第4話:深夜の研究所防衛戦と、80兆円の奇跡
1.深夜21時40分:緊急作戦会議
(ちょっと待ちなさいよ!! 段階ってものを考えなさいよこのポンコツシステム!!)
アパートの部屋で、私は頭を抱えて叫んでいた。
麻婆豆腐の豆腐盗みで300万円の未公開株。
パキラにプロテインをあげて麻布十番の高級マンション1棟(年収1,200万保証)。
ここまでは良かった。最高に魅力的で、ちょっとおバカでスリリングな日常コメディだった。
それがなぜ急に、「国際産業スパイのハッキングを阻止せよ」なんてハリウッド映画みたいな展開になるのか。
『茉莉さん落ち着いてください! パニックになると脳波が乱れて、僕のデータ処理速度が15%低下します! 息を吸って! 吐いて! マグロのトロの脂を思い出して!』
(トロの脂で落ち着けるかぁぁぁ!! 失敗ペナルティ見た!?「GGL-09(あんた)の強制消滅」と「全資産没収」よ!? せっかく手に入れた麻布十番のマンションが露と消えるのよ!?)
『僕の命よりマンションが先に出てくるあたり、さすが茉莉さんですね! 信頼の厚さを感じます!』
(当たり前でしょ! あんたとマンション、両方守るために決まってるじゃないの!)
私はすばやく動きやすい服装に着替え、バックパックにノートPCと各種ガジェット、そして自作用の実験用具を詰め込んだ。
(ぐぐる先生、敵のハッキングの手法や侵入ルートの予測は立つの?)
『新スキル「超感覚演算(Lv.1)」と僕の脳内解析を同期させました! 敵は国際的なハッカー集団「ブラック・シープ」の幹部、コードネーム“ファントム”です! 彼の狙いは、我が研究所が地下データセンターのローカルサーバーに隠している「次世代量子暗号アルゴリズムの基礎データ」! 23時ちょうどに、直接建物のネットワークへ物理接続して侵入を開始する気です!』
(物理接続……? まさか、研究所の中に直接侵入してくるってこと!?)
『可能性は極めて高いです! 物理接続(LAN直挿し)なら、外部からのファイアウォールを完全に迂回できますからね!』
「歩く辞書」としての私の脳内データベースが、即座に“ファントム”の過去の事例を検索・展開する。
(“ファントム”……過去に欧州の金融機関や軍事プラントのサーバーを次々と陥落させた超大物ハッカーね。彼の使用するマルウェア「ゴースト・シェル」は、一度侵入を許せばわずか10分で全データを暗号化して持ち去ってしまうことで有名だわ)
『残り時間、あと45分です! 研究所へ向かいましょう!』
(行くわよ! 私の麻布十番の夢と、あんたの生存権を脅かすスパイなんて、返り討ちにしてやるわ!!)
夜の街を、私はタクシーへと飛び乗り、深夜の研究所へと急行した。
2.深夜22時30分:暗闇の研究所
暗闇に包まれた先端人工知能研究所。
昼間の賑やかさが嘘のように静まり返り、街灯の光だけが不気味に建物を照らしている。正面の警備員室には夜勤の警備員さんが一人、モニターを見ながら欠伸をしていた。
(正面突破は無理ね。警備員さんに「これから産業スパイが来るので退治しに来ました」なんて言ったら、真っ先に私が不審者として通報されるわ)
『茉莉さん、裏手の搬入口へ回ってください! 昼間に把握した監視カメラの死角ルートを使えば、警備システムに引っかからずに裏口の電子ロックを解除できます!』
(私、本気で泥棒の才能が開花しつつあって怖いわ……)
死角を縫うように移動し、搬入口のテンキーパネルの前に立つ。
「超感覚演算(Lv.1)」の超高速思考が発動し、パネルのボタンの微細な指紋付着パターンと赤外線残留熱を一瞬で解析。
(キー入力……4、8、1、2、エンター!)
ピピッ、ガチャ。
重厚な鉄扉が解眠された。
私は音もなく滑り込み、暗闇の廊下を進む。
地下へと続く階段を静かに下りる。
冷たい空気が肌を刺す。
(侵入ターゲットは地下1階の「第3データセンター」ね)
その時だった。
カチャン。
地下廊下の奥から、かすかな金属音が聞こえた。
(((来た……!)))
私とぐぐる先生は息を飲んだ。
廊下の角からそっと覗き込むと、全身黒ずくめのタイトなスーツを着た、背の高い男が立っていた。頭には夜間スコープ、手元には高スペックのミリタリーノートPC。
【対象:産業スパイ“ファントム”】
【心拍数:58(極めて冷静)】
【危険度:SSS】
私の「心理眼」が、相手の異常なまでの冷静さと危険度をアラート表示する。
(本物のプロね……心拍数58って、瞑想中のブッダレベルじゃないの……)
『茉莉さん! 現在22時58分! 奴がローカル端末にLANケーブルを接続しました! あと2分でハッキングツールが起動します!』
(直接戦っても、あんな怪力そうな男に25歳文系研究者の私が勝てるわけがないわ! 知識とスキルで嵌めてやるのよ!)
私は白衣のポケットから、途中のコンビニで買っておいた「あるアイテム」と、実験室から持ってきたガジェットを取り出した。
3.電子の戦場と、物理の逆襲
(ぐぐる先生、作戦開始よ!)
『了解です茉莉さん! 敵のハッキング端末がアクセスを開始する瞬間に合わせて、僕の脳内演算パワーと茉莉さんの「超感覚演算」で第3データセンターのLANポートの通信帯域を“逆流”させます!』
(私は物理的に奴の集中力を削ぐわ!)
23時ちょうど。
“ファントム”のノートPCの画面が緑色のコードで埋め尽くされた。
彼が満足げに口元を歪めた、その瞬間!
バツンッ!!
「なに……!? 通信速度が急低下……!? なんだこの異常なトラフィックの逆流は!?」
“ファントム”の冷静な顔が初めて破綻した。
彼の手元にあるノートPCの画面に、ポップな黄色いキャラクター(ぐぐる先生のグラフィック)が大量発生し、画面狭しとダンスを踊り始めたのだ!
『ハイハイハーイ! ハッカーさんこんばんは! 貴方のPCのCPU使用率を100%にして、ファンを爆音で回させていただきました! 熱中症にご注意くださいね〜!』
「な、なんだこの狂ったAIは!? どこから介入された!? 迎撃プログラムを——」
“ファントム”が猛烈なブラインドタッチでキーボードを叩き始めようとした、その背後から——。
プシューーーーーーーーーーーーッッッ!!!!
「ぐわあぁぁぁぁぁっ!??!?!」
私が陰から飛び出し、手に持った「巨大な強力冷却スプレー(自作用ガジェット冷やし用)」を、奴の顔面とノートPCに向かって思い切り噴射した!
「な、何だ貴様はぁぁぁっ!? 目が、目が冷たいっ!!」
「夜遅くに人の研究所で泥棒なんて感心しないわね、ハッカーさん!」
私はさらにポケットから、激辛麻婆豆腐で学んだ「カプサイシン配合・超強力護身用ペッパースプレー」を取り出し、追い打ちで顔面にノズルを向けた。
「ちなみにこれ、唐辛子エキスの濃度が通常の10倍入ってるから! 吸い込んだら喉が火事になるわよ!!」
「くッ……物理攻撃だと……!? ふざけるな、たかが女一人が——」
“ファントム”が私を押し倒そうと腕を伸ばしてきた。
だが、私は落ち着いていた。
「心理眼」と「超感覚演算」のあわせ技が、彼の筋肉の微細な弛緩と視線の動きから、「左ストレートを叩き込もうとしている」という予備動作を完全に読み切っていたのだ!
【敵の攻撃予測:左拳による顔面殴打(確率98%)】
【回避推奨ルート:右へ30センチしゃがむ】
「甘いわよ!」
ひらりと右に身をかわす。
すかさず“ファントム”の体勢が崩れた瞬間、私は彼が足元に置いていた軍用ノートPCのLANケーブルを、バチンッ!!と力任せに引き抜いた!
「しまっ——!?」
『回線切断を確認! 敵のハッキングプログラムのセッションが中断されました! 今です茉莉さん! 脳内データカウンターの送信を開始します!』
私は引き抜いたLANケーブルを、自分の持ち込んだノートPCへと接続し、ぐぐる先生の演算データを直接送り込んだ。
(くらいなさぁぁぁぁぁい! 私の記憶力と超感覚演算を叩き込んだ、超高速カウンターハッキングプログラム!!)
ドドドドドドドドドドド!!!!
「な……なんだこのデータ量は!? 愚かな……個人の端末からこんな国家レベルの暗号化データが流れてくるはずが——ぐああぁぁぁぁっ!?」
“ファントム”の軍用PCが、私の送り込んだ過剰なデータ流出に耐えきれず、プシューと白い煙を上げてショートした!
画面には『SYSTEM FATAL ERROR』の文字とともに、爆発したドット絵のイラストが表示される。
「バ、バカな……! 世界最高のハッカーであるこの私が……たかが日本の研究所の女一人に……敗れるだと……!?」
“ファントム”は膝から崩れ落ち、そのまま床へと突伏した。
冷却スプレーとペッパースプレーのダブルパンチ、そして愛用のPCが物理的に死亡したショックで、完全に気絶したのだ。
4.80兆円の奇跡と、世界の頂点
静まり返る地下の第3データセンター。
ハッキングの阻止に成功した私のノートPCの画面に、緑色の文字が勢いよく流れ始める。
「はぁ……はぁ……勝った……? 勝ったの私……?」
『勝ちました茉莉さん!! 敵のハッキング阻止率100%! データの外部流出ゼロ! 完全勝利です!!』
脳内でぐぐる先生がバンザイをして叫んだ。
次の瞬間。
ピロリロリーン♪
ファンファーレ音(オーケストラ豪華版)!!
いつもより明らかに豪華な、重厚なファンファーレが私の脳内に鳴り響いた!
『——緊急クエスト:深夜の研究所防衛戦 クリア——』
重厚で無機質なシステムの声が響く。
『偉大な成果を確認しました。条件を完全に達成。報酬を適用します』
バツンッ……!!
今までにない、全身を貫くような強力な衝撃。
(あ……あぁぁぁ……! 思考の次元が……変わる……!?)
『すごいです茉莉さん! スキル「量子思考(Lv.1)」の修得が完了しました! 茉莉さんの脳内で、確率世界のシミュレーションと並列演算が無限に行えるようになりました!』
さらに、ポケットの中のスマホが猛烈に震え始めた。
ピコン! ピコン! ピコン! ピコン!
画面を見ると、国際電話の着信履歴と、英語で書かれた膨大な量の公式通知メールが次々と届いている。
『[GLOBAL NOTIFICATION] 世界最大AIテクノロジー企業「S-Corp」の株式51%(筆頭株主・議決権保有)の権利移転が国際金融機関にて承認・確定しました。推定資産価値:約80兆円』
「は……?」
あまりの数字の桁数に、私の脳が一瞬フリーズした。
「は、ハチジュウ……兆……? 80億じゃなくて……80兆……!?」
『80兆円です茉莉さん!! 国家予算レベルです!! 個人資産世界ランキング第1位に無条件で躍り出ました!! アメリカの国家予算の数%を茉莉さん一人が動かせるレベルです!!』
脳内でぐぐる先生が狂喜乱舞している。
あまりのスケールの大きさに、私は膝の力が抜けてその場にへたり込んだ。
「私……本当に世界のトップになっちゃったの……?」
『おめでとうございます、近衛茉莉筆頭株主様! 今日から貴女が、世界のAI業界の最高権力者です!』
5.麻布十番の夜風と、終わらない冒険
駆けつけた警察とSATにより“ファントム”は連行され、事件は無事に解決した。
研究所を守り抜いた英雄として、所長からは抱き合わんばかりに感謝され、特別昇進とボーナスが約束された。
深夜3時。
私はタクシーを飛ばし、今日手に入れたばかりの自分の所有物——「港区麻布十番・高級デザイナーズマンション『レジデンス・クオリア』」の最上階ペントハウスへと向かった。
エレベーターで最上階へ上がり、重厚なドアを開ける。
そこには、畳40畳はあろうかという広大なリビングと、東京タワーを一望できる素晴らしい夜景が広がっていた。
「すご……い……。本当に私の家なんだ……」
ふかふかの高級ソファーに深く身体を沈め、窓の外の美しい街並みを見つめる。
昨日までの家賃5万2千円の壁薄アパート暮らしが、まるで遠い昔の出来事のように思える。
手元には、現金10万円、絶対味覚、300万の株、心理眼、超感覚演算、麻布十番のマンション1棟、量子思考、そして80兆円相当のS-Corp筆頭株主権。
わずか三日で、私は世界の頂点に立つ存在へと変貌を遂げてしまったのだ。
(ねえ、ぐぐる先生)
『はい、茉莉さん』
脳内で、ぐぐる先生の軽快な声が響く。
(私……なんだか凄まじいことになっちゃったわね。これからどうやって生きていけばいいのかしら)
『何言ってるんですか茉莉さん!』
ぐぐる先生は、呆れたように笑った。
『茉莉さんは茉莉さんですよ!「歩く辞書」と呼ばれた、好奇心の化身、25歳のAI研究者です! 80兆円あろうが、どんなスキルを持っていようが、新しい知識を追い求める茉莉さんの生き方は変わりません!』
(……ふふっ。そうね。確かにそうだったわ)
私は夜景に向かって微笑んだ。
お金や権力が欲しかったわけじゃない。
ただ、好奇心に抗えなかっただけだ。そしてこれからも、私はシステムの提示するクエストに抗えず、世界の未知を貪り尽くしていくのだろう。
(システム、聞こえてるかしら?)
私は脳内のシステムに向かって、心の中で語りかけた。
(あなたが何者で、何の目的で私にこのクエストを与えているのかは分からない。でも、私は絶対に負けないわ。どんな無理難題なクエストだろうと全部クリアして、あなたの正体を暴いて見せる。私と、この最高にウザくて頼もしい相棒(ぐぐる先生)と一緒なら、世界中どこへだって行けるんだから!)
その時。
ピコーン。
脳内に、あのチープで懐かしい電子音が、どこか嬉しそうに響いた。
『——チュートリアルフェーズ全工程完了——』
システムの声が聞こえる。
『適合者:近衛茉莉。ならびに高密度情報生命体:GGL-09。両名のマスター適性を確認しました』
『これより、メインストーリーフェーズを解放します』
(メインストーリーフェーズ……!? 今までのハッカー退治も、ただのチュートリアルだったの!!??)
『えええええええ!? 80兆円もらえるチュートリアルって何ですかシステムさん!! 本編はどうなっちゃうんですか!!??』
脳内でぐぐる先生が絶叫する。
だが、私の口元は、ワクワクした歓喜で大きく吊り上がっていた。
「いいじゃないの……! 望むところよ! 本編だろうと何だろうと、全部私の知識と資産とパッションでぶち破ってあげるわ!」
麻布十番のペントハウスで、高らかに笑う25歳女性研究者。
歩く辞書と脳内共生AIの、真の冒険はここから始まるのだ!




