↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『偽りの封印と灰色の伝票』 ~元特務潜入員の配達員は、改ざんされた記録で巨悪を暴く~  作者: NN
ギルドの罠と、影班出撃編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

28/121

逃亡路の御者

 開いたままの扉の向こうは、暗かった。


 背後の路地から、バレルの部下たちが近づいてくる。魔導銃の発射準備音が、石壁へ反響した。


 僕は先にフィーナを押し込んだ。


 馬車の中は暗く、窓には魔力遮断の布がかけられている。外の灯りがほとんど入らない。


 僕が乗り込むと、御者が手綱を鳴らした。


 黒い馬車が動き出す。


 直後、背後で魔導弾が石畳へ当たった。馬車の後部に青い亀裂が走ったが、車体の魔力障壁が受け止めた。


「王都の中心で、ギルド部長が魔導銃を撃つとは」


 フィーナが言った。


「撃ったのは部下です」


「命令したのはバレルでしょう」


「見ていたのですか?」


「聞けばわかります。発射音が三つ。その後、彼の声で追跡を命じていた」


 フィーナは、逃げ込んだばかりの馬車の中でも冷静だった。


 僕は扉の隙間から外を見た。


 黒塗りの車体は、表通りではなく狭い裏道を選んでいる。石畳の継ぎ目を避け、魔導灯の明るい場所を避け、警備詰所の前を通らない。


 御者は、王都の裏道を知り尽くしている。


「この馬車は、誰のものですか?」


 僕が尋ねた。


「倉庫番の馬車だよ」


 御者が答えた。


 その声に、聞き覚えがあった。


 馬車が角を曲がり、御者席の覆いが少し上がる。


 乱れた髪。


 片方だけほどけた靴紐。


 鍵束を腰へ下げた、だらしない倉庫番の顔。


「オズワルドさん」


 僕が名前を呼ぶと、彼は振り返らずに笑った。


「やあ、ユーリ君。王都へ帰ってきたと思ったら、今度はギルドから逃げ出したのかい」


「助けてくれたんですか?」


「倉庫番は、なくなったものを拾う仕事だからね」


「僕たちは、なくなっていません」


「記録の上では、二人とも消されかけている」


 オズワルドは手綱を操りながら言った。


「なら、拾っておく価値はある」


 フィーナが馬車の床へ証拠袋を置いた。


「この馬車は、特務捜査隊の許可を受けていますか?」


「受けていない」


「なら、逃亡幇助です」


「そうだね」


 オズワルドはあっさり認めた。


「あなたは、犯罪行為を軽く扱いすぎでは?」


「重く扱うと、動けなくなる。倉庫番は、荷物を動かす仕事だ」


 馬車は、王立輸送ギルドから離れていく。


 ギルドの鐘が遠ざかる。


 オズワルドは大通りへ出る前に、馬車の側面にある小さなレバーを引いた。車輪の周囲へ薄い灰色の魔力膜が広がる。


「追跡印を隠す魔導具だ」


 フィーナが言った。


「正確には、追跡印へ別の荷物の魔力を重ねる」


 オズワルドは答えた。


「誰かを追跡するなら、目印が必要だ。目印を三つ重ねれば、追う側はどれが本物かわからなくなる」


 僕は配達鞄を見た。


 特務捜査隊の追跡印が、かすかに震える。


「ガウェイン特務捜査官は?」


「ギルドの中に残った」


「バレルの部下と?」


「彼は、部長を逃がさない。君たちを逃がす時間を作った」


 オズワルドの声から、冗談が消えた。


「特務捜査官が、僕たちを助けた?」


「助けたのではない。捜査上の都合だろう」


 フィーナが言った。


「彼は、証拠が消えるのを嫌がる」


「それでも、命を張ってくれた」


 僕は窓の外を見た。


 王立輸送ギルドの建物が、遠くの魔導灯の向こうへ消えていく。


「オズワルドさん。心臓の箱が公爵家の馬車へ移されたことを示す輸送票を、バレルが持ち出しました。母の名の伝票は、ここにあります」


「そうか。輸送票を持ち出したか」


「知っていたんですか?」


「輸送票の存在は知っていた。行き先までは見ていなかった」


「母が、十四年前のグラキエスにいた可能性があります」


 オズワルドは、すぐには答えなかった。


 馬車は石畳を離れ、古い倉庫街へ入る。


「母親の名前は、本名だったかい?」


「わかりません」


「なら、名前だけを追うな。名前は、記録を消す人間が最初に変えるものだ」


 オズワルドは言った。


「受取人の筆跡、薬品の種類、受け取った場所。人間ではなく、周囲の物を照合しろ」


「フィーナさんと同じことを言いますね」


「封印鑑定士と倉庫番は、似た仕事をする。どちらも、記録からこぼれたものを拾う」


 馬車が細い坂道を上る。


 その途中で、オズワルドは御者席の横にある小さな収納箱を開いた。


 中から、古い紙束を一つ取り出す。


 表紙には、王国軍の古い印がある。


「十四年前の名簿だ」


 フィーナが手を伸ばした。


「今、見せるのですか?」


「見せるが、渡しはしない」


 オズワルドは紙束を胸元へ戻した。


「これは心臓の事件の記録ではない。アーノルド隊の救援名簿だ」


 僕の視線が、紙束へ吸い寄せられる。


「父の部隊の?」


「正確には、部隊と避難した住民の名簿だ。王都の公式記録には、半分しか残っていない」


「残りは?」


「倉庫にしまった」


「なぜ、今まで渡してくれなかったんです?」


「君が自分で選ぶ余地を残すためだ」


 オズワルドは、前を見たまま答えた。


「真実を知る準備ができていない人間へ、記録を渡すと、記録に人生を決められる。私はそれを、十四年前に一度やった」


 彼の声が、少しだけ重くなった。


 荷物を出せなかった倉庫番。


 命令に従い、救援物資を止めた男。


 彼は、記録を隠したのではない。


 記録の中にある自分の罪を、誰にも見せられなかったのだ。


「オズワルドさん」


 僕は、紙束を見た。


「母の名前は、名簿にありますか?」


「それは、自分で確認しろ」


 馬車が急に止まった。


 フィーナが壁へ手をつく。


「敵ですか?」


「違う」


 オズワルドは、御者席から降りた。


「隠れ家に着いた」


 王都の外れにある、古い荷物倉庫だった。表から見れば使われていない建物だが、扉には影班の偽造封印がある。


 オズワルドが鍵を回す。


 扉が開いた。


 内部には、武器ではなく荷物が並んでいた。薬、包帯、毛布、食料。隅には偽造された通行証と、王国各地の配送札がまとめられている。


「ここは、影班の装備保管所ですか?」


 フィーナが尋ねた。


「正確には、装備を渡す場所だった」


 オズワルドは答えた。


「今は、誰が味方かもわからない。今回の作戦情報は、影班の内部から漏れている」


「影班の内部に、裏切り者が?」


「裏切り者とは限らない。命令を正しいと思っている人間が、もっと危険なこともある」


 彼は倉庫の奥へ歩いた。


 僕たちは後に続く。


 薬箱の間を抜け、布で隠された荷台を開く。


 その中に、人影があった。


 腕を後ろで拘束され、壁へ寄りかかっている。


 左手の親指を隠し、灰色の火傷を布で覆った男。


 シアンだった。


 彼は顔を上げた。


「……よお、親友」


 オズワルドが、荷台の扉を閉めた。


 倉庫の外で、王都の鐘が鳴る。


 今度は、逃亡者を探す警報だった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。