脈を読む部屋
ギルドの騒ぎを収めたガウェインが、夜明け前にセーフハウスへ合流した。混乱に紛れてギルドの裏門から逃げようとした男を、そのまま捕らえて連れてきたのだ。
オズワルドが、地下倉庫の奥にある小さな部屋へ男を押し込む。男は王立輸送ギルドの制服を着ているが、胸元の徽章は外されていた。
「名前は?」
ガウェインが尋ねる。
「ダリオ・ヘルツ。輸送管理部の責任者です」
「責任者だった、だろう」
フィーナが訂正した。
ダリオは彼女を睨んだ。
「私は何もしていない。部長の命令に従っただけだ」
「それは、何もしていない人間の言い方ではありません」
フィーナは机へ証拠札を並べた。
整備路の鍵の貸出台帳。
公爵家の馬車の通行記録。
偽造された輸送伝票。
三つの物証を、わざと順番を間違えて置く。
「最初に、整備路の鍵が貸し出された」
フィーナが言った。
「次に、公爵家の馬車が通った」
「違う」
ダリオが反射的に口を挟んだ。
「馬車が先だ。鍵を借りたのは、その後の確認作業だ」
部屋の空気が止まった。
フィーナは表情を変えず、札の位置を直した。
「訂正します。公爵家の馬車が先、整備路の鍵が後」
ダリオは、自分が何を言ったのかに気づいた。
「いや、私は記録を見たわけでは――」
「今、順番を知っていると認めました」
ガウェインが言った。
「記録上は、馬車の通行時刻は空白になっている。なぜ、先だと判断できた?」
ダリオの喉が動く。
「誰かから聞いた」
「誰から?」
「部長からだ」
「バレル部長は、何を知っていた?」
ダリオは黙った。
僕は、机の端に置かれた水差しを見た。男の視線が、三回そこへ落ちている。喉が渇いている。緊張で口の中が乾き、言葉を飲み込むたびに呼吸が浅くなっている。
前世で、尋問をする時に見ていたのは、顔ではなく、逃げ道だった。
相手がどこへ視線を逃がすか。
何を訂正したくなるか。
どの言葉だけを、先に否定するか。
僕は、あえて別の札を指した。
「では、箱が心臓だと知っていたのは、公爵家の馬車が来た後ですか?」
ダリオの視線が、輸送伝票へ落ちた。
「違う。心臓は――」
男の口が止まる。
僕は声を出さなかった。
フィーナが記録板へ一行書く。
心臓という語を、男は自分から使った。
王立輸送ギルドの正式記録には、古代兵器の部品としか書かれていない。箱の中身を知らない運搬責任者なら、心臓とは呼ばない。
「続きをどうぞ」
ガウェインが言った。
「心臓は、倉庫へ到着した時点で、もう封印が不安定だった」
ダリオは、額の汗を袖で拭った。
「私は、そう聞いただけだ」
「誰から?」
「バレル部長だ」
「バレル部長は、心臓の機構を理解していたのか?」
「全部ではない。だが、価値は知っていた」
ダリオの声が小さくなる。
「公爵家が、あれを王都へ持ち込めと言った。部長は、輸送の形を整えろと命じた」
「輸送の形?」
僕が尋ねた。
「箱の記録、担当印、封印番号。中身が何であれ、正規の荷物に見えるようにする」
フィーナが赤い保存糸を結ぶ。
「心臓を盗む計画ではなく、移動を正規化する計画だった」
「私は、ただ書類を揃えただけだ」
「書類を揃えることで、誰が得をする?」
ガウェインが聞いた。
「公爵家だ」
ダリオは即答した。
次の瞬間、左手で口元を覆った。
言ってはいけない名前を口にした時の動きだ。
「公爵は、心臓をどこへ運ぶつもりだった?」
僕が聞く。
「王都地下」
「古代炉へ?」
「知らない」
ダリオの視線が、床へ落ちる。
「私は、地下整備路へ荷を入れる手配をしただけだ」
「整備路の鍵はシアンが借りた」
「シアンは、受け渡しの準備をした」
「誰のために?」
「公爵家の馬車が去った後、残された箱を整備路へ移すためだ」
部屋の空気が冷えた。
シアンは、心臓を盗んだのではない。
公爵家の受け渡しが終わった後の道を使っただけだ。
すり替えは、その前に別の人間が済ませていた。
「公爵家の馬車は、整備路を通った」
フィーナが言った。
「通行記録は残っていない」
「残すなと命じられた」
「誰が?」
「部長です」
「バレルは、どの程度まで知っていた?」
「心臓の価値と、運ぶ場所。封印が三重であること。箱を移す時間」
ダリオは、両手を震わせた。
「でも、起動させるなとも言われていた」
僕は顔を上げた。
「誰が?」
「アーノルドだ」
その名前が出た瞬間、地下室の灯りが一度だけ揺れた。
ダリオは続ける。
「古い軍用文書に、指示があった。心臓を王都へ持ち込むな。古代炉の中枢へ接続するな。起動すれば、辺境だけでなく王都まで巻き込む」
フィーナが記録板へ手を止めた。
「アーノルドが、その指示を出した?」
「そう書いてあった」
「彼は、心臓を起動させるなと言っていたのですね」
「はい」
ダリオは答えた。
だが、その言葉は部屋の混乱へ埋もれかけた。
ガウェインは、別の証拠札へ目を向けている。フィーナは時刻を書き、オズワルドは窓の外を警戒していた。
僕だけが、その一文を聞き逃さなかった。
父は、古代兵器を使おうとしていたのではない。
止めようとしていた。
少なくとも、心臓を王都へ持ち込む計画には反対していた。
「アーノルドは、どこにいる?」
僕が尋ねた。
「知らない」
「手紙は?」
「ない」
「指示書は?」
「バレル部長が持っている」
ダリオは答えた。
「部長は、アーノルドの名前を出すなと言っていた。命令書の署名が、組織の印ではなく、アーノルド本人の筆跡だったからだ」
「どういう意味ですか?」
フィーナが聞く。
「組織の命令なら、従ったことにできる。だが、アーノルド個人の命令なら、彼が計画を止めようとした証拠になる」
ダリオは俯いた。
「だから、記録から名前を消す必要があった」
父の名前を消したのは、父を罪人にするためだけではない。
父が止めようとした事実を、消すためだった。
ガウェインは、すべての証拠を赤い保存糸でまとめた。
「ダリオ。あなたは、バレル部長から何を受け取った?」
「命令書と、報酬です」
「どこにある?」
「ロッカーの裏」
オズワルドが立ち上がった。
「場所はわかる」
「では、回収する」
ガウェインが言った。
ダリオは、椅子の上で震えていた。
「私をどうする?」
「証言者として保護する」
「部長に消される」
「だから、保護する」
ガウェインの声には、迷いがなかった。
彼は、黎明の瞳を一枚の紋章だけで判断できなくなっている。
薬を運ぶ者と、暗殺をする者。
父を名乗って心臓を止めようとする者と、王都へ持ち込もうとする者。
組織も、王国も、同じ顔をしていない。
僕は、机の上の最後の証拠札を見た。
そこには、短くこう書かれていた。
――アーノルドは、心臓の起動を拒否した。
その文字を見た時、隠し部屋の扉の下へ、一枚の封筒が滑り込んだ。
封筒の表には、僕だけが幼い頃に呼ばれていた名前が書かれていた。




