客人との夜会
結局試着も王太子殿下に見せる羽目になり、どんな男でも虜にできると余計なお墨付きを頂いた。魔王子は二百年生きているという話のため、人間目線の魅力がどれだけ通用するか疑問だ。ともかくできることはした。残るは俺の仕草と度胸に懸かっている。
そしていよいよ夜会当日。フリルとレースがふんだんにあしらわれた白と桃色の混ざるドレスに身を包み、今夜限りのパートナーを待つ。お母様の自信作となっているこの姿は、見ただけでは男と分からないはずだ。迎えに来てくださったティーロ様も見つめた後褒めてくださった。
「とてもお可愛いです。よくお似合いですよ。思わず見惚れてしまいました。」
褒め上手だ。これは考えてくれたお母様と作ってくださったお店の方、それから日々の手入れと最終的な調整を行ってくれた侍女の成果だ。侍女には騎士団寮に戻ってからも一人でできる髪と肌の手入れ方法も教えてもらった。一般騎士の手に届く値段の物で、俺も買いに行きやすい店で買える物。継続して使うことを考え、勿体ないと感じないくらい安価であるとなお良いと侍女も自分用に使っている物を教えてくれた。店員も髪質や肌質に合わせて案内してくれたため、負担なく続けられたのだ。
気分良くなりながら馬車に同乗する。支えてくれた手も力強く、まだお相手が見つからないことが不思議だ。本人だけなら引く手数多になりそうなほど魅力的な男性なのに、魔王国と国境を接している辺境伯の嫡男という点が足を引っ張っている。それも魔王国について、特に今日魔王子について知れば怖がらなくて良いと感じる令嬢も増えるかもしれない。十年に一度訪問しているのに現状なら、今回だけで急激に状況が変わることはないか。
「ありがとう。そうなったら良いんだけど。君は魔王子に興味があるんだっけ。」
気を惹くよう指示されているため、興味があると伝えている。魔王国には幾つもの種族が住んでいる。今回来られる魔王国第一王子ファルクス殿下は魔人、その補佐官ミールウス様は鳥人。この国では知り合うことのない種族であり、実際どのような人なのか知る貴重な機会だ。そう二人への関心を示す。一回目のダンスだけティーロ様と踊り、以降は魔王子に近づく時間にしよう。
王家主催の夜会。当然成人王族の方々は全員出席され、伯爵家以上の貴族も多く出席する。最後に入場される方は今回の主役、魔王国第一王子殿下とその補佐官殿だ。魔王子殿下は漆黒の髪と瞳をお持ちで、吸い込まれるような格好良さがある。深紅の隠れる黒の衣装がさらに存在感を強めている。補佐官殿もチョコレート色の髪と瞳で、大きく広げた翼も同じ色。光沢のある色彩と服に施された金糸の刺繍が華やかさを生んでいる。翼は自在に大きさを変えられるようで、入場の際だけ大きく広げ、挨拶の時間には畳んだ羽すら見えない。ただの華やかな雰囲気の男性だ。
フィブラ家の一員として両親と共に挨拶を行う。お二人とも近くから見ても美しいという評価に納得できる雰囲気をお持ちだ。緊張するような格好良さの中に柔らかさを含ませる魔王子殿下に、華やかな美しさの中に甘い表情を浮かべられる補佐官殿。このお二人にどう興味を持っていただこうか。
「また後で時間をくれる?君とは楽しい時間が過ごせそうだ。」
令嬢として失礼のない態度を取っただけだ。それなのに何故か補佐官殿からは好感触を得られた。何が彼のお気に召したのか。分からないが任務を進める上では好都合だ。お言葉に甘え、後で色々と話させていただこう。ただの社交辞令だった場合面倒に思われる危険もあるため、いきなり気に入った理由を尋ねることは控えるつもりだ。
緊張しながら全ての参加者との挨拶の終了を待つ。終わった途端のダンスも断り、真っ直ぐ彼に向かう。魔王国からの訪問者でも恐れられることなく、他の令嬢も会話やダンスに誘っている。交流を深めることは良いことで、俺が邪魔するべきではないかもしれない。連れ帰られたくない令嬢は自ら声を掛けるようなことをしない。彼女達を守るために俺が彼の気を惹く必要はない。同時に個人的に親しくしてはいけないわけでもないため、声を掛ける機会を窺おう。
令嬢だけでなく令息も興味を持って話しかけている。補佐官殿も魔王子殿下も笑顔を浮かべて対応され、怖がる必要などないのだと示されている。これは魔王国とヴェルート王国の友好関係のために必要な時間なのだ。そうまだ声を掛けないと我慢していると補佐官殿が俺に近寄って来られた。
「フィブラ伯爵令嬢、一曲踊ってくださいますか。」
「はい!」
誘いに思わず大きな声が出る。ダンスに誘う仕草も様になっており、重ねた手を引く動きも洗練されている。これが数十年の経験か。令嬢たちが一度だけでもとダンスを願う気持ちも分かる。一瞬の夢を見ている気分だ。威圧的な体格でも表情でもなく、交流してくれる未知の国から来られる高貴な方。それもお伽噺に語られる魔王の子に仕える方なのに、柔和な表情でお話をしてくれる。興味を持たないことなんて難しい。服装に関する褒め言葉もただ可愛いだけでなく、雰囲気とよく合っていて上品だとか、髪や瞳の色との合わせ方にも言及してくださる。表情の変化にだって気付いてくれる。自分が令嬢だったら本気になってしまいそうなほど魅力的だ。わざと愛らしい笑顔を浮かべようとしていることにまで気付かれてしまった。しかしそれを意地悪で指摘したつもりではないのか、周囲に隠すような口付けを贈られる。どういうつもりなのだろう。
「自然な表情のほうが可愛いよ。今の君が踊り始めてから最も魅力的に見える。」
本当にどうしたいのだろう。俺は女の子との口付けだって幼い頃の記憶の中にしかないのに、なんてことだ。ある程度の年齢になってからは騎士になるための鍛錬と勉強でそれどころではなく、俺自身に魅力が足りなかったのか声を掛けられることもなくなった。あまりに不慣れな、そして想定外の行動にステップも乱れてしまう。
「ごめんね、驚かせちゃったかな。君があまりにも魅力的で、触れたくなってしまったんだ。」
何の冗談だろう。いや、任務としては上手くいっている。これは任務だ。男だと気付かれない程度に惹きつけ続け、姫様と特別な仲にならないようにする。魔王子殿下のほうはどうしようか。二人同時に気を惹くことは難しいなんて分かっていることだ。二人だけで来訪されているなら、補佐官殿との繋がりを利用して魔王子殿下の時間も奪えるだろうか。残り一ヶ月の任務だ。そう言い聞かせている間にダンスの時間は終わった。二曲続けて踊ることはできない。それをするなら彼と結婚する覚悟が必要だ。名前で呼ぶことは許されたが、そこまでの仲になる気はまだない。彼も強引に連れ帰るつもりはないようで、魔王子殿下とも踊ってみるよう勧めてくださった。彼は爵位のある男性やその夫人との会話に勤しんでいる。若い令嬢はあまり近くにいないが、視線は集めていた。見ているだけで目の保養になる感覚は分からないでもない。会話の邪魔はできないため大人しく待っているつもりだったのだが、彼から誘ってくださった。
動きは非常に滑らかで、自分が飛んでいる気分だ。純粋にダンスを楽しんでしまいたい気持ちもあるが、今は補佐官殿のことを聞こう。毎回交流に同行している補佐官なら、魔王子殿下も把握されているだろう。彼の女性関係はどうなのか。誰にでも口付け、思わせぶりなことを言う人なのだろうか。
「まったく、あれには困ったものだな。後で叱っておく。悪気がなければ良いというものではないからな。」
興味を持っている理由は教えてくれない。許される空気を感じて、そう小さく不満を漏らせば、じっくりと顔を見られた。腰に添えられた手も不自然に少し動く。これは礼儀作法に反すると習ったものだ。国を代表して来ているはずの王子がする行動ではない。周囲に気付かれないよう咎めれば、小さな謝罪が返ってくる。意外と軽薄な人物なのだろうか。
「これは君にとって特別なことではないのだな。わざわざ女装して近づいて来る人間は初めてなのだが。」
動きがぎこちなくなってしまう。しかしそれも自然な動きで解し、麗しい令嬢のダンスに変えてくれる。その上で自分も魅力的に感じていると伝えてくれた。嬉しいような困るような複雑な気分だ。女装している意味はあったが、一瞬で男だと見抜かれてしまった。
気付かれた動揺でぎこちない会話をし、ダンスの時間を乗り越える。補佐官殿も気づいておられたのだろうか。同じ人と連続で踊ることは好ましくないが、連続でなければ二回踊っても許される。今度は俺からダンスに誘い、恐る恐る俺の隠し事に気付いたのか尋ねた。
「上手に隠せてるけど、年の功には勝てなかったね。」
この人にも見抜かれていた。そのおかげで興味を引けたなら結果良しとすべきだろうか。ひとまず見抜かれていたが問題は起きていないとし、先程のダンスの際の口付けの意味を問う。しかし迷ったような声だけで説明はない。本当は令嬢でないと気付いているなら、恋の駆け引きのようなものは必要ない。それなのに何か遊んでいるような悪い表情で囁く。
「知りたいなら一緒に来てもらおうかな。どう?このまま一緒に魔王国に帰らない?君のご両親にも改めて挨拶して、連れ帰って良いか聞かないと。」
令嬢として連れ帰るためにもう行動に移すのか。手の早い奴だ。了承など得られるはずがない。了承すれば騙す意図を汲み取られ、悪印象を与えることになる。いや、それは令嬢だと信じ切っていた場合であり、女装している男だと分かった上で連れ帰ろうとしているなら問題ない。俺にその趣味はないと雑に対応すると、ぐいと強く引き寄せられ、また口付けられる。
「美味しい令嬢だね。どうやってお持ち帰りさせてもらおうか。」
好奇心だろうか。本物の令嬢は過去に何人も遊ばれたと聞いている。ただし遊ばれたと言われる令嬢本人は短い滞在期間で夢を見せてくれると言い、補佐官殿の悪口を言わない。既に孫もいるようなお婆さんも前回夢を見せてもらったと言っていたため、油断はできない。女性でないから安全だとも思うが、この態度には全く安心できない。魔王子殿下も女装している男だと気付いているなら、性別を伝えて拒む手法も使えない。俺が行きたくないと言うだけで拒めるだろうか。まだもう少し話したい気持ちもある。滞在中にもっと交流する機会はあるだろうか。次の訪問は十年後。その期間を待っていられるだろうか。
「俺は待てないね。鳥人の寿命って五十年前後しかないんだよ。俺はもうそれ以上生きているから、次生きて会えるか分からない。」
人間のように老化が表に出ないのか、若い男性に見える。動きも滑らかで、五十歳を超えた寿命間近の老人には見えない。
「あれは待てるかな。魔人の寿命は千年以上って言われるし、まだ二百年くらいしか生きてないから。」
魔王子殿下のことは気にしなくて良さそうだが、補佐官殿とは今生の別れになる。たったの二回しか話せておらず、もう少し話したいという気持ちもあるのに会う機会すら得られない。同時にこの国にいる家族や友人と離れるのかとも思う。家族ともいずれは離れるかもしれないが、国内なら会おうと思えば会える距離だ。魔王国ではそうもいかない。他の国に行ってみるとしてもこんなに早く行くとも、帰って来ないとも思っていなかった。慣れた土地を離れることにも不安はある。すぐに結論は出せない。
「もちろん分かってるよ。俺たちが滞在するこの一ヶ月間、じっくり考えてくれれば良い。一ヶ月、ずーっと俺のことを考えるんだ。」
含みのある言い方だ。少し恐ろしくもある。同時に誘われたことの喜びも感じる。あまり長く話しては間違った答えを出してしまいそうだ。そんな不安も覚え始めるが、幸いすぐにダンスの時間は終わる。少し壁の花になっていよう。緊張する会話は心の体力を大きく削る。そう休憩していたのにすぐ別の男性に声を掛けられる。休んでいるなんて返答すれば休憩のため用意された部屋に連れて行かれてしまうだろう。仕方なく一曲だけ相手する。
可愛い云々褒めてくれるが俺としてはそれどころではない。この人はダンスがあまり上手くない。下手と言うほどでもないが、疲れている今は避けたい相手だ。補佐官殿や魔王子殿下とのダンスは何も意識しなくても踊れるほど軽いものだった。この人とのダンスでは自分の体重も全て自分で担う感覚がある。会話も適当に流し、ダンスの時間を終えてすぐに弟のスペッキオに声を掛ける。彼なら多少強引でも一緒に休憩させられる。去年べったりと離れなかった弟は妹を無下にできず、渋々休憩に付き合ってくれた。
「兄さん、休憩くらい一人でしてよ。」
「フラウと呼びなさい。今忙しいから黙ってて。」
誰かに聞かれたらどうするつもりだ。これに言葉の真意を読み取る技能があるのか疑問だが、そのことをはっきりと伝えるわけにもいかない。困ったものだ。言葉に含みを持たせることもできないのだろう。
魔王国に行くのなら、弟とも離れることになる。全体的に童顔と言われる我が家の一員だ。彼も可愛い系だろう。何故俺だけ可愛いと散々言われ、令嬢の振りまでする羽目になっているのか。その原因を考えるより今は魔王子殿下と補佐官殿のことだ。彼らとは話す機会がない。今回を逃せば次は十年後。この弟とも二度と会えないかもしれないと少し淋しい気持ちにもなる。それでも比べるとお二人との交流に天秤は傾く。手紙のやり取りができるかどうかも確かめたい。魔王子が特別にといえばそのために国境は開かれるだろう。頻度は低いかも知れないが、可能性はある。今まで通り十年に一回ヴェルート王国に来るのならそこで会うこともできる。十年後、両親はきっと生きているだろう。まだ寿命には早い。補佐官殿は既に平均寿命を超えられている。十年後なら、その時には寿命を迎えてしまっているかもしれない。
「もう休憩できた?誰のこと考えてるの?任務は?今絶賛おサボり中だけど。」
「うるさい。誰でもいいでしょ。任務の話もしちゃ駄目。誰が聞いてるか分かんないんだから。ちゃんと目的は果たしてますぅ。」
任務の内容は万一にも姫様が魔王国からの訪問者の目に留まり、魔王国に連れ帰られてしまわないようにすること、そのためにお二人の気を惹くこと。既に気は惹いた。補佐官殿に至っては俺を連れ帰ろうとするくらいに興味を示している。姫様の身には心配する何も起きないだろう。それでも状況を把握することは重要。そろそろ大広間に戻ろう。
綺羅びやかな大広間では一通りのダンスが済んだのか、お二人もそれぞれグラスを片手に歓談を楽しんでおられた。十年に一回来られているという話のため、既に慣れた交流なのだろう。少しくらいなら難しい話も理解できる。俺も会話に加えていただけるだろうか。まずは補佐官殿から声を掛けよう。
近づけば会話も聞こえる。互いの国の文化について話されているようだ。それには俺も興味がある。突然会話に加わっては失礼に当たるが、近くでずっと窺うのも盗み聞きしているようで良くない。さり気なく近くで飲み物を貰い、補佐官殿を見る。気付いてくださるだろうか。
「フラウちゃん、こっちにおいで。また話に来てくれて嬉しいよ。体調は大丈夫?」
気付いてくれたことは嬉しいが、俺が下手なことをできないと理解しているように畳み掛けてくることは歓迎できない。話に来たことも事実だが、指摘されると面白くない。休憩のため奥に行っていたことまで気付かれているなんて不本意だ。そんな内心を隠して笑顔で心配への感謝と話せることの喜びを伝える。こうして改めて見ても平均寿命を超えた老人には見えない。顔も首も若い男性だ。
「さっきフラウちゃんについて聞いてたんだ。どうやったら連れ帰れるか、ってね。」
外堀を埋めようとしているのだろうか。まだ迷っているとの返答に留めよう。迷っている理由くらいは教えてあげても良い。家族に会えなくなることと補佐官殿と話したい気持ちを天秤に掛けている。十年後の機会がないかもしれないなんて言われればより一層迷ってしまう。
「次は来られない予定なのですか。」
「予定は未定ってね。まだ彼女には秘密にしたいこともあるんだ。ご協力をお願いします。」
悪戯な笑みで一緒に話す男性に頼み事をする。俺には、ということは彼らは知っている秘密。いったい何だろう。相手の男性もヴェルート王国の、誰だったか曖昧になるくらいの立場の人だ。その人が知っているくらいの秘密ならそこまで重大な秘密ではない。それなのに俺には教えたくない。それもまだ、ということはいずれ教えるつもりもある。本当に何なのか気になるが情報が少なすぎて推測もできない。
「来てくれたら教えてあげるよ。」
よほど俺を連れ帰りたいらしい。そのための策だと分かっているのに補佐官殿と魔王国に行くほうに天秤が傾く。相手の思惑通りに心が動いている気がして悔しい気分になるが、それを伝えることも負けた気分になる。結論は焦らなくて良い。まだ一ヶ月もある。交流しながらでも考えれば良い。俺の任務も忘れてはいけない。姫様も夜会での交流に馴染んだようで、魔王子殿下と交流されている。会話なら同じ人と何度しても良い。姫様の表情は怖がっているように見えないが、王族として教育を受けられてきたのなら、内心どうあれ表情は取り繕うだろう。伯爵令嬢の立場で割り込むことはできない。王太子殿下に目を向ければ俺に声を掛けてくださった。少しお話し、誘われるまま会話される魔王子殿下と姫様の会話に加えて頂く。
姫様は魔王子殿下の個人的なことに関する質問をされている。ご家族のこと、ご友人のこと。二百年分の記憶の一部を共有していただいた。姫様自身の思いと王太子殿下の願いは別にあるようだ。魔王子殿下からも何度も話題を振っていただける俺への視線が少し痛い。それとも伯爵令嬢なのだから空気を呼んでこの場を辞するよう訴えられているのだろうか。王太子殿下としてはむしろ俺に姫様と魔王子を引き離してほしいようだが、俺から誘うことは難しい。王太子殿下から会話の区切りを狙って誘導していただきたいが、その前に姫様自身が俺を庭に誘われた。
「立場を弁えなさい。相手は王子よ。伯爵令嬢では苦労するわ。」
求められる教育水準が変わることは知っている。そのため並んでも問題にならないよう、高い水準の教育を短期間ではあるが受けさせてくださった。邪魔をするなといった言葉も続くため、王太子殿下の心配とは裏腹に、姫様本人は魔王子殿下に興味をお持ちのようだ。これも王太子殿下は望んでいないのか。任務のためには姫様と戦う意思を見せる必要がある。失礼にならない範囲で、魔王子殿下のお相手となることを諦めないと宣戦布告した。
姫様は先に会場に戻られた。俺も遅れて会場に戻り、積極的に魔王子殿下に話しかける。あまりに執拗に声を掛けているようにも、付き纏っているようにもならないような範囲で、だ。ティーロ様は先に帰られた。一緒に帰るかとも聞かれたが、俺はまだ用事が残っている。帰りはフィブラ家の馬車もある。だから心配要らないのだが、また補佐官殿に絡まれた。
「パートナーを置いて帰るなんて酷い男だね。」
俺が先に帰ってと言っただけ、帰りの馬車もあると説明しても食い下がってくる。
「それなら俺たちと一緒に帰る?貸していただいてる離宮に来てよ。」
令嬢を自分の宿泊場所にお持ち帰りなんて褒められない行為だ。こうして毎回誰かを連れ帰っているのだろう。あのお婆さんもこの年になって離宮に入れるなんて思っていなかった、十年も前なのに昨日のことのように思い出せると仰っていた。こんな軽薄な男に騙されるつもりはない。ティーロ様とは今日だけのパートナーであり、恋仲でも婚約者でもないため問題ないと言えばないが、ついて行っては魔王国にまで一緒に行くと言っているように捉えられないか。同時にお二人ともっと話す時間を得られるのではと期待もしてしまう。連絡だって馬車と一緒に待機してくれている御者に言えば良い。一緒に離宮に戻ったとなれば騎士団長にも王太子殿下にも任務は順調だと伝えられる。うっかり寝室に連れ込まれても騙されたと言われることはない。既に男だと気付いた上でのお誘いだ。
迷っている様子を見せてしまったためか、帰るぞと言いに来た魔王子殿下にまで誘われてしまった。この人も俺に興味があるのだ。離宮に誘うということはそういうことだろう。王子の言葉を無下にするわけにはいかないと言い訳し、小さな悪戯をしているような気分で同行することに決めた。
「感謝するよ、ご令嬢。さあ、一緒に戻ろうか。」
上質な馬車は座面も柔らかく、お尻も痛くならない。急ぐ必要がないからか馬車自体もあまり揺れず、居眠りもできそうなほど乗り心地は良い。俺の何がそんなにもお二人の興味を引いたのだろう。女装していることか。心配性な王太子殿下の失礼な配慮と言っても問題はなさそうな人柄に見える。王太子殿下への不敬にならないよう言葉を選び、姫様をお持ち帰りされないよう俺に任務を与えたことを説明した。
「それでも二百年生きていて初めての出来事だ。君はこれからも面白いことをしてくれそうじゃないか。」
褒めているのか、珍獣を見ているような感覚なのか。長い時間を生きている間に、何度も友人を失っていくのだろう。その寂しさを紛らわせるために面白いことをお探しなのだろうか。必ず伴うと聞いた補佐官殿ももうすぐ寿命。次の五十年や百年を沈まずに過ごすために、次の相棒を探しているのかもしれない。その選定基準は彼独特のものなのだろう。伴侶探しでないなら安心して交流できそうだ。




