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『偽りの封印と灰色の伝票』 ~元特務潜入員の配達員は、改ざんされた記録で巨悪を暴く~  作者: NN
極寒の逃走・前世覚醒編

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バッグの底に残るもの

 黒い工具を差し出したパックは、僕の手が動かないのを見ると、黙って床下を指さした。


 魔導装甲車の床下から、低い脈動が返ってくる。追跡具の三拍子とは違う。こちらは間隔が不規則で、魔力が膨らむたびに車体がわずかに沈んでいた。


「爆発するまで、どれくらいですか?」


 ガウェインが尋ねた。


 パックは工具を握ったまま、計器へ目を向けた。彼女は計器を三回、一定の間隔で叩く。


 トン、トン、トン。


 車体の奥で、同じ振動が返った。


「長くない。十分、ない」


「十分ない、という意味か?」


「違う。十分、ない。五分、危ない」


 パックの片言に、ガウェインが頭を抱えた。


「それを最初に言え」


「パック、今、言った」


 彼女は真顔だった。


 シアンが床下への扉を開く。冷たい風とともに、帝国式の追跡具が見えた。後輪の近くに黒い金属箱が固定され、その隣に小さな円筒が取り付けられている。


 円筒の中心には赤い魔力が灯っていた。


「追跡具と魔導爆薬が一体になっている」


 僕は床へ手をついた。


「位置を送り続け、信号が途切れた時に起動する仕組みです。取り外せば、魔導装甲車が破壊されたと判断して爆発する」


「殺傷用ではないのか?」


「車体を壊し、位置を示す。爆発そのものより、帝国へ送る標識が目的です」


 ガウェインが目を細めた。


「帝国へ位置を知らせるための魔導爆薬。随分と丁寧な追跡だな」


「運ばれている人間を殺す必要がないからです」


 僕は円筒の刻印を見た。


「この装置を仕込んだ人間は、追跡対象が魔導装甲車へ乗り換えることまで想定していた」


 シアンの表情が硬くなる。


「王都の輸送車だけじゃない。俺たちが逃げ込む車を、最初から用意していた?」


「違う」


 パックが床下へ身体を滑り込ませた。


「車、用意、パック。敵、後から、付けた」


 工具の先端から白い光が伸び、魔導爆薬の周囲へ細い輪を作った。輪が赤い魔力へ触れると、円筒の脈動が一度だけ強くなる。


「パック、そこは危ない」


 エリーゼが患者を押さえながら言った。


「大丈夫。暴走している魔導具は、触れるな。だけど、これ、眠ってない。起きて、待ってる」


「起きて待っている?」


「命令、来るまで」


 パックは円筒の側面に工具を当てた。


 魔力の火花が散る。


 魔導装甲車が大きく揺れ、子どもが泣き出した。


「パック、続けて!」


 僕は後部の小窓から外を見た。


 雪壁の上に、黒い影が五つ並んでいる。敵は谷の高所を移動している。魔導装甲車の速度では、谷を抜ける前に追いつかれる。


 ガウェインが魔導銃を構えた。


「私が時間を稼ぐ。君は敵の位置を教えろ」


「右上に二人。左の雪庇に三人。左の奥に、もう一人います」


「六人?」


「指揮役です。魔導通信器を持っている」


 ガウェインの目が、僕の右肩へ向いた。


「嘘をつく時だけではなく、敵を数える時も肩が下がらないのだな」


「そ、そんなところを見ないでください!」


「見えるものは見る」


 彼は側面の発射孔から魔導銃を出した。発射音は短く、二度だけ。右上の敵の武器が弾かれ、雪庇の三人は身を伏せた。


 左の奥にいた指揮役が、通信器を掲げる。


 僕は車内に置かれていた短い金属棒を掴んだ。


「パック、車体を左へ二歩分だけ寄せてください!」


「了解!」


 パックは長い指示を聞き終えると、操縦桿を微かに動かした。魔導装甲車の左側面が雪壁へ近づく。僕は後部扉を開き、金属棒を投げた。


 棒は指揮役の手元へ届かなかった。


 だが、通信器から伸びていた魔力の線へ触れた。


 信号が乱れる。


 敵の連携が一瞬途切れた。


 ガウェインが、その一瞬を逃さない。


 王国式の魔導弾が雪面へ突き刺さり、敵の足元に封印の輪を広げた。殺傷用ではない。足場を固定し、魔力を奪って動きを止めるための術式だ。


「今のは、私の指示ではない」


 ガウェインが言った。


「す、すみません!」


「謝るな。理由を説明しろ」


「説明している時間がありません!」


「それもそうだ」


 ガウェインがもう一発撃つ。


 外の敵が崩れ、魔導装甲車は谷の奥へ進んだ。


 その間も、パックは床下の魔導爆薬へ工具を当て続けている。彼女の手は大きく、指先には細かな傷がいくつもあった。補給兵として、戦場で壊れた車や魔導具を直してきた手だ。


「パック、まだ?」


 シアンが尋ねる。


「まだ、半分。これ、嫌い」


「嫌いって、魔導爆薬が?」


「帝国の作り。外す、爆発。止める、爆発。見るだけ、爆発」


「それは作る側が悪いだろ」


「パック、同意」


 パックは頷き、魔導バッグへ手を入れた。


 小さなバッグから、細い鉤が出てくる。


 次に、青い布。


 その次に、銀色の粉末が入った瓶。


 さらに、折り畳まれた板、細い導線、食料袋、毛布、替えの手袋まで出てきた。


 ガウェインが呆れた顔で見ている。


「そのバッグには、何が入っている?」


「必要な物」


「それは答えになっていない」


「必要、全部」


 パックは真剣だった。


 バッグは片手で持てる大きさなのに、取り出される道具は途切れない。亜空間収納の容量が大きいのか、彼女が何を必要とするかをすべて把握しているのか。


 だが、便利さだけではない。


 工具を取り出す順番に迷いがない。魔導爆薬の構造に合わせて、使う道具を選んでいる。バッグが奇跡を起こしているのではなく、パックが必要なものを知っているから、奇跡のように見えるのだ。


「ユーリ」


 パックが呼んだ。


「この赤い線、切る。三拍子、叩いて」


「何のために?」


「追跡具、信号、眠らせる。魔導爆薬、起きる前、止める」


 僕は魔導装甲車の床を三回叩いた。


 トン、トン、トン。


 パックが同じ間隔で工具を動かす。


 黒い追跡具から赤い光が伸び、車体の外へ逃げようとした。僕はその光の方向を指差した。


「右後輪のさらに内側。そこに受信線があります」


 パックは躊躇せず、身体を半分ほど床下へ押し込んだ。


「パック!」


 エリーゼが叫ぶ。


 魔導爆薬の赤い光が膨らんだ。


 僕は工具を握り、パックの腕を押さえた。


「待ってください。今、切ると起動します」


「知ってる」


「では、なぜ――」


「パック、信じる。ユーリ、聞こえる」


 パックは僕を見上げた。


「三拍子、次、来る」


 車体の下から、脈動が返る。


 トン。


 トン。


 トン。


 僕は音の間隔を測った。


 魔導爆薬が信号を送っているのではない。


 受信した合図へ、返事をしている。


 次の返信が返る前に、信号線を切ればいい。


「今です!」


 パックの工具が動いた。


 白い光の輪が赤い線を包み、黒い金属箱へ沈み込む。魔導爆薬の脈動が一度だけ強くなり、そのまま消えた。


 魔導装甲車の揺れが止まる。


 追跡具の魔力も消えた。


 ガウェインが窓の外を見た。


「敵の魔導通信が途切れた」


「追跡から外れた?」


「少なくとも、今の位置は送られていない」


 パックは床下から這い出し、工具を拭った。


「パック、たすけに、きたー!」


 彼女は両手を上げた。


 患者の子どもが、初めて笑った。


 魔導装甲車は谷を抜け、吹雪の弱い斜面へ出た。後方に敵の姿はない。誰も歓声を上げなかったが、車内の呼吸は少しずつ戻っていった。


 パックは計器を確認し、また三回叩いた。


 トン、トン、トン。


 その音に合わせて、軍用魔導方位盤が魔導バッグの奥で震えた。


「パック、何か入っているのか?」


 僕が尋ねると、彼女はバッグの底から古びた金属製の魔導方位盤を取り出した。


 王国軍の古い軍用規格。


 表面には、あの刻印と同じ向きの線がある。


 針は王都ではなく、地下の塩坑を指していた。


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