雪明かりの魔導銃
声に振り向くより早く、魔導銃の冷たい光が眉間へ止まった。
入口に立つガウェイン特務捜査官の魔導銃は、僕の眉間へ向いていた。
「ぼ、僕は……」
声が震えた。
震えたのは演技ではない。さっきまで自分の身体を勝手に動かしていた感覚が、まだ両腕に残っている。敵の重心、武器の角度、崩れる順番。そのすべてが見えていたことが、今は気味悪かった。
「両手を見える位置へ」
僕はゆっくりと手を上げた。
シアンが一歩、僕の前へ出る。
「ガウェイン特務捜査官、こいつは――」
「君も動くな。私は古代遺物横領の容疑者を追っている。仲間を庇う行為は、別の容疑を増やすだけだ」
「仲間じゃない。親友だ」
「なら、なおさら退け」
ガウェインの声は冷たい。銃口は僕の眉間を捉えていた。だが、引き金に添えられた指は動かない。殺す気なら、こんな間は作らない。
「特務捜査官」
エリーゼが立ち上がった。
「その銃を下げなさい。ここは診療所よ」
「医師エリーゼ。あなたが患者を選別しないことは記録で知っている」
「知っているなら、患者の前で武器を振り回さないことも覚えておいて」
「残念ですが、外にまだ敵がいます」
ガウェインは窓の外へ視線を向けた。
その瞬間、雪壁の向こうで魔導銃の発射音が響いた。弾は診療所の屋根をかすめ、煙突を砕いた。
患者の一人が悲鳴を上げる。
「ヴォルク隊長の部隊ではない」
ガウェインは即座に判断した。
「外の兵士は、私が来た時にはすでに交戦していた。私は暗殺部隊を追ってきたわけではない」
「では、僕を追ってきたのですか」
「そうだ。君が古代遺物を横領し、輸送記録を改ざんして逃亡したという命令を受けた」
ガウェインは魔導銃を下げなかった。
「だが、私が確認した命令書には、君を生きたまま確保しろとある。目の前の連中は、君だけでなく診療所の全員を消そうとしている」
彼は倒れた暗殺者の外套を見た。
「これは正式な追跡隊ではない」
シアンが短く息を吐いた。
「やっと気づいたか」
「気づいたから、君たちの前に立っている」
ガウェインの目が細くなる。
「最初の証言と最後の証拠を照合しろ。そうしなければ、命令書に人を殺される」
命令よりも証拠を優先する捜査官らしい口癖だった。
「特務捜査官」
窓辺にいたミーシャが言った。
「外に、さっきの人たちより多い足跡があるよ」
ガウェインが彼女を見る。
「何人だ?」
「雪が深いから、正確にはわからない。でも、診療所の東側に六人。北側に三人。西は――」
「五人」
僕が続けた。
ガウェインの銃口が、わずかに僕へ戻った。
「なぜわかる?」
「魔力の反響です。外壁に当たった雪の音が違う」
嘘ではない。
けれど、普通の配達員が言うには不自然だった。
ガウェインは僕を見たまま、窓の外へ魔導眼鏡を向けた。片目に薄い青い光が灯る。診療所の壁を透かし、雪の中に残る魔力の筋を読む道具だ。
数秒後、彼は銃口を窓へ向けた。
「東側、六。北側、三。西側、五。君の数え方と一致した」
シアンが僕を見る。
僕は視線を逸らした。
「数えたなら、次に何をする?」
ガウェインが尋ねた。
「東側は囮です。中央の窓を狙って、こちらの人数を固定する。北側の三人が裏口から入る。西側の五人は、診療所が空になった時に逃げ道を塞ぐ」
「私が東を止める。君は北を?」
「患者がいる場所で魔導銃は使えません」
「なら、どう止める」
「静かに」
ガウェインは数秒、僕を見た。
「君は負傷している」
「特務捜査官なら、見ればわかります」
「配達員が、暗殺部隊の配置を読むか?」
「配達員でも、死にたくなければ読みます」
自分でも驚くほど、声が冷たかった。
ガウェインの目が、僕の表情を捉えた。
僕は慌てて肩を縮める。
「す、すみません! い、今のは違くて……」
だが、外から三方向の魔導銃が同時に発射された。
ガウェインが動いた。
僕の襟を掴み、床へ引き倒す。魔導弾が入口の壁を貫き、扉の上へ黒い亀裂を走らせた。
「東側の囮が撃った」
ガウェインは床に伏せたまま言った。
「君の言った通りだ」
「今、信じたんですか?」
「照合しただけだ」
彼は魔導銃を窓へ向けた。
王国式の魔導弾が、一発だけ雪壁の中へ消える。着弾した場所で、敵の魔力反応が二つ消えた。致命傷を与えたのではない。武器を狙い、封印回路だけを壊したのだ。
東側の射撃が止まる。
「患者を地下へ。西側の五人が動く前に、北を潰す」
ガウェインは命令した。
「命令する立場なのか?」
シアンが尋ねる。
「ここで最も状況を把握している者が命令する。君たちに任せるよりは安全だ」
「特務捜査官にしては、随分と正直だな」
「私は、正しいことを言うのが仕事ではない。正しい証拠を残すのが仕事だ」
ガウェインが銃を構え直す。
「ユーリ。北側の敵の侵入経路を知っているか?」
「裏口ではありません。地下貯蔵室へ通じる換気口がある」
ミーシャが言った。
「塩坑へつながる古い配管だよ。今は使ってないけど、外から入れる」
「なら、そこだ」
ガウェインは即座に決めた。
地下へ続く階段の前には、負傷した暗殺者が一人倒れている。僕はその男の魔導銃を見た。弾倉には、封殺弾が三発。患者の魔力を奪うための弾だ。
「特務捜査官、その弾は使わないでください」
「理由は?」
「地下の子どもたちが巻き込まれます」
「わかった」
ガウェインは迷わず弾倉を外した。
僕とシアンは、地下貯蔵室へ向かった。
ミーシャが示した換気口は、薬草棚の裏に隠されていた。石壁の隙間から冷たい風が入ってくる。外の敵は、すでに配管の中へ入り込んでいる。
足音が三つ。
僕の身体が、勝手に反応した。
「来ます」
言い終わるより先に、換気口の蓋が外れた。
男が一人、手をかけて這い出してくる。
僕は腕を掴み、引いた。
男の身体が床へ落ちる。ガウェインの魔導銃が、その手元へ向けられた。発射する前に、シアンが男の魔導具を蹴り飛ばした。
二人目が、配管の奥から魔導弾を撃つ。
ガウェインが僕の肩を押した。弾は石壁へ当たり、凍った亀裂を広げる。
「三人目は?」
「後ろです」
僕は配管へ手を伸ばした。
相手の足首を掴む。
引く。
だが、力が足りない。傷ついた左腕が軋み、僕の膝が床へ落ちた。
敵が魔導銃をこちらへ向ける。
ガウェインが撃とうとした。
その前に、僕は配管の内側へ転がっていた鉄製の桶を蹴った。桶が男の腕へ当たり、銃口が逸れる。魔導弾が天井へ当たり、雪が降った。
シアンが男を引きずり出した。
ガウェインが、三人の武器を順番に蹴り飛ばす。
静かだった。
短い呼吸と、床へ落ちる金属音だけが残った。
外で、ヴォルクの部下が一斉に反撃する。西側の魔力反応が散り、雪の上を逃げる足音が遠ざかっていった。
診療所を囲んでいた敵は、退いた。
エリーゼが患者を確認し、ミーシャが子どもたちの人数を数える。
全員、生きている。
僕は階段の壁に手をついた。
身体が震え始めた。
さっきの戦闘とは違う。敵を倒すための反射が消えた後、残った恐怖が一気に戻ってきた。
「大丈夫か?」
ガウェインが近づいた。
「だ、大丈夫です。僕は何もしていません。特務捜査官が全部――」
「嘘をつく必要はない」
「ほ、本当に僕は、ただの配達員で……」
声が上ずる。
ガウェインは魔導銃を下ろしたが、しまわなかった。
彼の視線が、僕の足元へ落ちる。
床には、僕が倒した暗殺者の武器が並んでいる。どれも、患者へ向かわない角度で落ちていた。誰一人、致命傷を負っていない。
その事実を、ガウェインは見ていた。
「君は、武器を使わずに敵の関節と通信器だけを狙った」
「偶然です」
「偶然で、二十秒の間に指揮系統だけを崩せる人間はいない」
ガウェインが、僕の目を見た。
「その動きは、配達員のものではない」
診療所の暖炉が、弱く燃えていた。
それでも、ガウェインは僕を別の身分で記録しなかった。
記録板に残ったのは、「過剰な危険回避」という曖昧な一文だけだ。技量への疑いと、正体を知っていることは別だった。
僕は震える手を握り込み、声の震えを作ろうとした。
だが、ガウェインの銃口は、もう僕の眉間ではなく、僕が隠そうとした過去そのものへ向けられているように見えた。




