床下の検問
軍用魔導方位盤が示した地下道へ入るには、国境検問を越えなければならなかった。
雪原の谷間に、木柵と石壁が組まれている。王国の紋章を掲げた監視塔が三つ。魔導灯は白く、周囲の雪を昼間のように照らしていた。
道を塞いでいる兵士の数は、二十人ほど。
その中に、僕の似顔絵を持っている者がいる。
「ユーリ・クロムウェル。古代遺物横領の容疑者。見つけ次第、拘束」
兵士が手配書を読み上げた。
似顔絵は、僕を少しだけ凛々しく描いている。実物より顎が細く、目つきが鋭い。こんな顔なら、配達員としてもっと早く出世していたかもしれない。
「本人は、もっと怯えている顔だ」
ガウェインが言った。
僕は反射的に肩を落とした。
「す、すみません……」
「その反応は似ている」
ガウェインは王国特務捜査隊の身分証を掲げ、魔導装甲車を止めた。
「王国特務捜査隊、ガウェイン特務捜査官。王立輸送ギルドの容疑者を拘束した。国境を越える前に照合を行う」
検問兵の隊長らしき男が近づいてくる。
「ガウェイン特務捜査官。指名手配書には、容疑者は単独逃亡とある」
「逃亡中に暗殺部隊と接触し、こちらが保護した」
「暗殺部隊?」
「君たちの記録にない武装集団だ。証拠は後で提出する」
ガウェインの声は冷たかった。
検問兵は僕を見た。次に、シアン。最後に魔導装甲車の後部へ視線を移す。
「車内を調べる」
「好きにしろ」
ガウェインが即答した。
僕は彼を見た。
好きにしろ、という言い方は、車内に何か隠している人間のものではない。だが、ガウェインは僕の方へ一瞬だけ視線を寄こした。
右の床板。
僕は、その意味を理解した。
「パック」
「了解!」
パックが運転席から降りる。
「荷台の二重底を開けられますか?」
ガウェインが尋ねた。
「開く。車、古い。床、二重」
パックは魔導バッグから、平たい金属板を取り出した。床の留め具へ差し込むと、魔導装甲車の荷台に隠されていた二重底が開く。
中は、人ひとりが横向きになっても余裕がない。肩を寄せれば、三人がどうにか身を隠せる程度の狭さだった。
開いた床板の縁には、補強材とは思えない三本の浅い溝が残っていた。古い傷に見えたが、三本とも同じ幅で、途中で途切れている。
この車体は、十四年前に崩落した旧塩鉱道の調査車を辺境警備隊が払い下げられ、補修して使い続けているものだった。誰も、その床下に古代輸送路の部品が残っているとは知らなかった。
「僕が入ります」
シアンが言った。
「君ではなく、ユーリだ」
ガウェインが答える。
「顔を探している。君が見つかれば、偽装が崩れる」
「僕の顔なら?」
「私は君を捕らえたことになっている」
ガウェインは、僕へ手錠を見せた。
「検問兵の目を、私と君へ集中させる。その間にシアンとパックが隠れる。ユーリ、君は荷台の二重底へ入れ」
「特務捜査官は?」
「私は、君を引き渡す特務捜査官だ」
その言葉を聞いて、シアンが笑った。
「本当に味方かどうかわからないな」
「味方ではない。共同捜査中だ」
ガウェインは淡々としていた。
僕は二重底へ身体を滑り込ませた。
極端に狭い。
肩を動かせば床板へ当たり、膝を曲げればシアンの足へ触れる。魔力遮断シートを上からかぶせると、外の魔力の流れが遠くなった。
呼吸を深くすると、シートが膨らむ。
息を浅くする。
心臓の音がうるさい。
「ユーリ」
シアンの声が、耳元で聞こえた。
「黙っていろ」
僕は小声で言った。
「そっちこそ」
パックが最後に入り、魔力遮断シートの端を整えた。彼女の毛が鼻先へ触れる。くすぐったいが、咳はできない。
「パック、息、少し。大丈夫」
片言の声が、狭い空間に響いた。
外で、荷台の扉が開く。
「容疑者を見せろ」
検問兵が言った。
「見せる必要はない。ここで拘束する」
ガウェインが答えた。
「顔を確認しろという命令だ」
「私は王国特務捜査隊の命令を持っている」
「こちらには王立輸送監察局の通達がある」
「なら、通達を見せろ」
外の空気が張りつめた。
魔力遮断シートの向こうで、靴音が止まる。兵士は身分証ではなく、魔導装甲車の荷台へ魔力探査を向けている。
僕は息を止めた。
シートが魔力を遮ってくれているが、完全ではない。薄い膜の向こうから、探査術式が撫でるように触れてくる。
パックが僕の手首を掴んだ。
指で三回、軽く叩く。
トン、トン、トン。
呼吸の間隔を合わせろ、という合図だった。
僕は三拍子で息を吸い、三拍子で吐いた。
魔力探査が、シートの上を通り過ぎる。
「何かいる」
兵士が言った。
僕の筋肉が固まった。
「荷物が多い。食料と医療品だ」
パックが、僕の耳元で囁いた。
「違う。人、探す。箱、先」
「どういう意味だ?」
シアンが尋ねる。
「人より、封印箱、先に見る」
外で、別の兵士が叫んだ。
「封印箱を確認しろ! 容疑者の担当印があるかもしれん!」
床下の空気が、一段冷たくなった。
封印箱。
魔導装甲車の後部に、そんなものを積んだ覚えはない。
ガウェインも同じことを考えたのだろう。声の調子が変わった。
「私の捜査物件へ勝手に触れるな」
「公爵家の監察印が押されている。確認が必要だ」
「公爵家?」
ガウェインが聞き返した。
その一言には、わずかな警戒が混じった。
「ルシアン公爵直属の監察命令だ。古代遺物に関する封印箱は、内容を固定してから記録する」
検問兵が答えた。
人間を調べる前に、封印箱を調べる。
誰が何を見たのかより、箱にどんな封印があるかを先に固定する制度。いったん記録された封印が正しいことになり、中身や証言は後からそれに合わせられる。
僕たちが追われているのは、盗難犯だからではない。
最初の記録を、正しいものとして固定するためだ。
荷台の床が、軋んだ。
兵士が乗り込んだ。
魔力遮断シートの上を、靴が踏む。僕の顔のすぐ近くに、槍の穂先が下りてきた。
槍先の封印が、シートへ触れる。
シートの魔力が薄く揺らいだ。
パックが僕の口元へ手を当てた。
声を出すな。
パックの手が、僕の口元から離れない。
槍が床板を一度、叩いた。
「床下に空間がある」
兵士が言った。
ガウェインの声が割り込む。
「私の拘束した容疑者を、床下へ隠す必要があると?」
「確認する」
「なら、私を疑っていることになる」
「命令だ」
「命令なら、誰が出した?」
ガウェインの問いに、兵士が黙った。
「公爵直属と言ったな。名を」
「監察局の印がある」
「印の話は聞いていない。命令した人間の名を聞いている」
ガウェインは、相手の記録を言葉で崩そうとしている。
兵士が答えられない。
その隙に、僕は床板の裏へ指を伸ばした。魔力遮断シートの端に、細い切れ目がある。外から槍を突かれれば、次は裂ける。
パックが魔導バッグへ手を入れようとした。
僕は首を横へ振った。
音が出る。
その時、荷台の奥で金属が擦れた。
別の兵士が、封印箱を動かした音だ。
僕は目を閉じた。
封印箱の中にあるのは、古代兵器ではない。
なのに、僕の担当印が押されている。
偽の箱が、ここに積まれていた。
「この箱だ!」
兵士が叫んだ。
「王立輸送ギルドの担当印がある。ユーリ・クロムウェルの印だ!」
僕の胸の奥で、古代兵器を開けた時と同じ冷たさが広がった。
僕はその箱を、一度も見ていない。
それなのに、箱の側面には僕の名前が刻まれていた。




