↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『偽りの封印と灰色の伝票』 ~元特務潜入員の配達員は、改ざんされた記録で巨悪を暴く~  作者: NN
極寒の逃走・前世覚醒編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

16/28

肉パイの賄賂

「王立輸送ギルドの担当印だ。箱を開ける」


 検問兵が、偽の封印箱へ手を伸ばした。


 僕は二重底の中で、息を止めた。


 箱が開けば、僕の印が押された偽物が記録される。封印の中身が何であろうと、記録上は僕が運んだことになる。


「開けるな」


 ガウェインの声が響いた。


「なぜ止める?」


「その箱は、私が捜査物件として保全する」


「公爵直属の監察命令がある」


「ならば、私の特務捜査隊封印と照合しろ。勝手に開ければ、証拠の改ざんになる」


 検問兵が言葉に詰まった。


 公爵家の印を盾にしているのに、ガウェインは特務捜査隊の権限で押し返している。どちらの封印が上位かを争えば、記録に時間がかかる。時間がかかれば、検問兵の交代が来る。


 僕は床板の隙間から、外の魔力の流れを読んだ。


 監視塔の魔導灯が、四回明滅する。


 交代まで、あと三分。


「箱を開けないなら、容疑者を確認する」


 検問兵が言った。


「顔を見せろ」


 ガウェインは、二重底の存在を知らないふりをした。


「ユーリ・クロムウェルは、私が拘束している」


「どこにいる?」


「魔導装甲車の後部だ」


 僕は心の中で舌打ちした。


 嘘ではない。だが、後部にいることを確認されれば、床下へ槍を突かれる。


「連れてこい」


「ここで?」


「顔を確認するだけだ」


「彼は暗殺部隊に襲われて負傷している。治療を受けたばかりだ」


「それでも命令だ」


 ガウェインの足音が、魔導装甲車の後部へ近づいた。


 床板の上で、槍の先が動く。


 魔力遮断シートのすぐ上を、金属が擦った。


 僕の隣で、シアンの呼吸が止まる。


 パックが魔導バッグへ手を伸ばした。今度は止めなかった。狭い床下へ、香ばしい匂いが流れ込んできた。


 肉と香草。


 焼けた小麦の香り。


「……肉パイ?」


 シアンが囁いた。


「パック、賄賂」


「お前、声が大きい」


「小さい声、難しい」


 床板の隙間から、包み紙が一枚滑り込んできた。


 赤い線が、紙の縁へ細く滲んでいる。染料が糸のように繊維へ入り込み、包み紙を留めていた。


 ただの飾りではない。


 食料を配るための印にしては、線が正確すぎた。


「それ、何?」


 シアンが尋ねる。


「支援物資の包み紙。王都の染料だよ」


 車外で、担架の車輪が石床を擦る音が止まった。ミーシャが濡れた袖を払いながら、車内へ戻ってくる。患者を別の警備車へ移し終えたのだ。


「この赤、普通の染料じゃない。糸を染める時のもの。紙を束ねる印に使ってる」


 赤い糸。


 僕はその線を記憶へ残した。


 王都から辺境へ届く支援物資。その表の物流に、誰かが別の荷物を混ぜている。


 肉パイの包み紙にまで、同じ印が使われているのなら、食料と古代遺物は同じ経路を通っていた可能性がある。


 パックが床板を二度叩いた。


 トン、トン。


 次に、三度。


 トン、トン、トン。


 交代まで二分。風向きが変わった。そう伝えている。


 僕は指で床を返した。


 交代まで二分。後方の監視が弱くなる。


 パックが工具で二重底の留め具を外す。


 床板が数センチ開いた。


 僕は外の様子を覗いた。


 ガウェインが、検問兵の前に立っている。彼の横には、毛布を被せた人影があった。


 人間ではない。


 魔力を抑えた荷物の束だ。


 だが、遠目には人が座っているように見える。


「これが容疑者だ」


 ガウェインが言った。


「顔を確認する」


「負傷している。毛布を取る必要はない」


「規則だ」


「では、ここで確認しろ」


 ガウェインは毛布の端を少しだけ上げた。


 検問兵が身を乗り出す。


 その背後で、パックが魔導装甲車の反対側から降りた。肉パイの包みを両手に抱えている。


「兵士さん、食べる?」


 検問兵たちが振り返った。


「何だ?」


「肉パイ。熱い。酒、少し。寒い、食べる」


 パックは魔導バッグから、さらに瓶を二本取り出した。


 高級酒の封印が、雪明かりを受けて光る。


「どこから出した?」


「バッグ、出る」


「いや、そういう意味では――」


「食べる?」


 検問兵たちは顔を見合わせた。


 空腹は、命令よりも強いことがある。


 特に、雪原の検問で何時間も立ち続けている兵士ならなおさらだ。肉パイの匂いが風に乗り、監視塔の方へ流れていく。


 見張りの一人が、咳払いをした。


「一つだけなら」


「一人一個」


 パックは真顔で包みを配り始めた。


 ガウェインが僕へ視線を寄こす。


 今だ。


 僕は二重底から這い出した。


 魔力遮断シートをかぶったまま、魔導装甲車の反対側へ移動する。シアン、ミーシャも続いた。床下は狭く、身体を伸ばせない。左腕の傷が痛んだが、声を出すわけにはいかない。


 風が変わった。


 東から吹いていた雪が、北へ流れ始める。


 監視塔の灯りが、雪煙で白く滲む。


 検問兵の交代が始まった。


 新しい兵士たちが、古い兵士から帳簿と封印札を受け取っている。全員の視線が、肉パイと高級酒へ向いていた。


 調べる側が、調べられる側へ変わっている。


 僕は、ガウェインの背後へ滑り込んだ。


「ユーリ」


 ガウェインが小声で言う。


「右肩を下げるな。交代兵に見られる」


「す、すみません」


「謝るな」


「癖なんです」


「なら、今直せ」


 僕は肩を戻した。


 ガウェインは、検問兵へ向き直った。


「容疑者の確認は終わった。公爵直属の箱は、こちらで保全する。記録には、私が引き取ったと書け」


「しかし、箱の担当印が――」


「担当印を調べる前に、印章そのものを調べろ」


 ガウェインは、偽の封印箱を指した。


「印だけで人間を犯人にするな。最初に見た者の話まで戻れ」


 検問兵が不満そうに箱を見る。


 だが、隊長は酒の瓶を受け取り、封を開けた。


 その瞬間、塔の魔導灯が五回明滅した。


 交代完了の合図。


 新しい検問兵が、帳簿を開く。


「次の通過車両は?」


「王都からの鉱石便だ」


 隊長が答える。


 僕たちの魔導装甲車は、鉱石便ではない。


 だが、荷台の側面に貼られた古い輸送札には、鉱石便の印が残っている。パックが魔導バッグから出した偽札だった。


 ガウェインが手を上げる。


「通過させろ」


「特務捜査官?」


「私が追っている容疑者は、ここにはいない」


 検問兵が魔導装甲車の後部を見た。


「では、あの男は?」


「私の捕虜だ」


 ガウェインが、毛布の束を指す。


「盗難犯は別方向へ移送する」


 兵士たちは、毛布の下にいるものを確認しなかった。肉パイを片手に、帳簿へ視線を戻した。


 封印箱を先に調べ、人間を後回しにする。


 記録を固定できるなら、人間の顔など必要ない。


 その制度の隙を、僕たちは利用した。


 パックが運転席へ戻る。


 シアンとミーシャが後部へ入り、僕はガウェインの隣へ立った。


「私も乗る」


 ガウェインが言った。


「検問兵に見つかります」


「見つかったら、君を捕らえた特務捜査官として説明する」


「僕が逃げたら?」


「追う」


「それでも共闘ですか?」


「捜査だ」


 魔導装甲車がゆっくり動き出した。


 検問所の木柵が開く。


 雪煙が車体の後ろへ流れ、監視塔の灯りが遠ざかっていく。


 その時だった。


 交代したばかりの若い検問兵が、帳簿から顔を上げた。


「待て」


 魔導装甲車が止まる。


 若い兵士は、僕を見ていた。


 似顔絵と僕の顔を比べているわけではない。


 もっと古い何かを見ている目だった。


「その顔……」


 兵士の口元が歪む。


「影班の犬だ」


 僕の背中を、冷たい汗が流れた。


 彼は、ユーリ・クロムウェルの名前を知らないはずだ。


 それなのに、僕が何者なのかを知っている。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。