戻った配達員
ガウェインは銃口を下げたが、僕を解放しなかった。
僕は両手を上げたまま、ゆっくりと右肩を下げた。何かを隠そうとすると、そこが落ちる。自分で決めた癖か、身体に残ったものかは、まだ分からない。
ならば、利用すればいい。
「ぼ、僕がやったんじゃないですぅ!」
声を裏返した。
「特務捜査官が来る前に、暗殺者たちが勝手に倒れていただけで……ぼ、僕は隅で震えていました!」
シアンが目を閉じた。
エリーゼはため息をつき、ミーシャは口元を押さえている。
ガウェインの視線が、僕の肩へ止まった。
「なるほど」
「な、何がなるほどなんですか?」
「君は、嘘をつく時に右肩が下がる」
心臓が一拍遅れた。
そこまで見ているのか。
僕は慌てて両肩を上げた。
「そ、そんなことありません! ほら、今は両方上がっています!」
「今の反応で、さらに確信した」
「ええっ!?」
気弱な配達員の顔を作る。声を震わせ、目を泳がせ、手を忙しなく動かす。演技は完璧なはずだった。
けれど、完璧であるほど怪しい。
ガウェインは魔導銃を下ろした。だが、まだ手放してはいない。
「倒れた暗殺者は、全員が生きている。武器を持つ手と通信器だけが破壊され、患者へ向けられた魔導弾は一発もない」
「そ、それは……みんな運がよかったんじゃないでしょうか」
「運がよかった人間は、同じ方向へ倒れない」
僕は黙った。
床に伏せた暗殺者たちは、すべて壁際へ寄せられている。患者の通路を塞がないように、僕が無意識に位置を選んだためだ。
ガウェインは、そこまで見ていた。
「君がやった」
「違いますぅ!」
「では、誰が?」
「え、ええと……」
答えられるわけがない。
身体に残った手順が、先に動いた。そう言えば、僕が何者なのかを説明することになる。
ガウェインは追及を続けなかった。
彼は暗殺者の一人から弾薬箱を取り上げ、側面の刻印を布で拭った。帝国軍の黒い鷲。その隣に、王立輸送ギルドの搬送印が押されている。
「これは、君が運んでいた箱と同じ経路を通っている」
ミーシャが言った。
「塩坑の泥がついてる。王都からここまで、普通の道を来た泥じゃないよ」
ガウェインは弾薬箱の角を調べた。
「王立輸送ギルドの搬送印は、後から押されたものだ」
「後から?」
シアンが身を乗り出した。
「帝国軍の箱を王国の輸送品に見せるため、輸送記録へ組み込んだ。あるいは、王国の輸送品を帝国へ渡すために使った」
ガウェインは、印の一部を指でなぞった。
「印章の縁に、古い蝋が残っている。誰かが一度封をして、開けた後で別の封を重ねた」
僕は弾薬箱を見た。
心臓の箱にも、同じような痕跡があった。
三重の封印は、盗難を防ぐためだけではない。箱がどこへ移されたのかを隠すために、封印そのものが記録を上書きしていた可能性がある。
「特務捜査官」
僕は、できるだけ弱い声を出した。
「僕は、あの箱を盗んでいません」
「それはわかっている」
ガウェインは即答した。
僕は顔を上げた。
「わかっているんですか?」
「君が犯人かどうかは、まだわからない。だが、少なくとも君は箱の中身を持ち去っていない」
「どうして?」
「盗んだ人間なら、箱の底板に残った保冷魔法の減衰を報告しない。犯人なら、証拠を見つけてから騒ぐ」
ガウェインは、僕の配達鞄を見た。
「君は、証拠に気づいていながら、最初から言い方を選んでいた」
僕の肩が動きかけた。
今度は意識して止めた。
「ぼ、僕はただ、怒鳴られるのが怖くて……」
「それも嘘だ」
即座に返された。
「怒鳴られることを恐れる人間は、敵が来た瞬間に患者の位置を見ない。君は、最初から逃げ道を三つ確保していた」
診療所の中が静まった。
シアンが僕を見た。
ガウェインは、僕が何を隠しているのかまでは知らない。だから、人前では僕を捜査官のように扱わなかった。
「配達員。荷物について見たことだけ答えろ。犯人の判断は私がする」
「は、はい……」
僕が答えるのは、封印の状態、重さ、搬送経路。ガウェインはそれを捜査官の推理ではなく、荷物を最後に扱った者の申告として記録する。
「では、僕を逮捕するんですか?」
「王都へ連行すれば、君は正式な容疑者として拘束される。暗殺部隊を送った者にとっては、都合がいいだろう」
「特務捜査官は、僕を逃がすつもりですか?」
「逃がすのではない」
ガウェインは、弾薬箱を証拠袋へ入れた。
「泳がせる」
率直すぎる言葉だった。
僕は目を瞬いた。
「ぼ、僕を囮にするんですか?」
「君が次にどこへ行くかを見れば、誰が君を追っているのかもわかる」
「危険です」
「君はすでに危険の中心にいる。私が近くにいた方が、生存率は上がる」
「つまり、僕を追跡する?」
「正確には、君が見つける証拠を追跡する」
ガウェインは腰の道具袋から、小さな金属札を取り出した。表面には王国特務捜査隊の封印が刻まれている。
「これを配達鞄へ付ける。監視用の印だ」
「それは困ります!」
僕は一歩後ろへ下がった。
声が大きくなった。肩がわずかに落ちる。
ガウェインの目が細くなった。
「君は、私が何を付けるかを見るより先に拒絶した。すでに同じ種類の追跡具を見たことがあるな」
「ち、違います! 勝手に鞄へ変な札を付けられたら困るんです!」
「変な札ではない。特務捜査隊の追跡印だ」
「もっと困りますぅ!」
僕は配達鞄を抱え込んだ。
ガウェインは、金属札を僕の鞄へ押しつけなかった。代わりに、それを机の上へ置く。
「強制はしない。付けなければ、君を逮捕する」
「結局、選べないじゃないですか」
「選択肢はある。逮捕されるか、私の監視下で動くかだ」
シアンが肩をすくめた。
「ユーリ。どっちにしても、こいつはついてくる」
「シアン、君はどちらの味方だ?」
「生き残る方の味方だよ」
その答えに、ガウェインが初めて少しだけ口元を緩めた。
「合理的だ」
僕は金属札を見た。
王国特務捜査隊の封印は、単純な追跡術式ではない。持ち主の魔力を記録し、一定距離を離れると警告を送る。だが、術式の中心にある結晶を削れば、監視範囲を狭められる。
ガウェインは、僕がそれに気づくか試している。
気づいたことを見せるべきか。
気づかないふりをするべきか。
「わ、わかりました。付けます」
僕は鞄を差し出した。
金属札が縫い目へ触れる。
魔力が一度、脈打った。
その瞬間、僕は札の裏側に刻まれた細い傷を見た。特務捜査隊の正式な印ではない。誰かが後から削った、三本の斜め傷。
影班の合図に似ている。
ガウェインは、僕に見せるためにわざと残したのか。それとも、彼自身も知らずに使っているのか。
僕は何も言わなかった。
「これでいい」
ガウェインが言った。
「君は、次にどこへ向かう?」
「王都へ戻ります」
僕は答えた。
ガウェインの視線が、僕の右肩へ落ちた。
しまった。
嘘をついた。
「……本当に?」
「ほ、本当です! 王都へ帰って、バレル部長に謝って、全部説明して――」
「君は王都へ戻らない」
「な、なぜですか?」
「君は今、塩坑の方角を見た」
窓の外へ目を向けたつもりはなかった。
だが、ほんの一瞬、視線が動いていたらしい。
「木片と弾薬箱の泥が同じなら、次に調べるべき場所は塩坑だ。君はそこへ行く」
ガウェインは金属札を指で叩いた。
「私も行く」
「特務捜査官が、僕と一緒に?」
「違う。君が勝手に向かう場所へ、私が別の道から向かう」
「それは、共闘ですか?」
「共同捜査だ。君を信用しているわけではない」
「僕も、特務捜査官を信用していません」
「その方がいい」
その時、入口の外からヴォルクの声がした。
「ユーリ、これを持っていけ」
ヴォルクが白銀の外套の内側から、黒い身分証を取り出した。
国境での交戦で僕の胸元から落ち、彼に押収された影班の身分証だった。
「押収は終わった。返す。ただし、監視対象へ返すだけだ」
「僕を信用していないのに?」
「信用と返却は別だ。捨てるも持つも、お前の責任で決めろ」
僕は身分証を受け取った。
冷たい金属の重さが、胸元へ戻る。
ヴォルクはそれ以上、何も言わなかった。
外で、雪を踏み抜く大きな音が響いた。
パックが窓辺へ走り、外を見た。
「雪壁、動く。大きい、鉄の車!」
ヴォルクが入口の外から叫ぶ。
「全員、伏せろ!」
次の瞬間、診療所の東側に積もった雪壁が、大きく膨らんだ。
白い雪が内側から弾ける。
魔導機関の唸りが、地面を震わせた。
僕たちが身構える間もなく、雪壁を突き破って一台の魔導装甲車が姿を現した。
車体の先端が診療所の外壁をかすめ、雪煙が窓を覆う。
ガウェインが魔導銃を構えた。
シアンが短剣へ手を伸ばす。
エリーゼが患者を抱き寄せる。
そして、吹雪の向こうから、聞き慣れた片言の声が響いた。
「ユーリ、乗って! 早く!」




