い。記録流出が発生した。
「罠でしょうか?」
フィーナが尋ねた。
「特務捜査隊本部からの正式な通信ではありません」
僕は通信札を裏返した。
表の印はガウェインのものだが、裏側には新しい封印が重ねられている。送信経路を隠すためのものではない。誰かに盗聴されている可能性を示す、簡単な警告だった。
「ガウェイン特務捜査官が、僕たちへ危険を知らせている」
「なら、行くのですか?」
「行きます。記録流出が父の事件とつながっているなら、見逃せません」
フィーナは少し考えた。
「罠だった場合は?」
「罠を調べます」
「あなたは、危険を見つけると近づく癖がありますね」
「配達員なので」
「その言い訳は、もう使わない約束では?」
僕たちは、オズワルドの馬車で特務捜査隊本部へ向かった。
王都の中心にある特務捜査隊本部は、灰色の石で造られている。入口には王国の紋章と、秩序を示す短い標語が刻まれていた。
――法は、記録されて初めて存在する。
その言葉を見た時、僕はギルドの掲示板を思い出した。
安全のための犠牲。
どちらも、記録を持つ側の言葉だった。
玄関へ入ると、職員たちが走り回っている。魔導通信札を抱えた者、封印箱を運ぶ者、誰かを探して廊下を往復する者。
中央の記録室では、書類棚の一部が開け放たれていた。
「何が起きた?」
フィーナが尋ねる。
若い捜査官が振り返った。
まだ成人して間もないような顔立ち。制服は整っているが、髪が少し乱れている。手には、封印を解いた記録板を抱えていた。
「ガウェイン特務捜査官を探しています。私はカイル。特務捜査隊記録課の補佐です」
「カイル、勝手に記録室へ入るな」
ガウェインが奥から現れた。
疲れた顔をしている。
いつも余計なものを捨てている目に、明らかな怒りがあった。
「特務捜査官」
カイルが姿勢を正す。
「記録流出の件ですが、私は――」
「後で聞く」
ガウェインは、僕とフィーナを見た。
「来てくれて助かる」
「何が流出したんですか?」
「特務捜査隊が保管していた十四年前の救援撤回命令。その写しが、公爵家へ渡った」
僕は息を止めた。
父が帰らなかった夜の命令書。
王都地下へ運ばれたはずの、消された記録。
「事件全体の記録ではありません」
ガウェインは続けた。
「古代兵器の輸送記録も、暗殺部隊の証拠も流出していない。狙われたのは、救援撤回命令だけだ」
「公爵家は、それを何に使うのですか?」
「まだわからない」
フィーナが記録板へ青い光を当てた。
「複製された記録には、王国特務捜査隊の保存印が残っています。外から盗んだのではなく、内部の人間が正規の手順で写しを作った」
ガウェインが記録室の奥を見た。
「写しを作れる職員は四人。そのうち三人は昨夜から本部を離れていない」
カイルの顔が強張った。
僕は、その反応を見た。
嘘をつく人間は、たいてい言葉を丁寧に選ぶ。
だが、今のカイルは早口だった。選ぶ余裕もないほど、追い詰められている。
「残る一人が、私です」
「記録の閲覧権限を持っていた」
「はい」
「命令書を見たか?」
「見ました」
カイルは答えた。
「しかし、流していません」
言葉が、急に整った。
丁寧すぎる。
ガウェインも気づいたようだ。
「何時に閲覧した?」
「昨日の午後、二時十四分です」
「一人で?」
「はい」
「写しを作ったか?」
「作っていません」
カイルの視線が、記録板へ落ちる。
そこには、流出した命令書の写しが置かれていた。
フィーナが、紙の端を調べている。
「この紙は、本部の正式用紙です。ただし、角に保管庫の灰が残っている」
「保管庫から出したのは、あなたか?」
ガウェインが聞いた。
「違います」
カイルの返事が、早すぎた。
ガウェインは、彼を会議室へ連れていった。
部屋の中には、椅子が二つと机が一つ。僕が王都ギルドで取り調べられた部屋と似ている。
違うのは、ガウェインがカイルを立たせたままにせず、椅子へ座らせたことだった。
「カイル。君は、記録を流した」
「流していません」
「命令書の写しを、昨夜、公爵家の使者へ渡した」
カイルの手が震えた。
「証拠がありますか?」
「君の魔導通信札の履歴だ」
ガウェインは、現在の魔導通信記録を机へ置いた。
記録は書き換えられていない。送信時刻、受信先、使用した封印が残っている。
「通信は妨害できても、送った記録そのものを自由に変えることはできない」
フィーナが言った。
ガウェインが続けた。
「君は、午後二時十四分に記録を閲覧し、二時二十分に公爵家の中継所へ短い送信をしている」
カイルが俯いた。
机の上の通信記録へ、指を置いたまま動かない。
「この送信の前に、家族の保護先が変更されています」
彼は、送信時刻と宛先の欄を隠さず示した。
「私が命令に従った証拠と、従わせた側の記録を、同じ机に残してください」
ガウェインの声が低くなった。
「最初から、家族を解放する気はなかったのだろう」
カイルは答えなかった。送信時刻も宛先も、隠さないまま机の上に残した。
ガウェインは、すぐに逮捕具を出した。
カイルは目を閉じた。
「家族を、先に保護してください」
「君を逮捕する」
「わかっています」
「だが、家族も保護する」
カイルが顔を上げた。
ガウェインは、逮捕具をカイルの手首へかけた。
「君の罪は消えない。だが、家族を救うことと、君を裁くことは両立する」
カイルは、ゆっくり頷いた。
その時、記録室の奥で別の職員が叫んだ。
「特務捜査官! 流出した資料の中に、もう一つ不審なものがあります!」
ガウェインが向かった。
職員が持っていたのは、影班の作戦資料だった。
表紙には、王国直属の黒い封印。
内容は、潜入員の配置、偽装身分、過去の任務記録。
その一頁に、僕の名前が記されている。
ユーリ・クロムウェル。
王立輸送ギルド潜入。
影班員。
フィーナが紙へ鑑定鏡を向けた。
「この資料も、公爵家へ送られています」
ガウェインの顔から、最後の温度が消えた。
ギルドだけではない。
特務捜査隊の表組織だけでもない。
影班の作戦内容まで、公爵家へ流れている。
カイルが、逮捕具をかけられた手を見つめた。
「私は、その資料の存在を知りません」
影班の資料まで流したとは、誰も考えなかった。
彼が自分の判断で流したと確認できるのは、十四年前の救援撤回命令だけだった。
公爵家が欲しがっているのは、古代兵器の価値だけではない。
救援命令を消した理由。
父が生きている理由。
影班が僕を潜入させた理由。
そのすべてを、彼らは追っている。
ガウェインが、流出資料の最後の頁をめくった。
そこには、僕の名前の下へ短い一文が追加されていた。
――対象は、父親の生存を知らない。
僕は、その文字を見つめた。
その資料が公爵家のものなら、彼らは僕が父の生存を知らないことまで把握していたことになる。
ならば、古代兵器の箱が僕の手へ渡ったことも、最初から計画されていたのかもしれない。




