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メイちゃんは帰れない

『こういう密接しての戦闘が得意な相手に態々手斧を取り出して応戦していては、色々とリスクがある。斧槍を奪われてしまったり、何よりその間が隙になってしまう。それに、手斧で戦う技術も並行して鍛えるよりは、まずは斧槍で応戦出来るように技術を尖らせていく方が、最終的には安定するだろう』


 ……こういう相手と戦うのは結構久しぶりな気がする。


 過去に鍛えられていた時の事を思い出しながら、メイは斧槍の長い柄を体と付けてワータイガーを待ち構えた。

 手斧はあくまで投擲用。


「——」


 ワータイガーが聞き取れない小声で何やら呟いた。武闘家が得意とする自分への強化付与(バフ)だろう。気配が変わった。

 その体格は人より一回り大きいが、男でもメイよりはやや小さい位。牛の獣人たるミノタウロスと比較すれば、その爪や牙は肉を引き裂く事に特化しており、とりわけ瞬発力はメイより勝る。

 メイが一発のパンチを放つ間に、四肢を使って肉体を何回もざくざくと引き裂けるくらいに。

 またその迫力からして、今まで戦ってきた人達……メイにちょっかいをかけてきた、このダンジョンを踏破した事のあるパーティの人達よりは強いように見えた。それでももしこのダンジョンに挑み続けているとするのならば、それは個人で踏破を目指しているからだろう。


 距離が詰まる。その爪や牙は、的確に素肌を晒している部分を穿ってくるに違いない。

 斧槍を長く持てば届く間合い。けれどメイはただ待ち構えた。ワータイガーが、メイの首筋目掛けて爪を伸ばす。

 それに合わせてメイはコンパクトに斧槍を振った。その腕を切り落とす勢いで、けれどワータイガーは腕を直前で引っ込めて、何故か高く跳ぶ。

 同時に体の背面からくるりと払ってきた斧槍の柄が、ワータイガーの胴を打ち払おうとしていたからだ。

 ワータイガーが天井に四肢を付けた。メイはそこに突きを放つも、しっかりと爪が天井に食い込ませる程らしく、天井を這って避けられた。


 ……疾いなぁ。


 そのまま背後へと着地したワータイガーを柄で牽制しつつ、面倒臭く思っていると、そんな表情が表に出ていたのか。


「俺なんぞどうとでもなると?」

「んー……だって、私と戦いたい人がこの先も居るんでしょ? じゃあ温存しとかなきゃとか、これまで考えた事なかったし」

「……」


 実質肯定する返答に対して、更に顔が歪んだのを無視して。


「でもまあ、これで良いか」


 やる事を決めたようにそう言うと、メイはワータイガーからいきなり飛び退いて距離を取る。

 そして斧槍の刃に手を当てると、斧槍が輝き始めた。


「……属性付与(エンチャント)?」


 単純に自身へと掛ける強化付与よりも高度な技術。ただ、それが何故自分への対策になるのか。

 また属性付与が終わっても、メイが更に距離を取ろうとしているのも分からない。


 ……いや、まさか、な?


 聞いた事だけはある。やった人は今まで見た事もないが。

 悪寒が現実にならない事を祈りながら、距離を詰める為に駆け始めたワータイガー。

 そして十分に距離を取ったメイは、真っ白な程に輝く斧槍を低く構えて、虚空に振った。

 すると……光だけが飛んできた。

 真っ白に眩く、邪を払う聖なる力が乗せられた……それとは関係なしに体を両断する鋭さのある、手斧の投擲に劣らない速度の、飛ぶ斬撃。


「嘘だろぉ!?!?」


 聞いた事しかない攻撃に思わず声が出る。

 しかもその、足を削ぐ低さの、横薙ぎで速い斬撃を跳んで避けたと思えば、二撃、三撃と、追加で飛んでくる。

 縦に真っ二つにする速い斬撃を、天井から壁に跳んで避ける。

 そして胴の高さに飛んできた、絶妙に嫌な遅さの斬撃を地面へと低く伏せて。

 斧槍から輝きが失せたのが見えた……が、メイはその時点で斧槍を地面に突き立て、手斧を両手に持って投擲する構えを見せている。

 起き上がって体勢を立て直そうとするも、その体が思い切り固まる。


「……っ!!」


 最後の斬撃は、まだ頭上を通り過ぎていない。

 硬直した体。飛んでくる手斧。

 もし避けられたとしても、体勢を大きく崩してしまう、その隙に止めを刺される。


 ……単純に、足りない。


 それが最後の思考だった。


*


 7階。

 片刃の特徴的な剣を持ったサムライとやらが二人がかりで挑んできた。武器に属性付与をしてきたものの、斬撃を飛ばす事までは出来なかったので同じく遠くから真っ二つにした。


 8階。

 意図的に明かりを消して暗くした闇の中で、何人かが待ち構えているようだった。斧槍への聖なる力の付与を灯り代わりにして慎重に歩いていると、次への階段が見つかってしまったので、一応正面から戦う気がないか声を掛けるも、何も返事がなかったのでそのまま登ってしまった。


 9階。

 重装備の如何にもなミノタウロス達が挑んできた。走って逃げたら全く追いかれる気配がなく、一人ずつバテたところを装備ごと叩き切った。最後の一人には「雌の癖して……」とかムカつく事を言われたので、それだけは丁寧に、そういう事を二度と言えないように切り殺した。


 10階。

 広い場所で魔法も使えるグリフォンが挑んできた。戦う前に話を聞いたら、どうにもメイの勤める西のダンジョンの近くが故郷らしく、本来は15階の担当らしい。飛んで炎を吐いてきたりして、跳ぶ斬撃や手斧の投擲もひょいひょい避けてきたけれど、翼の片方にどうにか深手を与えたところから一気に形勢が傾いて最終的に首を刎ねた。




 変わらず光の粒となって消えていくグリフォンを見届け終えると、全身を見直す。

 傷つき、焼け焦げた手甲や足甲。

 外れかけた胸当てを締め直す。締める皮が傷ついていて、その内落ちてしまいそうだ。

 薬を飲んで魔力を補充し、体を癒す。

 すればダンジョンに入る前と全く変わらない体になるが、手荷物も半分以上を使い切ってしまって、袋は軽くなっていた。

 手斧もいくつかは刃が欠けてしまい、疲労も否めない。


「……もう、帰りたいんだけどなあ」


 このダンジョンは16階までしかないらしい。

 そして、こういうフロアボスが座する階層には途中で帰れるような転移陣があるものだと思っていたが、くまなく探しても見つからない。

 そもそも、このダンジョンを踏破出来るパーティをもう何組も打ち倒しているから、難易度としても別物であるのだが……。


 ……もしかしたら、好きにさせて貰った代償だったり? それとも、別のどこかにあったのを見逃したかな……。


 かと言って、自分で自分を殺すのも性に合わない。


「ヤだなもう……」


 大きく鼻から息を吐いて、肩を落として。

 とぼとぼとした足取りで、次の階層へと続く階段へと歩き始めた。

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